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おにぎりカフェいろは  作者: 瑞谷樹梨
4/15

それぞれの一大決心 3

 


 夏実と紗代子が風四季堂へ行ってから夏実の仕事がお休みの日には2人で出掛けることが増えました。


「おばあちゃん。ゆすら公園でバラが見頃だそうだよ。一緒に行かない?」

「おばあちゃん。友達のグループ展があるの。観に行こうよ」

「おばあちゃん。ヨガの体験レッスンに行きたいんだけど1人じゃ寂しいから付き合ってくれない?」


 いろんなお誘いがありましたがお出掛けの締めくくりはいつもお茶や食事でした。

夏実の選ぶカフェや食事処は落ち着いた雰囲気の素敵な場所ばかりです。


「きれいな盛り付けだねえ」とか

「このドレッシング、ワサビが入ってる。美味しいね」とか

「レモンを入れると…青色になったー!キレイ!」


この食器が良いね、とかあそこのディスプレイは面白い、なんてキャイキャイ喜ぶ祖母と孫娘なのです。


 1人暮らしになった祖母が寂しいだろうと気遣い、誘いだしてくれる優しい孫ですから

お礼の意味も込めてお茶や食事の代金を紗代子が払おうとしますと割り勘を主張され戸惑いました。


「私が付き合ってもらってるんだからお互い負担なくいこう。ほんとは誘った私が全部支払いしたいけどね」

「そんな…夏実の分を払ったところでおばあちゃんの(ふところ)は大丈夫よ?」

「いやいや、おばあちゃんに(おご)ってもらってばかりだとそれが目当てだと思われそうで誘いにくくなっちゃうもん」

「そんなこと思わないわよ。呆れたわね。でも思ったとしても良いじゃない。おばあちゃんなんだから甘えなさいよ」 

「ありがとう。…おばあちゃん。私がこうしてあちこち連れ回して嫌じゃない?」

「ありがたいと思ってるよ。こうやっていろいろ出掛けられて楽しいよ。おばあちゃん今まであんまり出掛けることなかったんだなぁって思ったの。

尚弥達が小さい時は子供が喜ぶから遊園地や動物園とかでしょ、学校のPTAや町内の集まりで喫茶店に行ったこともあったけどね。あんまり自分が行きたいと思って出掛けることはなかったように思うのよ」


「おばあちゃん…」

「なあに?」

「あの家でさ、私達もカフェやろうよ」

「…カフェ?」

「おばあちゃんの家をリフォームしてカフェを開くの。」

「……カフェ?あの家で?」

 

 夏実の顔は真剣です。


こうして見ると壱朗さんとよく似てるわね。

紗代子はそんなことを思いました。


「おばあちゃんはいつも真剣に私の話を聞いてくれるから。茶化(ちゃか)したりしないってわかってるからストレートに言うけど」


「私、居場所が欲しいの。ここにいても良いって場所。おばあちゃんの庭が好き。あの家も好き。だからあそこにいたいの。私がいて良い理由が欲しいの。それにカフェになったらおばあちゃんのお友達も来たい時にいつでも来れるでしょ?」

「…良いよ。やりましょ」


間髪入れず即決の紗代子の言葉に今度は夏実が驚きました。


「え?良いの?決めるの早くない?」 

「そうよね。早いよね。でも夏実のことだから、もういろいろ考えて、調べて、決めてるんでしょ?思いつきでこんなこと言う子じゃないって知ってるからね。おばあちゃんが友達に会う場所を作るためだけにそんなこと言い出したっていうならお断りだけどね」


えへへ、と夏実は顔をほころばせています。

さっききまでの思い詰めたような固い顔ではありません。

いつものふにゃふにゃの夏実です。


「昔からよく想像してたの。あの庭にテーブルと椅子を置いて木や花や空を見ながらお茶を飲むとか居間にある大きな楓の座卓をドーンと置いて、そこにいろんな人達が座ってお茶を飲んだりお話しするの。」 

「夏実は小さい時、庭に『ひみつきち』って自分だけの場所作ってたわね」

「そう!あれ、楽しかったなーダンボールで塀を作って余ってるレンガを重いのに何度も運んで積んでイスにしたり」

「おばあちゃんは庭に何ができたんだろって驚いたよ」

「誰にも秘密のつもりだったのに、バレバレだったよね。おじいちゃんが木で小さな机とイスを作ってくれたよね」

「庭にダンボールがあるから風で飛んできたのかと思って片付けようとしたのよ。そしたら中にレンガや石やなんかがきれいに並べて置いてあったからねぇ。おじいちゃんが面白がって夏実におままごとのテーブルとイスを作ってやるんだって家にあった端材で」

「嬉しかったよ。本物みたいで。あの嬉しかった思い出が忘れられないのかも」

「じゃあカフェには夏実お得意のオリジナルパンをメニューにするのね?いよいよ夏実のパン屋さんができるのね」

「え?パンは出さないよ?カフェのメインメニューはおにぎり!」 


夏実は満面の笑みです。


「おにぎり⁈え?なんでなの?どうして?夏実はパン屋さんになるってずっと頑張ってきたじゃないの!」

 

 これには紗代子もびっくりです。

先程まで『懐かしい思い出と未来の夢』を2人でホンワリと語らっていたのにそんなものどこかへ飛んで行ってしまう勢いです。


 だって夏実は美味しいパンを作りたいと高校生のころからパン屋でアルバイトをしてましたし、高校卒業後はパンの専門学校へ行き、街の有名なベーカリーに就職しました。

研究にも余念なく、休日には自分が作ったパンをお土産に壱朗と紗代子のもとによく訪れてました。

あれほど?熱心に?打ち込んでいたのに???


紗代子さんの頭には『?』がいっぱいです。



「えへへ。そうなんだけど、ま、なんだかもうパンじゃないなって」

「…」


紗代子さんは声になりません。 


「あ、いや、パンも好きだよ?でも私達のカフェで出すのはおにぎり!いろんなおにぎりを出すの。ほら、ほら見て!おばあちゃん!」


バッグの中から取り出したノートにはぎっしりとおにぎり案が書いてあります。

若い子らしい可愛い字と絵で色鉛筆で色も塗ってあり絵本のようです。


「それからこっちも見て」


夏実が紗代子に見せながらページをめくると

店内図や庭のレイアウトが書いてありました。


「まあ、こうして絵で見るとわかりやすいねぇ。夏実はお絵描き上手だったものねぇ」

「ど、どうかな。おばあちゃんが気に入らなかったら変えるから!」

「今パッと見ただけで意見なんてできやしないけど、夏実がずっと前から思い描いてたってことはわかるよ。ずいぶん前から計画してたんだね」

「私の妄想ノートなの。こうだったら良いなと思うことを現実的じゃなくてもこうやってノートに書き込むのが好きなの」


恥ずかしそうに話す夏実です。


「本当に実現できるとは思ってなかったの。

ただの夢を書いたノートで。ノートに書くだけなら誰にも否定されないし笑われたりしないもん。でもおじいちゃんが突然お山に行っちゃって…おじいちゃんがおばあちゃんに頭下げて頼んでるのを見たときに、私もノートに書いてるだけじゃなくて『やりたい』って口に出さなきゃ何も叶わないって思ったの」


「そう。じゃあ一応おじいちゃんにも聞いてみなくちゃいけないからね、家に帰ったら電話してみるわ」


「おばあちゃんありがとう!あ、私が言い出したんだから私がおじいちゃんに電話したほうがいいかな」

「まずはおばあちゃんが電話するよ。山の話も聞きたいからね」

「はあ〜ドキドキするなぁおじいちゃんOKしてくれるといいなぁ」


◇◇◇


「お父さん?そっちはどう?楽しくやってる?」


山へ行った当初は毎晩のように電話してきた壱朗ですが


「はいはい。元気でやっていますよ。夏実もよく来てくれてるから大丈夫。そんなに毎日電話してこなくても良いですよ」


と、紗代子につれなく言われてしまい電話は緊急時以外は1週間に1回と決められてしまったのです。


「な、なんかあったのか!?」


珍しく紗代子から電話があったので緊急事態だと思ったようです。


「あのね、病気や怪我って話じゃないんだけどね。ちょっと…なんというか…夏実がね」

「夏実がどうしたんだ!」

「落ち着いてくださいよ…まったく。あのね、夏実がこの家でカフェやりたいって言うのよ」

「カフェ?」

「そう。喫茶店ね。」

「カフェくらいわかる」

「この家をリフォームして一階部分と庭を使ってカフェを開きたいんですって」

「そうか。で、いつオープンなんだ?」

「オープンって…。壱朗さんのOKももらわないうちに話進めるわけないでしょ」

「さよちゃんはどうしたいんだ。良いのか?嫌なら俺が夏実に…」

「いえ。私も話を聞いててなんだか楽しそうだなって思っちゃって」

「じゃあやれば良いよ」

「そんな簡単な。私達、誰も商売なんてやったことないじゃない」

「なんでも最初ってもんがあるさ。それにな、俺たちももう年だから体が動くうちにやりたいと思ったことはやっといたほうが良いんじゃないか?ずっと家や子供のことをさよちゃんに任せっきりだったんだし、さよちゃんが楽しそうだって思ったんならやってくれよ」

「そうねぇ」

「店がうまくいかなくたっていいさ。なんとかなるさ。あぁコーイチが今週末、山に遊びに来るらしいからリフォームのこと俺から言っといてやるよ。あいつならなんかうまいことやってくれるだろ。俺が手伝っても良いしな。」


 コーイチというのは壱朗が長年勤めた工務店の会長です。

壱朗が鷹山工務店で働きだしてしばらくしたころ、社長の息子のコーイチさんが働くようになりました。

 当時は少々ヤンチャで反抗的だったコーイチさんですが、故郷に弟を残して来て寂しかった壱朗が何かと面倒を見ていたところ、懐いたようで兄弟子にあたる壱朗を「アニキ」「アニキ」と呼んでついて回るようになりました。

そのうち若気の至りも済んで順当に修行を積み、跡を継いで社長となり、そのまた息子に社長を譲って会長となったいまも変わらず「アニキ」と呼んで何かと気を回してくれている人です。


「じゃあ壱朗さんは賛成なのね。夏実に伝えるわ。」

「おう。夏実のパンを出す店か。とうとう夢を叶えるんだな」

「! 違うのよ!壱朗さん!パンじゃなくておにぎりなんだって」

「おにぎりぃ〜?」


大混乱の壱朗さんでした。

読んでいただきありがとうございます!


【おにぎりカフェいろは】1話目でオープンしたまま

カフェの様子がなかなか書けませんが

この前日譚も書きたいので、もうしばらくお付き合いくださいませ。

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