それぞれの一大決心 2
夏実と紗代子は風四季堂へやってまいりました。
「まあ!いつのまにこんな立派なビルになってたの?」
紗代子が建物を見上げて驚きの声をあげます。
「もう何年にもなるよ?おばあちゃん最後にここに来たのいつなのよ」
「そうだねぇ。もう何年も街には来てなかったからいつが最後だったかしらねえ。いつも誰かが買ってきてくれるからお店に来ることはなかったのよねぇ」
かつてはよくある和菓子屋らしい木造の建物だった風四季堂が立派なマンションビルになっていました。
一階が店舗になっていて表通りに面した側はガラス張りで店内の様子がよく見えます。
両開きの自動ドアの横に大きく広がる赤地に白抜き屋号の店頭幕がとても鮮やかです。
「この文字と紋は昔と同じだね。素敵なお店になったのねえ」
『いらっしゃいませ』
店内に入った目の前には色とりどりの和菓子が入ったショーケースがあります。
女性の店員さんが2人声を揃えて夏実と紗代子を迎えてくれました。
「カフェコーナーでいただきたいんですけど」
「ありがとうございます。ご案内いたしますね。こちらのショーケースの和菓子をカフェで召し上がっていただくこともできますし、カフェ限定のメニューもございます。お席にあるタブレットで詳しくご覧いただけますのでどうぞお席でお選びくださいませ」
夏実は声をかけてくれた店員さんの案内についてカフェに向かいますが、久しぶりに来た紗代子はモダンに改装された店内をキョロキョロ見回していました。
「こちらのお席でいかがでしょう」
「おばあちゃーん。この席で良い?」
「ええ…そうね。まあ素敵ね!」
カフェコーナーはお店に入って右奥にありました。
和でしつらえた店内は柔らかな暗めの照明ですが、窓からの光もあるのでけして暗くはありません。
窓の向こう側、外の歩道と敷地の境目は竹の塀となっています。その間には細長い庭があり、ミニ庭園となっていました。
小さくて丸い白の玉砂利、小さな灯籠や苔のついたししおどしのミニチュア。小さな松の盆栽、それに小さなもみじが赤い葉を繁らせているのがなんとも可愛くて庭いじりの好きな紗代子は目が離せません。
「こちらのタブレットでメニューを見ていただけます。注文もこちらからどうぞ。わからないことがありましたらお呼びください」
店員さんがそう説明をすると湯気の立ち上るお茶とおしぼりを置いていきました。
「おばあちゃん何にする?いろいろあって迷っちゃうね。ショーケースの和菓子もこれで見れるんだ〜すごいね」
若い夏実はタブレットも手慣れたもので、スイスイ動かしてはメニューを見ています。
「えぇ…まあ、本当…すごいわね。きれいな写真で見れるのねえ…」
窓の外の小さな庭に夢中になっていた紗代子ですが夏実に呼ばれて見ると自分の知っている喫茶店とは違う、タブレットというシステムに戸惑いました。
「うーん…あんみつも良いしパフェも惹かれる…でもこっちの練り切りも…でも練り切りは買って帰れるし…ここだけで食べられるもののほうが良いかなぁ……おばあちゃんは何にする?」
「私は…そうだね…どうしようかしらね…ホント迷うわね…迷っちゃうから、この『あるじのオススメ』にしようかしら。求肥にあんこ、きなこにいちご、柴漬けだって!へぇどんな味わいだろうね。いろんな味を楽しめそう」
「それ良いね。ここの求肥はしっとりふるふる。ほんのり甘くて美味しいよねぇ。私もだーい好き」
「店主が求肥大好きなのよ。求肥オタク。飲み物は…せっかくだからお抹茶にしようかね」
「店主が求肥オタク?何それ。どうしてそんなこと知ってるの?」
「どうしてって…」
「さよ先輩!」
店と厨房をつなぐ赤い暖簾をくぐって出てきたこの店の女将がカフェにいる紗代子を見つけて駆け寄ってきました。
「あら、智江ちゃん。久しぶりだねえ」
「ご無沙汰しておりますっ。さよ先輩!」
「ちえちゃん?」
夏実がびっくりしていると
「ここの女将は高校のときの後輩なのよ」
「ええ?そうなの?知らなかった」
「さよ先輩はっ わ、わたしのっ憧れのっ先輩でっ」
会って1分もたってないのに女将が紗代子を見つめて目を潤ませています。
夏実はこのお店によく来るので女将を見かけたことは何度もありましたが
いつも和服の上に真っ白な、胸のところに店名の刺繍が入った割烹着を着ていて、そのピシッと糊のきいた割烹着のように凛とした雰囲気の人でした。
それがいま、目の前で祖母の紗代子に会えて嬉しいとハンカチで目尻を抑えています。
ギャップがすごくて夏実はポカンとしてしまいます。
「ほんとすっかりご無沙汰しちゃったねぇ。なかなか街まで出る機会がないもんだからね」
「いえっいえっ 私だってっ お、同じ市に住みながらっ さよ先輩を想うだけでっ 季節の挨拶のハガキだけなんてっ…」
「それは私も同じよ。お互い家庭や家族で何かと忙しいんだし、智江ちゃんはこんな立派なお店もあるんだからしょうがないことよ。それに孫の夏実がよくここのお菓子を買ってきてくれるのよ。」
「ええ、ええ。こちらのお嬢さまはよくお店に来てくださっております。まさか、さよ先輩のお孫さんだったとは知りませんでした」
ようやく気持ちの昂りが落ち着いてきたのか、女将は夏実に向き直るとにっこり微笑みました。
「孫の夏実です。私も女将さんが祖母のお知り合いだとは知りませんでした」
「伊都子や日登美にお使いしてもらったことは何度もあるけど尚弥にはなかったからね。知らないだろうね」
「尚弥さんの娘さんなの?」
「そうなのよ。」
「そう…あの時の赤ちゃんがこんな立派な娘さんになったんですねぇ。夏実ちゃんの100日祝いの一升餅はうちで作らせていただいたのよ。祝膳にも呼んでいただいて…あの時、一升餅背負わされても夏実ちゃんは泣かずにニコニコしてたわ。それにほら、『選び取り』!赤ちゃんが何を選ぶかでその子がどんな子になるかって言う占い。あの時、夏実ちゃんはペンやお金やそろばんとかいろいろあるのにそちらは見向きもせずに一升餅にかぶりついたのよ。離そうとしたら泣いちゃってね。それを見たうちの主人が喜んじゃって『夏実ちゃんは餅が好きなんだ!うちの嫁に!』って、ねえ?さよ先輩、懐かしいわねぇ」
「ふふふ。そうだったねぇ。『嫁にはやらん!』ってうちのお父さんが。」
「なんかそれ聞いたことある…」
「皆さまはおかわりなく?」
「ええ。おかげさまで。智江ちゃんのほうも変わりなぁい?」
「はい。うちもおかげさまでみな元気にしております」
「今日はね、風四季堂に素敵なカフェコーナーができたからって夏実が連れてきてくれたのよ。本当素敵なお店ね。」
「もうそろそろ代替わりになりますから若夫婦でいろいろと。ここも若女将が考えたんですよ。若い人のセンスは良いですね。夏実ちゃん、お祖母様を連れてきてくださってありがとうございます。さよ先輩に会えてこんな嬉しいことはないですよ」
「祖母は最近、自由な身になりましたので、これからはしょっちゅう連れて来ますね」
「自由…?自由って?まさか旦那様が?」
サッと顔色を変えた女将に紗代子が慌てて説明します。
「あらあら違うわよ。大野は元気よ。ただの単身赴任よ」
「単身赴任って…壱朗さんってひとつ上の歳でしたよね?」
「故郷に帰りたいって言い出したからね、いまちょっと離れて暮らしているのよ。だから単身赴任。別に夫婦仲がどうのってことじゃないわよ」
「単身赴任…」
女将は腑に落ちないような顔をしてもう一度つぶやいていましたが
「女将…お話のところ申し訳ありません。お届けものはいかがいたしましょう。私だけで…?」
若女将が後ろからそっと声をかけてきます。
「あら、もうそんな時間?ごめんなさいね。大丈夫よ。私も行くわ」
「忙しいのに引き留めて悪かったね。会えて良かったわ」
「またぜひっ ぜひお会いしたいですぅ…夏実ちゃんもっ…またっ…来てねっ」
再び涙ぐみながら名残惜しそうに紗代子と夏実のテーブルを離れる女将が自動ドアから出て行き、その後ろをいくつもの紙袋を下げた若女将が追いかけて行きました。
「わあ〜女将さんとおばあちゃん知りあいだったんだね」
「高校のときバレー部で」
「おばあちゃんバレー部だったの⁈」
「そうだよ。たいして上手じゃなかったけどキャプテンだったから学年の違う子達と接する機会も多くてね」
「へーーーーおばあちゃんがバレー部…」
「なによ」
「だっておばあちゃんが運動部なんてイメージじゃないもの」
「おばあちゃんだって若いときがあったのよ?」
「そりゃあそうだけど。どっちかって言うと図書委員とか文化部のイメージかな」
「ふふふ。高校ねぇ…懐かしいわね。」
窓の外を眺める紗代子を見て夏実はしばらく前からぼんやりと胸に浮かんでいた計画がムクムクと大きく湧き上がってくるのを感じていました。
読んでいただきありがとうございます♪
不定期更新ですが完結まで頑張ります!
このエピソードを編集していたらパッと全部消えちゃってしばし放心状態になりましたが、私はへこたれません!