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おにぎりカフェいろは  作者: 瑞谷樹梨


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20/21

夏実とおにぎり2

 

いつものように朝と昼のピークを過ぎてひと段落したころ。


「こんにちは!みみずくテレビの田原です!」


いろはの表引き戸をカラカラと開けたのは田原くんでした。

そう言われてみると中学生のころの面影があるような?

男の人って背も伸びるし声も変わるからよくわかんないな。


取材って何人で来るんだろうと思ってはいましたが、田原くんの後ろにはなんだかたくさんの人がいるようです。


意外と多い…と思ったら、小出さん、田中さん、吉見さんまでいるじゃないですか。


「あら!みなさんまで!」


出迎えに行った紗代子がびっくりしています。


「シローくんはぁ、私の昔の教え子なのよぉ」


田中さんが後ろからすいっと出てきました。


「そうなんですよ。子供の頃、豊子先生にピアノ習ってたんです。そこの駐車場でみなさんにお会いして」


「取材に来るテレビの人ってシローくんのことだったのねぇ。シローくんのお母様から前にテレビ局で働いてるって聞いてたんだけど今まで忘れてたのよぉ」


「ほらほら!暑いんだからサッサと中に入っておくれ!」


小出さんに押されるようにして田原くんやスタッフさんが店内に入ってきました。


「私達のことなら気にしないで!すみっこで邪魔にならないようにするから!仕事始めた!始めた!」


「あ、ああ…はい。そうですね」


田原くんは小出さんの勢いにタジタジとなりながらも夏実と紗代子に名刺を差し出してきました。


「改めまして。みみずくテレビの 田原獅朗(たはらしろう)です。本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ…」


「では早速。大野さん。SNSでは今日のデザートが桃のレアチーズ、マーブルケーキ、いろはティラミスとありましたね。他にも作っていただけるとのことでしたが大丈夫ですか?」


「え、ええ、大丈夫です。他にもパフェやカキ氷もできます。」


小出さん、田中さん、吉見さんの他は田原くん。大きなカメラを持った人はカメラマンさんだろう。

カメラマンさんの後ろにいるのは?キャップにマスクにサングラスで全く顔が見えない。

男性なのはわかるけど、あの人は何する人なんだろうなーと思いつつも夏実は調理に取り掛かりました。


「夏実さん。あ、おばあさまも大野さんで紛らわしいかと思って。夏実さんて呼んでも大丈夫ですか?」


「はい。」


「夏実さんだって」


プーっと吹き出しながら顔を出したのは咲希でした。


「た、竹林さん!そんな、笑わなくても!」


「同級生なんだから夏実に咲希でいいじゃない。私もシローって呼ぶことにするわ。ね?シロー」


「い、いいですよ、好きに呼んでください」


田原くんはうろたえてますが咲希は誰にでもフレンドリーなのです。


「で、では夏実…さん。今日は仕事なので。…それではまずはおにぎりプレートをお願いします。まだできますか?」


「おにぎりも紹介してもらえるの?」


途端に夏実の声が弾みます。


「今日の撮れ高次第なので断言はできませんが、出来るだけこのお店の魅力を紹介できたらと思ってます。おにぎりは普段通りに。スイーツは今後もお店で出すことができるものを撮らせてください」


「はーい!」


俄然、やる気が出た夏実がいつものように手早くおにぎりを握っていきます。

それらを紗代子が座卓やテーブルだったり、庭の席に運びました。

その都度、シローくんがカメラマンと何か話しながら撮影をして、謎のキャップ君は2人のうしろにいます。

小出さん達はお店のいちばん隅のテーブルに3人くっつくようにして撮影の様子を眺めていました。


撮影済みのおにぎりやスイーツは使っていないテーブルに置いていたのですが、先程の謎のキャップくんが移動してモリモリ食べ始めました。 



「ねえ、おばあちゃん。あの人は何だろうねえ」


「テレビ局の人でしょ?一緒に入ってきたんだし」


「でもあの人食べてるだけだよ?」


「食べて感想を文にするんじゃないの?ナレーションっていうの?」


「あ!そっか!食べて感想を言うレポーターがいないから後で音声入れるんだね」


夏実と紗代子が勝手に納得していると


「ここはお店も庭も撮り甲斐がありますね。とても絵になります」


カメラマンさんが汗を拭き拭き、庭から戻って来ました。


「外は暑かったでしょう。冷たいものいかがですか?アイスコーヒー?何がよろしいですか?」

 

紗代子がおしぼりを渡しながら聞きました。


「あ、それじゃあ冷たいお水をいただきます。」


「遠慮しないでくださいね」


「この時期、アイスコーヒーを飲むことが多いんで。今は冷たい水が何よりですね。冷たいものばかりじゃ本当はダメなんでしょうけどね」


「ではまずは冷たいお水をどうぞ。それからお味噌汁出しますね。お食事は済んだんですか?」


「まだなんですよ。さっきまで別の現場にいて、休憩なしでそのままこちらに来たので」


「じゃあ用意しますね。うちのおにぎり食べて行ってください」


「あ、いえ。先程、撮影したものをいただきますから大丈夫ですよ」


「え?」


それはもうキャップ君が食べて残っていないはず…。

夏実と紗代子が顔を見合わせたとき、


「あー!おまえ、みんな食ったのか?」


シロー君がキャップ君に詰め寄ってます。


「美味しかった〜」


「俺たちの昼メシにしようと思ってたのに…」


「また頼めば良いじゃん。出来立てのほうが美味しいだろ?」


「予算ってもんがあるんだよっ」


「あの…あのかたはなんなんですか?」


「あ、あれは…あの…」


カメラマンさんが言い淀みますと


「あのお兄ちゃん、良い食いっぷりだったね!おにぎり何個食べた?10個は食べたんじゃないかい?」


撮影が終わったのがわかったのか小出さんがカウンターにやってきました。


「おにぎりは12個握ったよ。スイーツは何個作ったかなあ」


夏実が指折り数え始めましたが

キャップ君とシロー君はまだワーワー揉めてます。


「ほらほらぁシロー君。先生がご馳走してあげるから落ち着いてぇ」


田中さんが仲裁に入り出しました。


「いえ!豊子先生!こいつに払わせますから!」


「いいよいいよ。俺が払うから好きに頼みなよ。夏実ちゃん!おにぎりもデザートもすっごく美味しかったよ!今ここにいる人達のお会計は全部俺が払うから注文とってあげて!」


「お、おま、夏実ちゃんなんて気安く呼ぶなよ!」


「なんだい?あんた気前が良いね!本当に支払ってくれるんだろね?」


小出さんはズンズンとキャップくんに近づいていきます。


「嘘じゃありませんよ。ほら」


キャップくんがキャップとサングラスを取って見せました。


「きゃ!」と声をあげたのは咲希です。


「うっそ!こーたん?え?ホントに?」


「こーたん?」


「夏実マジで言ってる?知らないの?橋広晃(はしひろこう)!こーたんだよ〜!」


咲希は真っ赤な顔してアタフタしています。


「俳優の?朝のドラマに出てたね」


吉見さんも知っているようでした。


シャンプーのCMに出てるとか、ビールのCMだとか映画を観ただとか、とみんながざわつく中、テレビをあんまり見ない夏実は取り残されています。


「ふふ。その橋広晃、こーたんです!よろしく!」


こーたんと呼ばれるその元キャップ君は、ピシッと指を2本おでこのところで揃えてウインクしています。


うん。たしかに整った顔立ち。

あの人、芸能人なんだ〜と夏実は思いました。


「でもなんで有名芸能人がこんな田舎にいるんだい!そっくりさんかい?」


「ホンモノですよ!昨日こちらのカワセミ市で撮影があったんですが今日は休みだからシローにくっついてたんです」


カワセミ市とは夏実達が住む県の県庁所在地です。

夏実達が住んでるここ大瑠璃市からは20〜30キロほど離れているでしょうか。


「あのぅ、シローとは友達なんですかぁ…?」


咲希がいつもとは違う可憐な様子で質問しています。


「そうさ!シローと俺はマブダチ!」


こーたんが再びウインクをすると


「きゃーーー!」


なぜか咲希と田中さんが手を取り合って叫んでいます。


「さっ、みなさんお好きなものを召し上がってください。僕のおごりです」


シローくんとカメラマンさんはやれやれと言った表情です。


「シロー君とカメラマンさんはお昼まだなんですよね。何にしますか?」


こーたんがよくわからない夏実には目の前のお腹を空かせた人に食べさせる方が優先です。


「それではこの前食べなかったキムチチーズと、えーっと…」


「キムチチーズ?美味しそう!俺にもそれ!」


こーたんがこっちに向かって言います。

シロー君は大きな声で話してないのにこーたんは耳ざといですね。


「おまえ、もう12個も食べたんだろう!太るぞ!」


シロー君が女性(高齢女性プラス咲希)に囲まれたこーたんの席に向かって言い返します。


「ここのおにぎりはノーカウント!」


なぜか威張って答えるこーたんです。


「私は…オーナーさんオススメのものを何か握ってください。撮影しているとき全部美味しそうでした」


カメラマンさんはそつなく夏実の創作意欲をくすぐるのでした。さすがです。

夏実のやる気スイッチを押したカメラマンを見て


「あ、僕も何でも良いです!夏実さん!夏実、のオススメで!」


シロー君も慌てて言い直しました。

夏実はニヤーっと笑って炊飯器を開けるのでした。


◇◇◇


その翌日。


「昨日、取材したものがもう放送されるのかい!早いんだね!」


「急いでるとは言ってたけど、まさか次の日とは思わなかったね」


昨日、取材チームが帰る時に「放送は明日です」と

あっさり言ったのでみんな慌てたのです。


「ここを改築してくれた工務店さんや庭師さんに慌てて連絡したの。どんなふうに撮れてるかわからないけど一応ね」


紗代子さんは気遣いを忘れない人です。


普段、いろはの店内にはテレビは置いていませんが2階にはここを住居としていた紗代子達が使っていたテレビが置きっぱなしになっていましたので、七生に頼んでお店に降ろしてきてもらいました。

やっぱりリアルタイムでみんなで観たいですからね。


「10時からの番組だったよね?」


「みみずくテレビの『エトピリカ!』で放送するってシロー君言ってたわぁ」


「ドキドキするわね」


「私、娘に言って録画してもらおうと思ったんだけどぉ、この番組ってこっちでしかやってないんだってぇ。娘の住んでるとこじゃ放送されてないって言うのぉ」


「そりゃ、みみずくテレビはカワセミ市のテレビ局なんだからこのへんでしか放送されないんだろうよ!私は朝、江口先生の部屋に起こしに行って録画予約してもらったよ!」


江口先生とばっちりです。


「私は息子に頼んだからさ、とよちゃんいつでも観においでよ」


吉見さんが言いますと


「ううん。大丈夫。昨日、近所の人に頼んで予約してもらったからぁ」


「なんだ!良かった!さよさんは?録画予約した?」


「ええ。うちも七生がやってくれましたよ。壱朗さんに見せようと思って」


「いろはの記念すべき日だからね!」 


営業中だと言うのに小上がりに置いたテレビの前にみんなで椅子を並べて今か今かと待っています。

入ってきたお客様が何事かとギョッとしていました。


「あ、すみませ〜ん。テレビにうちの店が出るので鑑賞会させていただいてるんです〜」


「え、そうなの?私達も見せてもらおう。良いですか?」


お客様良い人。


「ええ!どうぞどうぞ!」


10時になり、地元アナウンサーとゲストの芸能人の挨拶から始まり、ローカルニュース、健康の話題のあと、お待ちかねのスイーツ特集です。

小出さんが「まだなのかい!」とイラつき始めてたのでようやく始まってみんなホッとしました。


県内のケーキ屋、甘味処、カフェなどが紹介されたあと、いちばん最後がおにぎりカフェいろはでした。


冒頭にちらりとしか写りませんでしたが、おにぎりはツヤツヤと光り、海苔はパリッとしているのがよくわかりました。


「うん!美味しそうに撮れてるね!」


桃のレアチーズはしっとりなめらか、ほんのりピンク色です。マーブルケーキにはホイップがたっぷりと添えてあり、いかにも食べ応えがありそう。いろはの簡易ティラミスだって本当のティラミスに引けをとりませんよ?


どれもこれも美味しそうに撮影されていましたが

夏実が思いがけず心を奪われたのはその背景でした。


夏の濃緑が生き生きと茂った庭、午後の柔らかな光が入る小上がり、長年紗代子が磨いてツヤの出た柱や長押。


出来るだけ元の住居の木材を使い、足りない分は同じくらいの古材を探して改築してくれた壱朗とその友人たちの技術と心尽くしが詰め込まれたこのお店。


夏実は1人カウンターにいました。


みんなには「一応、営業中だから」と言い訳しましたが、本当は映像を見た時の自分がどうなっちゃうのかわからなくて、みんなと見るのは少し不安だったからです。


カウンターからテレビまで距離があって小さくしか見えませんが、それでもテレビというその媒体で見るこのお店に夏実は胸に何かが込み上げて来ていっぱいな気持ちになってしまいました。感動?喜び?この気持ちはなんだろう。

夏実は困惑しました。

震えるような叫びたいような気持ちでした。


きっと紗代子も同じように感じているのかもしれません。

目尻をそっと押さえていました。



「こりゃ大変だ!早くここ片付けて!」


放送が終わるやいなや、小出さんは慌てたように立ち上がり帰り支度を始めます。


「これは大変だ!こうしちゃいられない!」


「大変よぉ!」


田中さん、吉見さんまで慌ててます。


「え?どうしたんですか?」


状況がわからずうろたえる夏実と紗代子に小出さんは言います。


「夏実ちゃん!米はいっぱい炊いてあるかい?スイーツは?このテレビを見た人が今からいっぱい来るよ!覚悟しな!」


「そんな…放送終わったばかりでそんなことないでしょう」


「さよさん、何のんきなこと言ってんだい!今の見てたかい?素晴らしい出来だったじゃないか!見た人は来たがるはずだよ!」


「私達ではお手伝いにもならないからせめて場所を空けるわねぇ」


ポカーンとする夏実達を残して小出さん達はサッサとお帰りになりました。


「どういうこと?」


紗代子と夏実、2人とも顔を見合わせて


「まさか…ねぇ?」


「そう…だよねぇ?」



「お客様いっぱい来ると思いますよ。それぐらいここの雰囲気がよく現れた映像だったと私も思いました。じゃあ混まないうちに注文しますね」


一緒にテレビを見ていたお客様もそう言います。


「ここが大人気になって気軽に来れなくなるのはちょっと寂しいですけど…でもまた来ますね!頑張ってください!」


「は、はい!ぜひまたお越しくださいませ!」


紗代子と夏実は慌てて頭を下げました。


小出さん達の予言通り、しばらくしたらお客様が押し寄せ、おにぎりカフェいろは始まって以来の大変な賑わいとなりました。


今日見たテレビの映像を紗代子と語り合いたいのにその時間がありません。


「こんなことになるなんて…思わなかった…」

「な、夏実…お水ちょうだい…」


幸せの余韻にひたる間も無く夏実も紗代子もヘトヘトです。


「これ、いつまで続くのかなあ…」 


夏実は心の中でボヤくのでした。


本日もご来店誠にありがとうございます!

次回の更新は8月29日金を予定しております。

またのご来店を心よりお待ちしております。

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