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おにぎりカフェいろは  作者: 瑞谷樹梨
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それぞれの一大決心 1

 【おにぎりカフェいろは】は孫の夏実と祖母の紗代子のお店なのですが、商売に関してはド素人の2人。


 一応は原価やなんやかんやそれっぽいことは考えてはいますが、これを足掛かりにお店を増やすぞー!とか、おにぎりブームを巻き起こすぞー!とか、ガッポリ儲けるぞー!などとは考えてはおりません。


 お客様だって近所の人やお友達ばかりですし、宣伝といってもSNSで毎日発信してるだけです。

お客様がお客様を呼んでくださり、閑古鳥が鳴くようなことはない程度には賑わっている様子。


 夏実のぽやーんとした雰囲気と紗代子の気配り上手さで【おにぎりカフェいろは】はのんびりとした居心地の良い空間となっております。


では商売ド素人の2人がどうして【おにぎりカフェいろは】を開店することになったか。

そちらをお話しすることにしましょう。


ことのおこりはこうでした。


◇◇◇



「さ、さよちゃん!一生に一度の頼みだ!」


 突然、夫の壱朗が畳におでこをこすりつけるようにして大きな声を出すもんですから

昼下がりに園芸カタログを眺めていた紗代子はびっくりしました。


 壱朗69歳、紗代子はひとつ年下の68歳。

大工の壱朗は若い頃から勤めていた工務店を定年退職していますが、頼まれれば今でも単発の仕事を引き受けています。4人いる子供達もみんな元気にそれなりに巣立ってますので老夫婦はのんびりと、たまには旅行へ行ったりなんかして悠々自適ないつも変わらぬ生活を送っていました。


 なんだかここ数日、壱朗が何かを悩んでるような、言いたいことがあるような、そんな雰囲気を紗代子は感じてはいましたが、問いただすこともせずに静観していました。

壱朗が一生に一度の頼みなんて言い出すからには大事(おおごと)なのでしょう。

キュッと身の内が引き締まる感じがして紗代子は身構えました。


「…しばらくお山に帰りたいんだ。」

「お、お山?お父さんの実家の?」


紗代子は夫の壱朗をお父さんと呼んでます。


「ああ。…近頃な…お山のことが頭から離れなくてな…。もう俺もこの先どんどん弱っていくだけだろ?あの山は不便な何にもないとこだからな。帰るなら今しかないと思うんだよ。

…でもな、あんな山奥だからさよちゃんにまで一緒に来てくれなんて言えねえからさ…」


「お山は…良いところだとは思うけど…1日2日帰るって話じゃないってことよね…?住むとなると私はちょっと…ねえ…」


子供を4人産み、優しく、ときには厳しく育てあげ、いまや孫が6人、そして優しいけれど職人肌で無口な夫、夫の職場のお付き合いや近所付き合い、少ないけれども親戚付き合いも丁寧に難なくこなしてきたいつも冷静な紗代子さんですが、この思いがけない言葉にはなんて言って良いのかわからず、答えが見つかりません。

壱朗はしょんぼりとうなだれているまま。


そんなとき


「こんにちはー!虎二郎の大福買ってきたよー!」


と、元気良く縁側から顔を出したのは孫の夏実でした。

夏美は2人の長男 尚弥の娘。初孫です。

近所に住んでいるのでよく茶菓子を持って顔を出してくれるのです。


「え!どうしたの?おじいちゃん浮気でもしたの?!」

「ば、バカァ言え!な、な、なんでそうなるんだよ!俺はさよちゃん一筋だ!」


壱朗が真っ赤な顔をしてガバッと立ち上がります。


「だってぇ…おじいちゃんがおばあちゃんに頭下げてるんだもん…そんなの今まで一度も見たことないよぉ…」


「…おじいちゃんね、お山に帰りたいんだって」


夏実が来たことと「浮気」発言が面白くて、ハッと我に返った紗代子が答えます。

ちなみに壱朗さんは紗代子さんに今も昔もベタ惚れなのでこれまでそんな心配したことはないのですよ。



「お山?おじいちゃんの実家のあの山の中の?なんで?もう誰も住んでいないんでしょ?不便なんじゃないの?」


 夏実も子供の頃、壱朗に連れられてお山に行ったことがあるので、どんなところかは知っていました。

隣の家、と言ったら車でまず山を降りなくちゃいけないような周囲には木しかないところです。


 家屋のあるあたりは広い範囲で開けていて、壱朗と紗代子の子供や孫達が遊びに行っていた頃は壱朗の両親や兄世帯がまだそこに住んでいました。

傍には畑もあり、食べごろになったトマトやきゅうりをもいでは井戸水で洗って食べたり、飼われている馬や鶏や犬と遊んだり、おじさんが器用に竹とんぼや虫かごを作ってくれたりしました。

街で生まれ育った夏実達には新鮮な山の生活だったのです。


「どうしてかはわかんねえけどな…もうこの先、歳くってジジイになるだけだろ?今ならまだ体が動くからな…ちょっと山に戻りたいんだよ。ふもとの町に引っ越した兄貴に聞いたら好きに使って良いって言ってくれたしな。」

「おばあちゃんも行くの?」

「私は…私はねえ…車も運転できないし…山に行ってもねえ……。ま、とにかくお茶淹れるわね。夏実、虎二郎の大福買ってきてくれたんだっけ?いつもありがとうね」


 紗代子がよっこいしょ、と立ち上がり台所にお茶を入れにいくと、夏実は縁側から靴を脱いで壱朗のいる居間に入りました。


しばらく無言の2人でしたが壱朗が夏実に聞かせるともなく語り始めました。


「俺と紗代子が結婚したときにな、俺の爺さんがこの座卓を作ってくれたんだよ。」


壱朗は目の前の一枚板の座卓を撫でさすります。

夏実の記憶がある頃からずっとこの居間に鎮座している大きな座卓。楓だそうですが木の目の模様が面白いんです。

夏実は木の目を迷路に見立ててよく遊びました。


「まだ若くて金もない一緒になったばかりの俺達にこんなデカい座卓なんかどうすんだよって言ったらな、すぐに家族が増えるから大きく作ったんだって爺さんが言うんだよ。この座卓いーっぱいに食いもん乗せて家族みんなで腹一杯食えって」


「もうヨボヨボの爺さんがな、俺が結婚するって聞いてからせっせと作り始めたらしいんだ。まだ貧乏で家財道具もろくに揃っちゃいないのに、この座卓だけがやけに立派でなぁ。でもそのうち夏実、おまえの親父の尚弥が生まれて、伊都子が生まれて、日登美に聡士…って増えて、あいつらが大きくなってこの家から出て行っても嫁さんや婿さんが増えて、孫も増えて、あんなに大きいと思ってた座卓だけじゃ足らなくなっちまった。

だからなんだって話なんだけどよ…そんなことをここんとこ考えていたら無性にもう一度お山に行きたくなったんだよ…」


「良いわよ。行ってらっしゃい。」


お茶を入れて居間に戻った紗代子が大福の包みを開けながら言いました。


「私は山では役に立たないだろうからこっちに残るけど、お父さんは行ってらっしゃいな。」 

「いいのか?」

「お父さんと一緒になって40…何年だったかしら?50年はたってないわよね。たってたかしら?とにかくもうずっと一緒にいたんだからちょっとくらい離れたって平気だわ。単身赴任ってやつよ。たまには帰ってくるんでしょ?」

「もちろんだ!ありがとな!さよちゃん!」


 あまり感情が顔に出ない壱朗ですが、この時ばかりは欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように満面の笑みでした。


「おばあちゃん一人暮らしするの?大丈夫?うちならいまお父さん達が赴任先行ってていないからうちに来る?それとも私がここに住もうか?」


夏実は心配のせいか、いつになく早口です。


「大丈夫よ。手のかかる人がいなくなるから楽になるわね。そうだわ!初めての一人暮らしになるのね?楽しみだわ!」

「さよちゃん…」

壱朗は複雑な顔をしていました。


◇◇◇


 初めての一人暮らし!と楽しそうにそんなことを言っていた紗代子ですが壱朗が出立し、しばらくするとなんだかぼんやりしていることが増えました。


「なんだかねえ、1人になったら気が抜けちゃったみたいでねえ…庭仕事もごはん作るのも、なんだか前より楽しく感じられないのよ…」


そんな紗代子を心配した夏実はちょくちょく様子を見に来ていました。


「おばあちゃん。風四季堂(ふしぎどう)さんがね、お店にカフェを作ったんだって。一緒に行こうよ!」

「風四季堂さんが喫茶店に商売変えしたのかい?」

「和菓子はそのまま前と同じように売ってるけど改装してお茶が飲めるとこを作ったみたいよ」


 庭に出るのも億劫に感じてた紗代子ですから、街まで出るのに気乗りはしませんでしたが夏実が熱心に誘うものですから、しかたなく出掛けることにしました。

読んでいただきありがとうございます!

初小説なのですが最後まで書くのが目標です。

のんびりお付き合いいただけると嬉しいです。


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