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おにぎりカフェいろは  作者: 瑞谷樹梨
18/21

タケル君の自由研究 2

さてさて、先日タケル君の自由研究をどうするかという話から盛り上がった、いろはの常連のみなさんはろうけつ染めをすることになりました。


会場はやはり定休日のいろはです。


「紗代子さん、夏実ちゃん場所を貸してくれてありがとうね」


吉見さんのお店から道具や材料を運んでくれたのは山口さんでした。


「これぐらいなんてことはねえよ」


「あ、ありがとうございます…」


消え入りそうな声で山口さんにお礼を言うタケル君でしたが


「聞こえん!もっと元気よく!!」


山口さんがジロリと睨んで一喝すると「うわぁっ」と飛び上がって夏実の後ろに隠れます。


「マー坊!怖がらせてどうすんだい!もっと普通に言えば良いだろ!」


小出さんがすかさず言い返します。

実は夏実も「ヒェッ」となりました。


「普通だろ?」


山口さんはキョトンとしています。


「おまえは声が無駄にデカくて張りがありすぎるんだよ!」


「ごめんね、あのお爺さん怒ってるわけじゃないのよ」


道子さんがタケル君にとりなしました。


「ああ!俺は怒ってないぞ!」


山口さんは慌てて弁解しますが、その声も大きくて張りがあるから怒ってるように聞こえちゃいますよね。



「…いいよ……いいよ!」


ふたたび消え入りそうな声で答えたタケル君でしたが、大きな声でもう一度言うのでした。


子供には「ごめん」と言われたら「いいよ」と言わなくてはいけない不思議な決まりのようなものがあります。


「タケル君、怖がらせてごめんね。あの人、お爺さんだから耳がちょっと聞こえづらいの。年寄りだからね。だから大きめの声で言ってくれると聞こえると思うの」


道子さんナイスフォローです。


「な…!」


お爺さん、耳が聞こえづらい、年寄り、のワードに反論がありそうな山口さんでしたが、小出さんに睨まれて言い返すのをやめました。


「わかりましたっ!」


すかさず大きな声で返事をするタケル君は素直な良い子なんです。



「さあ、じゃあまずはロウで布に絵を描きましょうね」


今日のリーダーは吉見さんです。


小上がりの座卓には新聞紙が一面に広げられて畳の上にはビニールシートが敷いてあります。

もしロウをこぼしても大丈夫ですよ。


吉見さんが用意してくれたのは綿の布。

ガーゼハンカチぐらいの大きさです。

お店の在庫を提供してくれました。


「これがロウソクを溶かしたもの。(ロウ)を筆に含ませて、絵でも文字でも良いから描いてみてね」


紗代子も夏実も神妙な顔で描いています。

何を描くんでしょうね。


(ロウ)はすぐに固まっちゃうよ。細かい線は難しいから大雑把に描いたほうが良いよ。布は何枚もあるから好きに使ってね」


吉見さんの指導のもと、店内で筆を動かす面々と庭で草木染めの液を用意をするチームとに分かれています。


庭ではバーベキュー用のコンロを使って草木を煮出して染め液を作っていました。


こちらは山口さんと浅野さんが担当してくれています。


浅野さんは小出さんや山口さんとは幼馴染で、いろはではいつも庭の席でひとりでいるのを好んでる人です。


そして力仕事を引き受けるのは江口先生。


「年寄りばかりじゃ心配だろ!」と小出さんに連れてこられました。


それに夏実の友達の咲希。

さき(せん)と呼ばれるタケル君が通う学童の指導員さんです。

大人ばかりに囲まれてはタケル君がやりづらいかなと夏実が声をかけたんです。


染め液は

「タマネギの皮」「柿の葉」「ブルーベリー」「雑草」


残念ながらドクダミはこの前の草刈りで刈ってしまったため、染め液に使えるほど生えていませんでした。


高温の染め液に浸すとロウが溶け流れてろうけつ染めになりませんので、今は適温になるように火を消されています。


あとは夏実が用意したコーヒーの液体、紅茶の液体。

鮮やかな色もあったほうが良いんじゃないかと草木染め経験者の道子さんが持ってきたのは「ターメリック」


粉状のスパイスですが、お湯に溶かすととても鮮やかな黄色の液体になりました。


「マリーゴールドやクチナシ、桜なんかもきれいな色になるんですけど、今回は用意する時間がないからスーパーで買えるターメリックにしてみました」


「うわぁ、面白そう!学童でもやってみたいなぁ」


咲希は興味深々で、道子さんにいろいろ聞いています。

そんな2人をじっと見ていた山口さん。


「あんた!学童の指導員やってんだって?」


「は、はい!」


咲希も鬼ジジイのことは子供の頃から知っていますのでいきなり声をかけられて少し緊張気味です。


「正徳。そんな言い方だと怒ってるように聞こえるよ」


浅野さんがふふ、と笑いながら山口さんに静かに言うのです。


「あ、そうか。しまったな。さっきも言われたとこなんだ。いや、怒ってるわけじゃないぞ?えーっとさき先だっけ?あんた夏実ちゃんと同級生だったろう」


「はい…」


「夏実ちゃんとよく一緒にいたよな。学童の指導員になって、地元で活躍してくれて嬉しいよ。ありがとな」


「!? いえ…そんな」


『挨拶は?!』

『こら!傘を振り回すな!』

『もっと端によれ!』


と、小学生や中学生のころ鬼ジジイによく怒鳴られた覚えのある咲子は思いがけない言葉に戸惑います。


「正徳はよく通学路に立ってたろう?あれは町内の防犯委員だったからなんだよ」


浅野さんが咲希に教えてくれました。


「あ…そうだったんですか…」


「ただ毎日、家の前に立って睨んでるだけじゃなかったんだよ」


ふふ、と笑いながら浅野さんが言います。


「睨んでなんかねえよ!通学路の子供が危ない目に会わないように見てただけだ」


「正徳は眉が太くて目が大きいからなあ。体も大きくてがっちりしてるから腕組みして仁王立ちしてたらそれだけで子供は怖がるさ」


「…怖がらせるつもりはなかったんだけどな」


「あの、あの!ありがとうございます!今も子供達のこと気にしてくださってますよね」


「まあ年寄りは暇だからな!…これからは…怖がられないように、静かに話すようにする…」


怖い怖いと思ってた鬼ジジイはよく見たら、あの頃よりずっと小さくなってるなあと咲希は思いました。


「さあ!染料の用意はできましたよ!ここで染めてここで干します!」


甘鷺高校の造園部顧問を務める江口先生は植物のことになると興味が倍増のようですね。

ウキウキテキパキと動いています。


「木や草で染めることができるんですね。これはぜひ我が部でも挑戦したい!今年の文化祭でワークショップ!いや、何か作って販売の方が良いかな」


「ねえ。こっちはもう準備できたぁ?」


田中さんが庭に出てきました。

今日はいつもの大きなリボンのヒラヒラ帽子ではなく農作業に使うような頭の部分はぴったりフィット、目の下まで布で覆われる帽子です。サングラスもしているのでパッと見、誰かわかりません。


「田中さん…だろ?すげえ格好だな」


「いつもの帽子だと邪魔になると思ってこれにしたのぉ。日焼けしたくないもの」


おっとりとそう言う田中さんに道子さんは


「その帽子も似合ってるわ。じゃあこの染料に漬け込んでね。15分くらい浸けたままにしてね。」


「何色に染めようかしらぁ。ほら見てぇ。私の好きなバラを描いたのよ。上手にかけたでしょう?」


田中さんは布をピラピラさせながら上機嫌でした。


◇◇◇


みんながそれぞれ染料に漬け込んだあと、干して乾かしているところです。


「みなさんちょっと休憩してくださーい。」


夏実が厨房からおにぎりを持って来てカウンターに置きます。

ドリンクは以前のようにセルフサービスです。


「まあまあお休みにお店を貸していただいたのにごはんまで!」


「大丈夫ですよ。ちゃんと参加費からお代はいただいてますからね」


「僕は夏実さんのおにぎりが食べられるからここに来たようなものです!」


江口先生が胸を張って言います。


「お昼ごはんが出るって言ったらホイホイついてきたよ!この人は!」


「あーでも。今日は普通のおにぎりばかりなんですよ…梅に鮭に昆布…」


いつも変わり種おにぎりを頼む江口先生ですので夏実が心配そうに言うと


「夏実さんのおにぎりならなんでも僕は大好きですよ!大好きなんです!」


「良かった!いっぱい食べてくださいね!」


それを聞いた皆さんは片付けの手が一瞬止まりました。


「あれは…?愛の…告白…?」


「吉見さんもそう思ったぁ?」


「ま…歳格好は合うだろうけど」


「夏実は気づいてないわね。あの子そういうのはニブいのよ」


「いや、あの先生もあの歳であれはないでしょう」


「私達年寄りでお膳立てするぅ?ふふふ」


「公立高校の先生だと転勤あるわよね?」


「それは困るね!いや、夏実ちゃん次第だけど…」


「…ま、なるようになるでしょ」


紗代子の言葉で再び手を動かし始めました。

なんだか変な空気感になったいろはです。


「あ、タケル君。全部染められた?タケル君は研究用にいっぱい染めたんだもんね」


「うん!漬ける時間で染まる色の違いを比べたいからいっぱいだよ。吉見さんが布を小さく切ってくれたんだ」


「薄い布だからすぐに乾くよ。その間にごはんにしようね」


◇◇◇



「さあさ!すぐに取り掛かりな!」


みんなでワイワイごはんを食べて小休止したあと、すかさず小出さんはタケル君を追い立てます。


「えー!あとは家でやるから良いよぉ」


不満そうなタケル君に小出さんは畳み掛けます。


「今なら吉見さんも道子さんもいるし、江口先生だっているんだから質問があったら答えてもらえるだろ?それに勝ちゃんも先生だったんだからなんでも教えてもらえるんだよ!今すぐやりな!」


「うわあ!先生がいっぱいだったんだ!ヤバッ!」


大人がよってたかってああしろこうしろと言ってやらせるのは簡単ですが、タケル君の自由研究ですからね。

そこはわきまえてる面々はじーっと見ているだけです。


「じ、じゃあ…この布がどの植物で染めたかシールに書いて貼ってえ…」


タケル君はちらりとみんなを見ます。


「ううんと、それからこの紙にどんなもので染め液を作ったか書く…。写真はあとでママにプリントしてもらう…」


ちらり。


「あ!まずロウソクのところから書かないと!」


ちらり。


だあれも何にも言いません。


タケル君もそれがわかったのかあきらめて黙々と書き始めました。


「先生がいっぱいで緊張するよ…」


それから1時間ほどたったでしょうか。

タケル君はわからないところを聞きながら一生懸命に自由研究を書き上げることができました。


「できた!」


「わー!タケルよく頑張ったね!」


咲希がぎゅっとハグします。


「やめろー!」と言いつつも嬉しそうなタケル君です。


「うん。すごく良く書けている。立派な研究だ。頑張ったね」


浅野先生のお墨付きです。


「みなさん!ありがとうございました!」


タケル君は大きな声でみんなにお礼を言うのでした。


◇◇◇


みんなが帰り静けさを取り戻したいろはの店内。


「楽しかったね。ほら、おばあちゃん見て!私のろうけつ染め」


「ああ、きれいにできたね」


夏実の作品は【おにぎりカフェいろは】の文字と大きな1枚のモミジの葉が白抜きになっています。ターメリックで染めたので鮮やかな黄色。


紗代子も【おにぎりカフェいろは】とモミジの葉、こちらは夏実とは違って数枚モミジの葉が散りばめられています。紗代子は柿の葉染めにしましたので少し赤みがかった黄色です。


「わあ!同じこと書いてたんだ。おばあちゃんは達筆だけど」


「それぞれ味わいがあって良いね」


「これ、アイロンかけて額に入れて飾ろうと思うの」


「いいね、ほらそこの壁に飾ると良いんじゃない?」


「うん!そうする!こういう会、またやりたいな。山口さんの奥さんが草木染めやっていたなんて知らなかったし、吉見さんは手芸店やってただけあっていろいろ教えてもらえそう。講師として来てもらって、希望者を募ってワークショップやったらいろんな人との交流ができるね」


「夏実のやりたいことなんでもやりなさい」


「えー何それ。」


「おばあちゃんね、このお店で働くようになって毎日楽しいのよ。だからきっと次も楽しいはず。夏実は私には思いつかないようなことを考えつくからね、次は何を言い出すんだろってワクワクするのよ」


「…んふふ。じゃあご期待にそえるよう頑張るか」


夏実のアイデアを書きとめている夢ノートにはまた新たな1ページが増えそうです。

ご来店ありがとうございます!

次回の更新は8月22日(金)を予定してます。

またのご来店お待ちしております。

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