夏実と塩にぎり
「今日はお客様も少ないね〜」
「すごい雨だもんね。七生、上がって良いよ。今日はありがとう」
「早仕舞いしたら?こんなんじゃ誰も来ないよ」
「うーん。どうしようかなぁ。まあとりあえずおばあちゃんが心配だからさ、家に帰って様子見てくれる?ひどくなってたら病院行かなくちゃ」
「わかった」
エプロンを取った七生がドアを開けると雨がすごい勢いで道路に叩きつけるような音をたててます。
「こんな雨じゃ誰も来ないよね」
本日の紗代子は少し体調を崩したようでお休みです。
「暑さ負けかね…でもお店には出られるよ。大丈夫」
と、力無く言ってたのですが
「こんな雨じゃ、きっとお客様も少ないと思うからおばあちゃん今日は休んでて」
「おばあちゃん、僕が代わりに出るから休んでてよ。無理しないほうが良いよ」
と、代わりに七生がお店にでてくれたのですが、昨夜から続く雨でお客様はサッパリ。
七生が帰ったあと、夏実しかいないお店はシーンとしています。
「掃除でもしようかな…でも雨の庭も良いんだよねぇ」
お客様は来ないだろうと思いつつも、もしかして?と言う気持ちも捨てきれず
庭へのドアに「庭にいます。お声かけてください」
とメモを貼り、長靴に履き替えて庭に出た夏実は傘にあたる雨の重さと音の激しさに少しひるみました。
む…庭の散策にはちょっと雨が激しいかな?
先日、甘鷺高校の皆さんにきれいにしてもらった庭はこざっぱりとしています。
こんな強い雨ではお客様は望めないけど、庭の木々には恵みの雨かな…
幾日も続く強烈な日差しに、いくつかの花の鉢が枯れてしまい紗代子が残念がっていたのを思い出しました。
水の問題じゃないんだよね。日差しで焼けちゃう。花の鉢は日陰に入れといたほうが良いかもな〜
パラソル買おうかな、いや風四季堂さんみたいな店の名前を入れた幕を買って日陰を作ろうか…
それともガゼボってやつを作れないかなぁ。
あとで調べよう。
たまにはひとりでこうして庭を歩くのも楽しいもんだね、と夏実は思いました。
咲き終わった花を剪定してもらった紫陽花。
葉には小さなアマガエルがいます。
「雨降って良かったね。ず〜っとすごく暑かったもんね〜あんたも大変だったでしょう」
カエルに話しかけながら、ここに水飲み場を作ろうかな…カエルはもちろん鳥や猫が飲みに来るもしれないし…なんて言ったっけ…ビオトープ?
夏実の想像はつきません。
庭をひとまわりして店に戻ると、小上がりにお爺さんがひとり座っていました。
「わ!気づかなくてすみません!」
いつのまにかいたお客様に夏実は大慌てです。
「おや。…良いんだよぉ。勝手に座らせてもらったよぉ」
お爺さんは怒りもせずニコニコしています。
ご近所さんだったかな?
なんかどこかで見たことあるような気がするんだけど誰だったかな。
おばあちゃんならわかるだろうけど。
「店を留守にしてて失礼しました。」
「いや良いんだ良いんだ。ちょっと懐かしくて寄っただけだから気にしないで」
「まあ…祖父母のお知り合いでしたか。生憎、今日は祖母が休んでおりまして」
「ああ。しょうがないさ、この暑さだぁ」
「あ、すみません。お茶いれますから、ちょっと待っててください」
夏実はもうお客様を諦めていたのでお味噌汁の火を落としてしまったのを後悔しましたが
炊飯器はまだそのままだった自分を褒めながら
手早くおにぎりをにぎりました。
もう具材は冷蔵庫に閉まっていたのでお塩のみです。その塩おにぎりと温かいお茶と一緒にお爺さんのところへ持って行きました。
「これ良かったら召し上がってください。お口に合うと良いんですが」
「おや、ありがとう」
老人はおにぎりを一口かじると
「うん。良い塩梅だよ。俺は塩にぎりがいちばん好きなんだよ。…このお皿は壱朗かい?」
「はい。祖父が作ったそうです」
「良い作りだ。腕を上げたな」
老人はふいに顔をあげ
「紗代子にな、梅干しを焼いたやつに熱いお湯をかけて飲ませてやると良いよ。味噌やネギや生姜入れても良い。すぐ元気になるよ。ちょっと疲れたんだろうさ」
「はい!」
「この座卓でいっぱいごはん食べたかい?」
「はい!いっぱい食べたし遊びました!」
「この座卓には秘密があるんだよ。知ってるかい?この座卓の裏をみてご覧。壱朗は気づかなかった」
「裏?」
夏実は見知らぬ老人の前だと言うのに、無防備にゴロリと横になって座卓の裏を覗きこみました。
「あ、なんか彫ってありますね!でも、暗くてよく見えない…」
スマホのライトで照らしてみようと夏実がゴソゴソやっていると
「夏実ありがとよ。会えて良かった」
老人の声が聞こえました。
「え?」
夏実が顔を上げるとそこには誰もいませんでした。
座卓の上にはおにぎりがひとつ、そしてまだ湯気の出ている湯呑みが残されています。
「あれ?お爺さん?どこ行ったんですか?」
あたりをキョロキョロ見回しても誰もいません。
???
「お爺さん?」
さっきまで座っていたお爺さん。
たしかにおにぎりを食べていました。
ですが夏実の目の前にあるそのおにぎりは夏実が握った時のままの姿をしています。
「え?」
「さっき食べてたよね?良い塩梅だって…」
ありえない状況に夏実はゾッとしました。
一瞬で鳥肌が立ちます。
「えー?」
急に怖くなってしまった夏実は泣きそうになりながら急いで鍵を閉めて家に帰りました。
「おばあちゃーん」
家に帰ると紗代子がソファでくつろいでいました。
「どうしたの?何かあったの?」
血相をかえて飛び込んで来た夏実に紗代子が驚きました。
「お爺さんがいたのに消えたの!食べたはずなのにおにぎりそのままの形だったの!」
半泣きの夏実が何言ってるのかよくわからなかったのですが
「まあまあ落ち着いて」
「幽霊なのかなー私、お化け見ちゃった?」
「どんなお化けだったの」
「白い眉毛がながーい…」
うん?思い出そうとしてもあのお爺さんがどんな服を着ていたのか思い出せません。
「あれー?思い出せない…」
「お姉ちゃん寝ぼけてたんじゃないの?」
「寝てないよ!七生が帰ったあと庭に出てて…店に戻ったら小上がりにお爺さんが座ってて…おじいちゃんとおばあちゃんの知り合いみたいだったから塩おにぎりとお茶を出したの!それでそれで、お爺さんはおにぎり食べて良い塩梅だって言ったもん。なのに残ってたおにぎりには食べた跡がなかった〜〜」
「他にはなんか言ってたの?」
「…紗代子は疲れてるだろうから梅干し焼いて熱いお湯をかけたのを飲ませてやれって。味噌や生姜入れても良いって。あと…壱朗は腕をあげたなって。それと…座卓に秘密があるっていうから私、私…寝転んで座卓の下を覗きこんで…でも暗かったからスマホのライトで照らして…起き上がったらお爺さんいなくなってて!」
「あんた知らない人の前で寝転ぶなんて」
そうですよね。やっぱりそこ、気になっちゃいますよね。
「そんなのはどうでも良いじゃ〜ん!お爺さんが消えたんだよ?食べたはずなのに食べてないんだよ?」
「ん、まあ…そうね。でも喋ってるときは怖い感じはしなかったんでしょ?」
「うん。なんか見たことあるような気がした…」
「さっきね、おじいちゃんから電話があって私がちょっと体調が悪くしたって言ったら梅干し焼いて熱いお湯かけて飲め!って言うから七生に作ってもらったとこなのよ」
紗代子の手には湯呑みが握られています。
「これっておじいちゃんちの民間療法でね、風邪気味とか暑さで体がしんどいときにおじいちゃんはよく自分で作って飲んでたわ。それにね、その白い長い眉毛ってのもなんだかわかる気がするのよ。ちょっと待ってなさい」
紗代子が自分の部屋として使っている和室から大きなアルバムを持ってきました。
「ん〜っと、あったあった。夏実が会ったのはこの人じゃない?」
紗代子の指差す先にいるのは先程の老人です。
「この人!」
「この人はおじいちゃんのおじいちゃん。夏実のひいひいお爺さんね」
「え。おばあちゃんって霊とか信じてる人だったっけ」
「信じるっていうか、いると思ってるわよ。それにこの年になると説明のつかない不思議なことってあるんだなって思うわ」
「幽霊見たことあるの?」
「ないよ」
「…」
「まあさ、見知らぬ幽霊ってわけでもなけりゃ悪さされたわけでもないんだし、あの座卓はひいひいお爺さんが作ったわけだしね?それに小上がりに置いてあるモミジはひいひいお爺さんがくれた木の種からできた盆栽だからねぇ。縁深いものがあって、ちょっと覗きに来たんじゃないかしらね」
「そんな〜」
「お盆も近いし、ちょっと様子を見に来たのかもね。食べたはずのおにぎりが元のままなのが怖かっただけで、ひいひいお爺さんと話したのが怖いわけじゃないんでしょ?」
「そ、それはそうだけど…」
「私も結婚した当時、何回か会ったけど優しい人だったわよ。あ、もちろん生きてるときにね」
「へ〜お姉ちゃん、レアな経験したんだ」
「えー?そ、そう?まあそれはそうなんだけど」
「ひいひいお爺さんもモミジが好きだったそうだから夏実と気が合うのよ。きっと」
なんか納得したような、したくないような、よくわからない気持ちになった夏実です。
店で1人には絶対ならない!と思いつつも、店の小上がりにあるモミジの盆栽の前に塩にぎりとお茶をたまに供える夏実でした。
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