夏の庭と造園部
前回のタイトル変更しました。
「夏バテ先生1」→「夏バテ先生」
先生がメインではなくなってしまったので…。
「おはようございます!よろしくお願いします!」
早朝から甘鷺高等学校造園部のみなさんがやってきました。
今日はいつもの出入り口ではなく、道路側の木塀にある通用口を開けてあります。
道具を持ち込むし、きっと汚れるからとの江口先生からの配慮です。
江口先生含め、部員のみなさんはお揃いのTシャツとジャージ。頭にはキャップを被っています。
みんなニコニコしているので嫌々連れてこられたわけではなさそうね、と紗代子は少しだけホッとしました。
紗代子にはうちの庭が学生さん達の勉強になるほどの庭とも思えませんし、ドリンクなどを提供するとはいえ草刈りを手伝ってもらうことに今でも気が引けているのです。
こんな暑い中、こどもに庭仕事させるなんてなんだか悪いじゃない?
「甘鷺高等学校造園部のみなさん。ようこそいらっしゃいました!私は夏実です。こちらは祖母の紗代子です。よろしくお願いします!」
「本日は1年から3年まで9名、造園部全員参加です」
江口先生がいつもとは違い、キリリと先生らしく話します。
「ではお庭を見学させていただいたあと、草刈りに入らせていただきます。鎌などの道具は持ってきましたがゴミ袋はこちらでご用意いただけると」
「はい。これです。集めたものは塀のそばに置いておいてくださると助かります。暑いですからね、くれぐれも無理のないようにしてくださいね」
「皆さん!本日はありがとうございます。店内に水がありますので遠慮なく飲んでくださいね!レモン入りです!トイレはここから入って右です。草刈り後にはドリンクとデザートを出します。こちらはお店からのお礼です。江口先生からはおにぎりをご注文いただいています。」
「イエーイ!」「やったー!」「わーい!」
と次々に生徒から声が上がります。
体つきは大人のようですがまだまだ子供らしいところがありますね。
「はい!静かに。住宅地だから静かにするように。近所迷惑だからね。じゃあまずは…」
先生に引率されて庭で話を聞いてる学生達を見ながら夏美と紗代子は店内に戻りました。
「本当に良いのかねぇ。ありがたいことではあるけれどねぇ」
「頑張ってもらう分、私もデザートに気合い入れたよ!ほら見て!」
そこには可愛らしい小さなパフェが並んでいます。
いろはでは普段、パフェを出していませんから、お客様用のお水のグラスを使いました。
いちばん下はアイスクリーム、そして次はピンク色のババロア。
いちばん上には細かく切った苺やラズベリーが散りばめられ、赤いソースがかかっていてなんとも可愛い様子です。
舌休めにビスキュイが添えてありますね。
紗代子も好きなサクサク食感の軽いクッキーです。
「まあ可愛い!」
思わず紗代子は声をあげました。
「でしょう?んふふ。暑いから冷たいものにしたの。おばあちゃん、ビスキュイ好きでしょ。ちゃんとおばあちゃん用のも焼いてあるからね」
「まあ楽しみだね。このパフェは私の分もあるのかい?」
「あるよー。余分に作ってあるからみんな帰ったら食べようよ」
パフェは冷凍庫に保管しておいて、夏実はおにぎりに取り掛かります。
江口先生からはおにぎりひとつ分のお代金をいただきましたが、夏実は試食をかねて何個も作るつもりです。若者の意見が聞ける貴重な機会ですし、お客様になってもらえるかもしれないですからね。お味噌汁もちゃんと作ってあります。
夏の野外労働にはお味噌汁!
水分!塩分!ビタミン!ミネラル!
ホント言うとよくわかってないけど…でも暑い夏でも寒い冬でもお味噌汁は飲むとホッとするし体が喜ぶ気がするもんね、と夏実は思いました。
◇◇◇
「あのーすみません。これから草刈りに取り掛かりますが、一応の確認をしたいのでよろしいですか?」
江口先生が店内に通じるドアから顔をのぞかせたので紗代子が庭に出て行きました。
「この辺りの長く伸びた草と、ここの紫陽花、終わった花は処分していいですか?それと…」
江口先生は指をさしながら、これをどうする、あれをこうする、と紗代子に説明していきます。
「はい。そうしてください。」と紗代子が確認したところを生徒さん達が鎌で刈ったり、ハサミで器用に整えていきます。
「まあ、みなさん手際が良いのねえ。さすがだわ」
「あまりきちんとしてしまうとここの良さがなくなってしまいそうだから、少しラフな感じで頼むよ。」
「はーい!」
そんなとき
「あんた!そこで何してんだい!」
木塀の外で大きな声がして紗代子はドキッとしました。
作業中の生徒も江口先生も一斉に手を止めて声の方を見ます。
この声は間違いなく小出さんです。
紗代子が急いで通用口から外に出ると小出さんが初老の男性に詰め寄ってました。
「人ん家覗いてなにやってんのか聞いてんだよ!」
「小出さん!どうしたの?大丈夫?」
「大家さん、落ち着いて落ち着いて」
小出さんは誰がどう見てもおばあちゃんなんですが今でも血気盛んな人です。
「いや、あの、違います。すみません」
小出さんに捕まった初老の男性はうろたえているようです。
「ま!藤原さんじゃないですか」
「さよちゃん、知り合いかい?」
「ええ。うちの庭師さん。うちの人の友達でもあるわ」
「壱朗さんの友達?ありゃ、怒鳴りつけて悪かったね。とよちゃんちに行く途中なんだけどさ、中を覗こうとしてたから変質者かと思って」
「いや、あの、俺が悪かったんですよ。覗きこもうとしてるようなヤツ、怒鳴られて当然なんで」
帽子をとって頭を下げる藤原さんの顔が赤いのは暑さだけではないようですね。
「大きな声出して悪かったね!じゃ、私はこれで失礼するよ!」
「おじいちゃん!」
造園部の女の子が駆け寄って来ました。
まだ揃いのTシャツの色が鮮やかなところを見ると1年生でしょうか。
「おじいちゃん?」
「あ…いや、偶然通りかかったんで…いや、嘘は良くないな。由衣が壱朗の家の庭に行くって言ってたからどんなもんかと様子見たくてな」
「もー!ここのこと知ってたの?昨日そんなこと言ってなかったじゃない」
由衣と呼ばれた子は頬を膨らませて怒っています。
「藤原由衣さんのお爺さんですか。私、造園部顧問の江口と申します。」
「ああ、先生。いや、いつも、孫がお世話になって。今日は、どうも、みっともないところを、お見せしてしまって」
しきりにタオルで汗を拭きながら藤原さんは江口先生に挨拶をしますがお孫さんにお尻のあたりをバシバシ叩かれています。
「良かったらこちらに入ってお孫さんの仕事ぶりを見てやってください。」
「うちのおじいちゃんいえ、祖父がすみません!」
「いや、オレ、私は」
「今更気取らなくたって良いって!お庭に入らせてもらいなよ」
孫に腕を引っ張られて通用口から中に入った藤原さんは帽子をもみくちゃにしながら困ったような顔をしていました。
「いまお茶持ってきますね」
「さよちゃん…いやぁ、へへ。みっともねえとこ見られちゃったな。」
「何言ってるんですか。お孫さんのことが気になるのは当たり前じゃないの。それに藤原さんは昔からここの庭の面倒見ててくれてたんだし、来てくれて嬉しいわ」
「そうなんですか!この庭は素晴らしいです!僕は大好きです!ぜひお話し伺いたいです!」
「俺は剪定してただけさ。この庭をこんなに良いものにしたのはさよちゃんと壱朗だよ」
古い木のベンチによっこいしょと腰掛けながら
藤原さんは庭を懐かしそうに眺めます。
これまで長い間、藤原さんにはこの庭の剪定をお願いしていましたが、昨年からは息子さんが来てくれてました。
「あそこにあったモミジ覚えてますか?」
冷えた麦茶を持ってきた紗代子が通用口の方向に目を向けました。
「覚えてるよ。見事な枝ぶりの良いモミジだったけど台風で折れちまった…ん?!」
「大切にしてますよ。あ!今ここにいる藤原さんのお孫さんってもしかして?」
「そうだよ!由衣が植えたやつだよ。そっかそっか。あのモミジまだ元気にしてたのか」
「何よ。おじいちゃん。私がなんだって言うのよ」
草を刈っていた由衣が立ち上がってズンズンこちらにやって来ます。
「幼稚園?小学生だったか?結衣が小さな頃にモミジの種を植えたんだよ。覚えてるか?台風で倒れた木が可哀想だって言ってな」
「覚えてるよ。おじいちゃんがモミジの枝をいっぱいもらってきて、そこに小さな竹とんぼみたいな形の可愛い種がついてたの」
「あれはここの庭のモミジだったんだ」
「えー!そうだったんだ!」
「由衣が種を植えて育てたモミジを俺が気まぐれに盆栽に仕立てて…ここにまた持って来た…それがまだ?」
「ありますよ。店の中にドーンとね」
いろはの店内は元の家の床を落として板張りにしテーブルを並べてありますが庭側の一角だけは靴を脱いで上がる小上がりにしました。
畳敷きのそこには壱朗の思い出の一枚板の座卓が置いてあるのです。
小上がりには外の庭がよく見えるようにと南側に大きく出窓をつけました。
その窓辺に青々とした葉を枝いっぱいにつけたモミジの盆栽が置いてあります。
これが藤原さんの作った盆栽なのです。
きつい直射日光はよくないとされますが、建物や夏みかんの木で遮られるため日差しが幾分柔らぎます。
「ああ。これはこれは…また会えるとは思わなかった。ここの改築のときは見かけなかったから」
「あのときは工事でぶつけたりしちゃいけないからって夏実の家に持って行ってたのよ。大切にしてるのよ」
「俺は長年、庭のことをやってはいたが盆栽作るのはたいしてうまくなかったからコイツも早々にダメになったかもなって思ってたんだ」
「このモミジ。私達のお気に入りなんですよ。」
「夏実が特に気に入ってるのよね?ほら、店名にするくらいだもんね」
「そうよ。この家にはこの木が必要なのよ」
「あ…!店名はイロハモミジからきてるのか」
「そうでーす」
夏実も紗代子もニコニコしています。
藤原さんも嬉しそうです。
◇◇◇
昼前には作業も片付きました。
「じゃあ片づけが済んだ人から手を洗って汗を拭いて。服はゴミがついてないようによくはらって、作業靴は履き替えてお店の中に入るように」
先生に言われて生徒達は素直にめいめいの身だしなみを整えていきます。
「案外、細かいこと言われるのねぇ」
「習慣づけですよ。彼らがいずれ仕事に就いた時にだらしないといくら腕が良くてもお客様に嫌がられますからね。」
順々に店内に入ってくる生徒達は暑い中働いていたのにスッキリして見えます。
さすがねぇ。紗代子は感心しました。
「みなさんお疲れ様でした!さあどうぞ!」
夏実がトレイにパフェをぎっちり並べて持ってきました。
「わー!可愛い!」「おー!可愛い!」
女の子の高い声と男の子の低い声がハモってます。
でしょうでしょう。可愛いでしょう。
夏実は得意になりながらカウンターにトレイを置きました。
「パフェはひとり1個ですよ。今日はドリンクバースタイルでお願いします。このカウンターにいろいろ置いてありますのでひとり何杯でも飲んでくださいね」
人数が多いし、炎天下での作業の後ではドリンク一杯では足りないだろうとピッチャーで用意しました。
「夏実さん、こんなにしていただいてすみません。かえってご負担かけてしまいましたね」
江口先生が申し訳なさそうに頭を下げます。
「いえ!これは私がやりたくてやってることなので気になさらないでください。それよりもうひとつお願いがあるんです」
「お願いってなんでしょう」
「おにぎりの感想を聞かせて欲しいんです。」
「それなら僕がいつでも。」
「ははは。そうですね。江口先生はいつも食べながら感想聞かせてくださるので参考になってます」
「えぇ?!僕、口に出てますか?」
「ええ。はっきりと」
「いつもですか?」
「いつもです」
「…はぁ〜恥ずかしい…」
気づいてなかったのか!そっちの方が驚きです。
「生徒の皆さんにうちのおにぎりの味を知ってもらって、あわよくばお客様になっていただこうと言う魂胆です」
「はーい!また来ます!」
「いっぱい働いてくれたものね。庭をきれいにしてくれて嬉しいわ。いっぱい食べていってね」
夏実と紗代子がどんどんとおにぎりを運んで来るのを見て生徒達は歓声をあげて迎えてくれました。
「いただきます!」
「あ!私も!先生も食べるぞ!」
と江口先生もテーブルに駆け寄り、かぶりついてます。
「慌てなくてもいっぱいありますよ。お味噌汁もどうぞ」
「ナスと味噌が相まって汗をかいた体にしみ通るようだ…」
「先生のグルメレポーターが始まった〜」
「は!口に出さないつもりだったのに!」
「先生いつも感想言いながら食べてるよ」
「昔からの癖なんだ。治したつもりだったんだけどな…しかし今はこのおにぎりを堪能したいから恥は捨てることにする!さ!みんなもいただきなさい。おにぎりもだけど味噌汁も絶品なんだ!」
江口先生は童顔なのでこうして見ると生徒と見分けがつきません。
いろはは年齢高めのお客様が多いので、こうして若い人が大勢にぎやかにしているのは珍しいことでした。
「こういうのも活気があって良いものね」
紗代子はそう思いながら庭へ出ました。
「はい。藤原さんも召し上がれ。鮭と梅で良いかしら。夏実のおにぎりは変わったものが多いけど何か気になるものがあれば取ってきますよ。冷たいものが良ければパフェもありますよ」
「ここは変わらないなぁ。」
「そう?」
藤原さんは庭仕事のあとはいつもこのベンチに座りこんでしばらく休憩するのが習慣でした。
「ああいや、木はあの頃より成長したし見かけはそりゃ変わったけどさ。なんていうか空気は変わらない。優しいって言うかな」
「そうね。」
「いろんな庭あるからな。気取ってたり疲れてたり人懐っこいのもいる」
「まあ、不思議な話ね。でも分かる気がするわ。うちの庭は、そうね…懐が深い気がする」
「そう!そうなんだよ。この庭は受け入れてくれるんだよ。わかってもらえて嬉しいよ」
「ふふ。こうしてお店にしたら、いろんな人が来るようになったんだけど庭の席に座る人はなんとなくわかるようになってきたわ。その人達もこの庭に何か感じてるのかしらね」
「かもしれないな」
「また見に来てくださいね。」
「ああ。また寄せてもらうよ」
庭木がサラサラ音を立てて「また来てね」と言っているかのようでした。
蝉が一斉に鳴き始めました。
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