夏バテ先生
タイトル変更しました。
「夏バテ先生1」→「夏バテ先生」
「いらっしゃいませ!」
夏の盛り、毎日暑いですが皆様いかがお過ごしですか。
お味噌汁は熱中症予防に良いらしいですから
ぜひ、いろはで食べて行ってくださいませ。
本日のお味噌汁は赤味噌でございます。
その濃厚な色合いと口当たりに驚くかもしれませんが、これがなぜだか暑いこの時分によく合うんです。
お豆腐にワカメ、そしてたっぷりのネギ。
具の種類はいつもより少ないですがこれが美味しいんです!
赤味噌にはネギたっぷり!オススメです!
おにぎりカフェいろは、本日も開店でございます。
◇◇◇
「おはようございます。ご注文がお決まりになりましたらお声かけてくださいね。」
フラリとひとりで入って来た青年は見かけない顔でした。
最近はだんだんと朝の常連さん以外のお客様も増えてきました。夏祭りのおかげでしょうか。
すでにご近所の常連さんはお帰りになったあとで、あとは田中さんが庭で写真を撮りたいからと残っているだけです。
紗代子が青年にお水とおしぼりを持って行きます。
「…あの…おにぎり1つだけでも大丈夫ですか?」
「はい。もちろんですよ」
おずおずと尋ねる青年に紗代子はにっこり答えます。
「良かった。このところなんだか食欲がわかなくって…コンビニも飽きちゃったし…でも食べないと本当に倒れちゃいそうで…」
「まあ。暑さのせいですかね。」
「そうかもしれません…」
「でしたら梅干しや生姜なんかがサッパリして良いかもしれませんね」
「ああ…そうですね。…じゃあ梅干しおにぎりください。ひとつですみません」
「良いんですよ。そんなこと気になさらないでくださいね」
なんだか顔色の冴えない青年を心配しつつも梅おにぎりを届け、紗代子は忙しくあちらへこちらへと動いていました。
気乗りしないような表情で青年がおにぎりに口をつけます。
もぐ……? もぐ…??
もぐもぐ…。???
「あの!…おにぎりもうひとつください」
「あら、食欲出てきたんですか?」
「ええ…なんだか梅干し食べたら気分が良くなってきました。それにこちらのお米は美味しいですね」
先程より幾分元気な声で青年が言います。
「梅干しを食べて元気出てきたのだったらお味噌汁いただいたら?お味噌汁は熱中症予防に良いんですってよ」
庭から入ってきた田中さんが青年に声をかけました。
「は、はあ…もらおうかな…」
「無理に押し付けてるわけじゃないわよ?最近とても暑いもの〜若くても体に負担よね〜」
大きなリボンのついたエレガントな帽子を脱いで
汗を拭きながら田中さんが青年に言います。
「おにぎりをおかわりするならおにぎりプレートに変更しますよ?プレートはおにぎりふたつとお味噌汁がついてきますから、その方がお得です。良かったらうちのお味噌汁を召し上がってください。」
「あ、はい…そうします」
追加の梅おにぎりと味噌汁を勢いよく食べた青年はパッと顔をあげ
「すみません!おにぎり、えーっと今度はシソ昆布と、あとは…鮭、お願いします!すごいですね!お味噌汁飲んだら食欲が湧いてきました!」
良かった良かった。
お客様の笑顔を見るのは嬉しいですし、ここのおにぎりとお味噌汁を食べて元気になるなんて最高!
厨房からそっと様子を伺っていた夏実はことの成り行きに大満足です。
「まだ食べたいけど仕事があるので今日はこれで失礼します」
「食気がついたのは良かったけど、いきなりじゃ胃がびっくりしちゃいますよ。ほどほどにね」
「はい!ありがとうございます!久しぶりに体に力が入ります。助かった!僕、そこのやすらぎアパートに住んでるんです。近いし、また来ますね」
そう言って帰って行った青年をみんなで見送り
「小出さんところにあの人いたかしらぁ?」
田中さんが紗代子を見て言います。
小出さんはやすらぎアパートの大家さんです。
「見たことないけど、住んでるって言うんだからいるんでしょ。写真は良く撮れた?」
お客様のことを詮索する気のない紗代子は話を変えようと田中さんの写真について聞きましたが田中さんは青年がどうしても気になるようです。
「ちょっとさっちゃんに聞いてくるわ〜」
そう言うと大きなリボンをヒラヒラさせて田中さんも出て行きました。
◇◇◇
その日の夕方、田中さんは小出さんと吉見さんを連れて再びドヤドヤといろはにやってきました。
「あのひょろっとした若いのはたしかにうちの住人だよ!」
入るなり小出さんが席にも付かず言います。
「ですって。」
イタズラっぽく笑う田中さん。
「とよちゃんがそんなこと聞きにくるからさ!うちの店子がなんかやらかしたのかとびっくりしたじゃないか!」
「うふふ。ごめんなさ〜い。なんとなく気になっちゃったのよぉ。今にも倒れそうな若者がいろはのおにぎりとお味噌汁で見違えるように元気になって出て行ったのよ。すごいじゃない?ね〜夏実ちゃん!」
「はい!元気になっていただけて良かったです!」
「あの人は甘鷺高校の先生だからね!いつも朝早く出勤して夜遅くに帰ってくるから見たことなかったんだろうね!最近ヒョロヒョロになってきて気にはなってたんだけど、今どきはうるさくすると嫌われるだろ?私でも一応、気は使ってるんだよ!でもまあ、いろはで元気になってくれて良かったよ!」
「夏実ちゃん、カキ氷ちょうだい。小さいやつ。」
吉見さんがひとりで席についてご注文です。
「はい。蜜は何にしますか?」
「抹茶にして」
「あ、私も欲しいわ〜抹茶」
「私ももらうよ!抹茶ね!小さいカキ氷ね!」
小出さんと田中さんがようやく定位置に座りました。
「おばあちゃんも食べる?」
「他にお客様いないから食べようかね」
「みんなで食べよう!」
夏実は嬉しそうにカキ氷を用意し始めました。
◇◇◇
「こんにちは!この前はありがとうございました」
数日たって、くだんの青年がニコニコ笑顔でやってきました。
前は今にも倒れそうな様子でしたが、見違えるようです。
「あれから自分でも味噌汁作って飲むようにしています。ここで食べるほど美味しくはありませんが」
「まあまあ。元気になって良かったわ」
「大家さんに聞いたんですが、見ず知らずの僕なんかのこと気にかけてくださってありがとうございます」
「いえいえ。そんな。今にも倒れそうだったものだから。甘鷺高校の先生なんですって?朝から晩まで大変ですね。お疲れ様です」
「元気が取り柄だと思ってましたが、いつのまにか暑さにやられてたようです。食べるって大切なんですね。ここのおにぎりとお味噌汁に救われました。今日もエネルギーチャージしようと思って来たんですよ。何のおにぎりにしようかな」
「ゆっくり選んでくださいね」
「はい!」
くだんの青年、あらため江口先生の本日のメニューはおにぎりプレートにおにぎりをふたつ追加です。
梅干し(これは外せませんね!基本です!)
鮭(鮭の絶妙なしょっぱさと米の甘みがたまらないですね!)
刻み生姜とネギのたぬき握り(出汁のきいた天かすと生姜、ネギが相まって…!これは良い!)
クリームチーズとアボカド、刻みキムチ(おお…!このねっとりとしたチーズとアボカドがキムチと一緒になることで食欲をそそる…!)
元気になった江口先生は意外と饒舌なようで一口食べるごとに感想が漏れ出てます。
ちなみに本日のお味噌汁は麹味噌。ナスとにんじん、ごぼうにしめじが入っていますよ。
「あら〜先生!お元気になって良かったわ」
大きな帽子をかぶった田中さんが庭から店内に入ってきました。
今日もリボンはひらめいてます。
「先日はありがとうございました。おかげさまで元気になりました」
江口先生は立ち上がるとピシッと田中さんに一礼をしています。真面目なお人柄のようですね。
「良かったわね〜」
「こちらはお庭があるんですね」
「素敵なお庭よ。わたしここで写真撮らせてもらってるのよぉ」
「僕は学校で環境デザイン科に所属していまして、簡単に言えば農業や園芸を教えてるんです。あとで覗かせていただこう」
「あら〜お庭のプロなのね。ほら、こうやってここで撮った写真をSNSに投稿すると『いいね』がつくの。これが私のいまの楽しみなのよ〜」
田中さんは自分のスマホを見せています。
「これは素敵な写真ですね。写真を撮るのがお上手です」
そうなんです。
お世辞抜きで田中さんの写真は見事なんです。
なんでもない雑草でも田中さんが撮ると生命力にあふれるというか、生き生き鮮やかに見えるのです。
「わあ〜ありがとう」
可愛らしい田中さんです。
江口先生の食後、田中さんと紗代子は先生と庭に出ました。
「わあーこれは素敵な庭ですね。これは造園業者に依頼されたんですか?」
「いえ。木も植物ももともと植えてあったものが大きくなって。リフォームをお願いしたところの人は道や塀を作ってくれたぐらいですよ」
「そうなんですか!この木や鉢植え、テーブルや椅子も配置が素晴らしいですね」
紗代子も夏実も深く考えたわけではなく、このへんに椅子があればナツハゼなどの低木群がよく見えるんじゃないかとか、あまり木に椅子を寄せると虫が落ちてくるんじゃないか、ぐらいにしか考えていなかったのでそんなにほめられるとかえっていたたまれない気がします。
「おひとりで木や花に囲まれてホッとしたい人もいるようでわりと好評なんですよ」
「ええ素晴らしいです!ぜひ僕の生徒に見学させたいです!見学させていただけないでしょうか」
「え?」
「僕は造園部の顧問なんです。この庭はきっと生徒達も興味を持つと思うんですよ。もちろんちゃんと飲食代はお支払いします」
「その生徒さん達に草むしりを手伝ってもらうことは可能でしょうか!」
いつの間にか夏実が紗代子の隣に立っていました。
「夏の勢いで草が伸びてきちゃったんですが、そこまで手が回らなくて。この暑さでは祖母もしんどいですし、手伝っていただきましたらドリンク一杯とお茶菓子を無料で出します!」
「夏実、あんた何言ってるの、そんな」
「OKです!それではドリンク一杯とお茶菓子で草むしりや他に簡単な庭仕事があれば請け負います。おにぎりをひとつ、これは私がみんなにご馳走したいので出してください」
「了解です!わあ〜良かったね、おばあちゃん」
「いや夏実。あんた、そんなこと頼むなんて」
いくら何でも図々しすぎやしないかと紗代子はオロオロしますが、江口先生も夏実もなんてこともない顔です。
「もちろん強制ではなく希望者だけ連れてきますから大丈夫ですよ」
こうして甘鷺高等学校造園部の協力で夏の草刈りが決行されることになりました。
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