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「それでは本日もお疲れ様でした、聖女様」

「えぇ。おやすみなさい、セイル」

 何食わぬ顔をしてレイモンドは自室の扉を閉める。だが、その貼り付けた笑みを浮かべていられるのも、扉越しに聞こえるこの場を去るセイルの足音が聞こえなくなるまでだった。

「はぁ……」

 扉に手をつき項垂れて、大きく溜息をついた。

 ジェインの家からの帰りに、言い争いをして三日。ずっとぎこちない空気が続いていた。聖女と護衛という、一線引かれた関係。そもそもこうあるべきだったと、慰めのようなものを考えてみはするが、そんなものは気休めにもならずレイモンドの心をざわめかせている。

「やっぱり、こちらから謝るべきかな……」

 あの日の言葉に嘘偽りはないか、それでも怒りに任せた八つ当たりのようなものだったというのは、すっかり冷静になった今は理解している。

 ジェインからもらった薬が、驚くほどに効いて、そういった面でも余裕ができたために、一層セイルが心を占める面積が増えていた。

 あんなことを言うべきではなかった。

 あれらの言葉は、「聖女」というものを一種の装置としてしか見ていない輩とセイルを、同一視していると言ったに等しい。

 この十年でジェインが「聖女と関係のないレイモンド」と、言葉を交わしてくれた初めての人だった。それに気付いてしまったから、聖女というものを通してしか己を見ることのない周囲に苛立ちを覚えたのだろう。

 自分自身(レイモンド)を見てほしい。

 そんな気付いたばかりの欲求を、誰よりも身近にいると思っていた男に理解して欲しかったのだ。

「あらぁ、喧嘩してしまったのぉ? 悪いと思ってるなら、謝った方がいいんじゃなぁい?」

「そうだよね…………、――って、え!?」

 突然聞こえた声に慌てて後ろを振り返ると、そこにはソファーに腰掛けてこちらに手を振るジェインの姿があった。

「一体どこから……」

 もう時刻は夜も遅い時間だ。ついさっきまで、そこには誰もいなかったはず。目を丸くしていると、彼女は楽しそうに笑った。

「やだぁ、決まってるじゃない。窓からよぉ」

「決まってるじゃない、って……」

 普通人は窓から出入りはしないと思う。なのにそれを当然のように言われて、レイモンドは呆れと共に肩を落とした。

「それで、どうしてここへ?」

 思えば初めから掴めない人だった。これ以上の追求は無駄かと諦め、訪ねてきた理由を問う。

「もぅ、妹を診てほしい、って言ったのは誰だったかしらぁ?」

「ああ……」

 レイモンドは、あの日の会話を思い出す。呪術が込められた鏡を見せられた後、彼女とそんな約束をしたのだ。

「誰にも知られないように、ってなると……、こうするしかないじゃない?」

「確かにそう言ったけど……」

 レイモンドは、別の要件か違う人物になりすまして訪ねてくると思い込んでいたのだ。

「これの方が安全でしょう? 特に、あなたが怪しんでいる枢機卿様の目をかいくぐるにはねぇ」

「……そうだね」

 彼女のもとに送られてきたあの鏡は、件の成長を止める薬の対価として送られてきたものらしい。

『口封じしようと思ったのねぇ』

 ジェインは鏡を弄びながら、こともなげにそう言った。だがつまり、それはその鏡に人が死ぬような呪術が施されていたということだ。

 その鏡の紋様とよく似た十年前のあの箱。薬を持ってきたレニール枢機卿。

 二つの関係性を疑うには、十分だった。

 そもそも野心の強い男だ。そのくらいのことをしても特に不思議には思わない。しかし、同時にあの男は、セイルの後見人でもあった。彼はあの男を信頼している。だから疑いたくはなかったのだ。

 そしてその疑いを、セイルには告げられなかった。

「さぁ、レイモンド。悠長にしてていいのかしらぁ?」

「――そうだったね、アンのところへ行こう」

 レイモンドは考えるのは後だと頭を振って、部屋を慎重に出て行った。

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