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「私はあの女を信用できません」

 ジェインの家を出たレイモンドは、足を止めたセイルの声に振り返る。

「セイル」

「二人になった時、一体何を吹き込まれたのです。聖女の貴方が、口にするものを何の躊躇いもなく受け取るなんて」

「……そういうこと言わないでほしい。彼女を腕のいい薬師だ」

「バルディア卿の調査で名前が挙がったからですか。……私はそもそも、卿自身、信用できないのです」

 セイルが、バルディアをあまり快く思っていないのは薄々感じていたレイモンドだが、それをはっきりと言葉にされたのは初めてだった。

「セイル、滅多なことを言うんじゃない。ここが森の中でなければ――」

「大聖堂に戻ってからでは、お伝えできないので今言っています」

「……っ」

 レイモンドは彼に自分の行動を納得してもらえるだけの言葉を考えつくことができなかった。ジェインを信じようと思った最大の理由は、言ってしまえば勘のようなものだ。

 聖女として沢山の人物を見てきた。「聖女」を敬う者、利用しようとする者、神の代弁者と崇める者、自分の手駒の一つと嘲る者――。

 目を見て、少し言葉を交わせば、相手がどのような気持ちでこちらを見ているのかはなんとなくはわかるようになった。

 そしてジェインは、そのどれでもなかった。

 それが理由だ。

 しかしレイモンドはそれをうまく説明できず、セイルから目を逸らした。

「……何を言われようと、僕は考えを変えるつもりはないよ」

 そう言って歩きだそうとする。だがセイルは、いつもならば不承不承ながらも黙ってついてきてくれるのだが、今回は違った。彼はレイモンドの前へと回り込み、その行く手を阻む。そして腕を掴んで、その足を止めさせた。

「説明をして下さい」

「っ……」

 掴まれた腕が痛い。顔をしかめて見せるが、それでもセイルは手を緩めようとはしなかった。

「さあ、説明を」

「――どうしてそこまで言わなきゃならない」

 腕の痛みが怒りに変わる。

「君の役目は『聖女を護ること』だろう。それとも、僕の行動の意味を問いただすことだったのか?」

 彼の顔を睨むように見上げると、それにたじろぐように腕の力が緩んだ。レイモンドは己の腕をもぎ取るように取り返す。掴まれた手首を、反対の手で撫でる。

 どうして説明()()()()()のだと、分かってくれない。

 それともやはり彼は――。

「私はただ、貴方が心配で……」

 目を泳がせていたセイルが、言い訳がましい歯切れの悪い言葉を呟く。

 その時、レイモンドの中で何かが切れた気がした。口元には自然と嘲笑が浮かぶ。

「心配? 僕のことを? 嘘は言わなくていい。君が――、いや、君()()が心配なのは、『聖女の身代わり』だろう?」

「何を……」

 困惑するような彼の顔が妙に腹立たしい。

「それとも本当に『僕』のことを心配していたとでも? そんなわけないよね。もしそうなら、何故一度も――」

 君は僕の名前を呼ばないんだ。

 そう言い放ってしまおうと思った時、レイモンドの恨み言を黙って聞いていたセイルの顔を見て口を噤んだ。

 怒りが冷めていく。

 彼があまりにも、傷付いたような顔をしていたからだ。

 出会って十年余り、彼はレイモンドのことを「聖女様」や「貴方」と呼ぶばかりで、名前を呼んだことがないのは事実だった。しかし、わざわざ指摘するのも、今となっては馬鹿げたことのようにも思えた。レイモンドは少しバツの悪さを覚えながら、睨み据えていたセイルから目を逸らした。

「……そんなにジェインのことが信用ならないなら、君の後見人――レニール卿に聞くといい。身元は証明してくれると思うよ」

「それはどういう……」

 もうこれ以上ここで言い争う気にはなれず、レイモンドは何かを言い募ろうとするセイルに背を向けた。

「もう行こう。そろそろ森を歩くのに疲れた」

「――……はい」

 それ以降はどちらも口を開くことなく、森を出て大聖堂まで戻った。

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