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 神聖なる大聖堂。そこにひとりの美しい少女がいた。

 薄絹を重ねたシンプルながらも壮麗な裾の長いドレスに身を包み、豊かな銀糸の髪を背に垂らす。その瞳は澄んだ青色に、深い慈悲と聡明さを湛えていた。

「よろしいですか、聖女様」

 傍に控えていた護衛の男が、聖女と呼ばれた少女の前にある扉に手をかけながらそう問いかける。

 聖女は自分の胸に手を当てて、一度深呼吸をする。そして、護衛の青年に頷き返した。

 それを見た青年は、ゆっくりとその扉を開ける。

 その途端に、ワッと歓声が聞こえた。

「聖女様!」

 そこに詰めかけるのは、麗しい聖女の姿を一目見ようと詰めかけた民衆の姿だった。

 聖女は微笑みを浮かべながら片手を上げて、その歓声に応える。それだけで、とてもありがたいものを見たかのように、ほぉと溜息をつくものもあった。

 本当の自分は、そんな存在ではないのに。

 自身が「聖女」と呼ばれるようになって早十年。

 こんな光景ももはや見慣れたものではあったが、図らずとも彼らを(たばか)っているという小さな罪悪感が胸を刺す。

 聖女とは、この国の「救いの象徴」として代々人々から信仰の対象のようなものとして慕われる存在だ。神から直々に選ばれた存在として、その額には五枚花弁の花模様が浮かぶ。そうして選ばれた聖女たちは、神の声を聞くことができるという。

 皆はそれを信じ、十日に一度聖女が大聖堂から姿を現す機会に集まってくるのだ。

「あぁ、聖女様……。なんとありがたいことでしょうか……」

 今自分が立っているところからほんの数段下がったところに、老女が目に涙を浮かべて、聖女を拝むようにして見つめていた。

「今日は遠いところからお越しですか、奥さま?」

 聖女はその老年の女にゆっくりと近寄ってその手を握った。

「えぇ、えぇ……、そうなんです。もう老い先が短いですから、冥土の土産に聖女様のお顔を一度でも見たくて……」

 聖女に手を握られたことでさらに感極まったのか、今度は涙をぽろぽろと零しながら頷いている。

「そうでしたか」

 こう言ってこの場所に来る者は初めてではない。いやむしろ、この王都近郊に住んでいる人々を除けば、こういった理由で聖女に会いに来るものはかなり多かった。

「『冥土の土産』などと言わずに、どうぞ長生きなさってください」

「ああ、聖女様……、ありがとうございます……!」

 聖女は彼女の手を最後にもう一度ぎゅっと握ってその手を離した。

 聖女が現れる入口の周囲に集まった、手の届く範囲の数人に同じように声をかけていく。

 そうして、五人ほどに声をかけ終わった頃、後ろからそっと近付いてきた護衛の青年に声をかけられる。

「聖女様、そろそろお時間です」

「……もう少し駄目かしら? まだこんなに来てくださった方々がいるわ」

 ここに集まった人々一人一人全てに声をかけられるわけではないのはわかっていたが、聖女はまだ声をかけられていない人々を見渡して眉を下げた。

「ご容赦ください」

「…………わかったわ」

 仕方がないと溜息をついて、聖女は人々から一歩距離を取った。

「それでは皆さまに、神の祝福がありますように」

 そう祈りを捧げて、聖女は踵を返した。

 名残惜しげの声を背中に聞きながら、護衛が再び開けてくれた扉の中に入っていく。そして、その扉が完全に閉じられると喧騒は一気に遠くなった。

 もうここには自分と護衛の青年しかいない。

 そう思うと、フッと足の力が抜ける。ぐらりと傾いた身体を青年が支えてくれた。

「ありがとう、セイル……」

 鍛えられた腕に掴まりながら、その胸に顔を伏せてほっと息をつく。

「それに今日は、早めに切り上げてくれただろう? 助かったよ、本当は少し立っているのが辛かったんだ……」

「あまり無理をしないでください」

「……ありがとう」

 やわく微笑んでみせると、セイルはいっそう心配げな顔でレイモンドの額に手を当てた。

「今日は一段と顔色が悪いですね……。やはり一度、別の医師に診てもらっては?」

「そう、だね……」

 事情を知る医師は一人宛がわれているが、彼には原因がわからないと言われている。しかし、一国を巻き込んだ重大な隠し事を持つ身としては、手当たり次第に診てもらうということもできない。

 口が固く、信頼できて、できるならば国や聖女と関わりのない人間――、その中でも腕のいい者を探すのは、中々に難しかった。

「いい人材がいるといいんだけれど」

 レイモンドはセイルの手を取って、自分の足でしっかり立つと、大聖堂の奥に向けて歩き出した。

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