13
「身体は大丈夫ですか、レイモンド?」
風で舞い上がりそうになる外套のフードを押さえつけながら、レイモンドはセイルの問いにこくりと頷いた。
「君にもらった聖水のおかげか、ここ暫くで一番元気だよ」
「そう、ですか。それは良かった」
後ろにいるセイルの顔をこっそりと見上げれば、その顔はほんのりと赤い。レイモンドもそれを見て、つられるように頬に熱が灯る。
聖水――、苦しさで夢現のレイモンドが、セイルに口移しで飲まされた液体がそれだった。
聖女の力が籠められた水を聖水と呼ぶらしいが、アンの作ったそれは、類稀な治癒力を持っていた。それによって今のレイモンドの身体には、何の不調も無い。
ジェインによると、これから先急激に起こるであろう身体の成長により、痛みが出るかもしれない、とのことだったが、今のところそれもなかった。
聖水のことを思い出せば。自然とあの日の口付けまで想起させられる。レイモンドはなんと言えば良いのか分からず、無言になる。
事故、というには、その記憶はあまりに鮮明で、「もっと」と自分からねだった事まではっきりと記憶にあった。
お互い無言になれば、馬の足音だけがはっきりと聞こえる。
今レイモンドは、セイルと共に、大聖堂を目指して馬上の人となっていた。
一度は逃げてきてしまった。だが、あの場所に愛する妹を独りきりで置いておくなど、レイモンドにはとてもできることではなかった。そして何よりも――
「決着を、つけなければ」
レイモンドの囁くような声が聞こえたのか、そうではなかったのか、セイルの手綱を握る手にも力が籠る。
「レイモンド、もうすぐです」
目指すは大聖堂前の広場。その前にはもう既に人だかりができている。
その中でも一段高い場所に経っているのはレニールは、聴衆を前に口を開く。
「――ここに今、新たな聖女が降臨された」
手を広げ、謳うように告げるレニールの傍には見知らぬ少女がいる。その額には聖女の証である花模様が刻まれている。
「――っ」
レイモンドが反射的に反論を口にしようとした時、ふとレニールと視線が合った気がした。彼はニヤリと笑う。
「いや、真なる聖女は長きに渡り妨害を受け、顕現できなかったのである。その障害こそ――」
レニールがスッとレイモンドを指差した。その指に人々の視線がこちらへと向く。その瞬間、風のいたずらか、強い風が吹いて、フードが隠していたレイモンドの顔が露わになり、長い銀髪が空に舞う。
「そこの男――、十年に渡り聖女を騙った罪人である!」
「っ!」
長い銀髪に青い瞳。それは誰もが知っている、今代の聖女が持つ色である。
それが露わになった以上、もう決して言い訳はできない。
さあどうする。
そう言いたげに、レニールが嘲笑を浮かべた。