10
「ジェイン、ごめ……、ちょっと、待って……」
レイモンドはジェインに手を引かれ、王都の路地裏を走っていた。
「もうちょっとだけ、がんばるのよぉ」
レイモンドが血を吐いて倒れてから半日ほどが経っていた。
ジェインの手引きで大正堂から抜け出し、彼女の家を目指す。
あのままあそこにいれば殺されてしまうことは想像に難くない。そのため、結界が張られたジェインの家がある森へと向かうことに決めたのだ。しかし、 元からの体調不良に加え、吐血したせいでさらに身体力が奪われていた。ほんの少し走っただけでも、酷く息が上がる。視界もぐらついて、おそらくジェインに手を引かれていなければ、ただ走ることさえもできなかっただろう。
レイモンドの状態はジェインも理解している。それでも歩みを止められないのは、いつ追っ手がかかるか分からないからだ。
王都の中心街を外れその外縁部にある森まで辿り着ければ、もうここまで焦る必要はない。そう遠い距離ではないのに、悲鳴をあげる身体にはあまりにも過酷な道のりだった。
民家がまばらになり、目的の森が近くに見えはじめる。
「レイモンド、もう少しよ」
「…………うん」
もう少しすればこの苦しさから解放される。
そう思って必死に足を前へ進める。
木立をすり抜け森の中に入るが、結界の範囲はもう少し先だ。
もう少し、もう少し――。
けれど、その後は――?
「っ、あ!」
レイモンドは足を縺れさせて、地面に転がった。
「レイモンド!」
ジェインが傍に膝をついたのを気配で感じる。だが,、顔を上げるのも難しかった。
あそこから逃げて、何になるのだろう。
アンを助けることができた。もう身代わりは必要ない。
ならは、逃げて一体何になるのか。
ケホと咳き込めば、地面に赤黒い血が散った。
一度目の吐血は呪詛返し――呪いを解いたことによって、術者にその反動が返るという現象――が、何故かレイモンドに現れたものだった。
しかしそれは一度きりのものだ。
ならば今のこれは何だ。
呪詛返しの影響がまだ残っていたのか、それとも――
レイモンドは、身体の節々が痛むことに気付く。走ったから、ではない。そんなものでは説明がつかない全身の痛みがあった。
「ジェイン、僕はもう――」
「黙って」
ジェインは強い口調でレイモンドの言葉を遮った。
そして、レイモンドの身体の下に腕を差し入れ、その身体を持ち上げようとする。
「ジェイン……」
「しっかり立つの。もう少しなんだから……」
レイモンドは彼女に体重をかけているのが申し訳なくなって、ふらつく足に力を込めた。それによってジェインはどうにか立ち上がる。
しかし、一度萎えてしまったレイモンドの足は、なかなか言うことを聞いてくれず、結局ジェインに半ば引きずられるような形で、また足を踏み出す。
「ぜったい、死なせてなんかあげないわ」
ジェインは決意のこもった声でそう呟いた。