1 ループ
五月六日。
坂井陽太はぼんやりと頬杖をつきながら、窓の外を眺めていた。
背が高いのに、この椅子と机はちっちゃいなあなんて考えていた。
高校生になる、ということに抵抗を感じていたが、なってみれば案外と、むつかしいことをするわけではないな、と感じていた。
それもそのはずだった。坂井は賢い方だった。県屈指の私立男子校にだって、やろうと思えば進学できたかもしれない。しかし今坂井がいるのは、平凡な共学の公立校だった。
——いったい、自分は何をすれば良いのだろうか。
その答えが、見つからなかった。
黒板の前に立っているのは、目の光がすっかり失せた、やる気のない、廃れた国語の先生で、まどろみながら、もう何年もやっている授業の内容を、一言一句間違えずに暗誦していた。
その姿はまるで滑稽な人工無能のようだった。
二時限目の退屈な国語の授業が始まって十分経った、午前十時のことだ。
ぼんやりと夢から醒めたように、体は落ち着いているのに、坂井は異変を感じた。
「……なぜ?」
坂井が立っているのは廊下だった。それだけでもおかしいというのにフックがない。明らかに学校の廊下ではない。そして狭い。学校の廊下だったらどうかしたら七、八十メートルあってもおかしくないというのに、この廊下は明らかに、十メートルあるか、ないかくらいの広さだ。
思い当たる場所は、一箇所しかない。
「……家?」
その2音が、口をついて出た。
こうなると、もう矢も盾もたまらなかった。
弟の宏一がちょうど自分の部屋から出てきた。それを吹っ飛ばす、か、そのくらいの勢いで坂井陽太は走り出したのだ。
坂井は、ドアを蹴飛ばしたとき、もう一つ異変を感じた。
「何だかカレンダーのスラッシュがいくつか足りない気がしたけれど……まあ、気のせいかな」