③
午後八時。
番組の収録が始まりました。
カメラの前に立つのは三人です。
それぞれの職業はお笑い芸人、グラビアアイドル、大学教授……という設定です。
実際は三人とも役者と素人です。
オーディションで採用した方々に架空の人物を演じてもらったわけです。
番組はモキュメンタリーですから。
この辺りは虚実の虚の部分と言えるでしょう。
番組の序盤は、心霊写真の検証コーナーでした。
作り物の心霊写真について三人が議論を交わすのです。
もちろん出てくる心霊写真はすべて偽物で、出演者達にも事前に台本を渡してあります。
そのせいかリアクションは白々しく、茶番っぽさが終始漂っていました。
台本を書いた私は、カメラ裏で大いに反省したものです。
心霊写真のコーナーが終了し、番組はメイン企画に移りました。
すなわち霊能者と呪物の対決です。
簡単な紹介の後、スタジオに燐源さんが登場しました。
さっそく燐源さんの前に一つ目の呪物が運ばれてきます。
それは古びた壺でした。
モキュメンタリーの旨を知る燐源さんは、テレビ向けのそれらしい動作でお祓いを行います。
しかし絵面は地味なので、周りが無理やり盛り上げていました。
正直、グダグダな空気感は否めません。
異変が起きたのは四つ目の呪物が運ばれてきた時です。
それは赤茶けたタオルに包まれた物体でした。
ティッシュ箱くらいの大きさで、ガムテープでガチガチに固められています。
呪物を目にした瞬間、燐源さんは顔を顰めて硬直しました。
彼は早口で念仏を唱え出すも、すぐに嘔吐してしまいました。
さらには目から血まで流していました。
台本にない展開に出演者はどよめきました。
スタッフ達も焦っていたと思います。
プロデューサーの三島さんは、燐源さんの粋なアドリブと解釈して大喜びでした。
ディレクターの加藤さんも撮れ高ができて安心していました。
私はなんとなく嫌な予感がしましたが、何も言えませんでした。
周囲が気遣う中、燐源さんは冷静でした。
彼は出演者とスタッフに向けて説明を始めました。
曰く、四つの目の呪物は本物である。
その力は強大で、自分には祓うことができない。
ただし呪いを分散して薄めることはできる。
薄めることで影響力を落とし、犠牲を抑えられるかもしれない。
事態の悪化を防ぐために尽力するが、全員の安全は保証できない。
燐源さんは慎重に、言葉を選びながら語りました。
彼は周囲の反応を待たず、呪いを薄める儀式を始めました。
まず本物の呪具を床に置いて、それを囲うように偽物の呪具を配置しました。
それから数分間の祈祷を終えて、燐源さんはスタジオを去りました。
彼の話を信じるならば、呪物の力を偽物に分散したのでしょう。
具体的にどういった効果があるのか不明ですが、災いの軽減が目的なのは間違いありません。
残された出演者は困惑しつつも番組を進行し、曖昧な形のままエンディングを迎えました。
収録後、三島さんは上機嫌でした。
想定外の展開で番組が面白くなったと仰っていました。
放送時はSNSで話題になることを確信していました。
燐源さんの話を信じていないのは明らかでした。
三島さんが亡くなったのは、その翌日のことでした。