9 氷を求める令嬢④
「「そんな見る目のない男は放っておきなさい」」
ヴォン・ヴォニエールとは先ほどの消毒するかどうかで揉めていた時と違って、この時は意見があった。
ヴィクトリア嬢から愚痴を盛大に吐き出させて、心のつかえをとっていた。
婚約破棄をした貴族は八大貴族のサルヴィアーティ卿の遠縁だった。八騎伯との関係を強固にしたいという考えで決まった縁談だった。
つくづく貴族社会は大変である。
「大体、見た目重視の偏見じゃない。太らないと胸の脂肪細胞は増えないのに、胸が大きくて痩せてる子が美徳とか勝手なのよ」
「ミハイル殿は実直な人間だと思ったんだが。人前で女性を陥れるのは感心しないな。何か別に理由があったんだと思うんだが。女性は外見だけではないのにな」
「ヴォンさんは女性の体型とか外見は気にならないんですか?」
「ぼくはそういうのに興味はない。なんなら身分だとか外見で媚びへつらう人間には嫌悪している」
本当に興味のない顔をする。
モテる男は一周回って何かを超越するのだろう。
中央神殿騎士というエリート貴公子。
既婚者とはいえ人として好ましく思った。
これだけ美形な男性だ。
女性の方が放っておかないだろうに、不倫や浮気じゃないかとかお嫁さんに疑われない辺り信頼関係があるんだろうな。
できたお嫁さんなんだろう。
「美の要素は外見だけじゃない。姿勢や身だしなみ、教養が必要だ。年を重ねて自分を磨ける人間かどうかも大切な要素だろう」
「そう!ヴォンさんいいこと言う!年齢を重ねたら胸もお尻も重力には逆らえないんだから!若さなんて武器になるのは期間限定だしね。美しさは内から出る自信の要素も大切だし!お年頃になれば、お化粧をしても肌の土台がよくないと!今から健康管理をしっかりすればステキ令嬢になるし、男性が放っておかないわよ!」
「ぼくにしたら婚約破棄を見世物にするような男とは別れて正解だよ。花を散らす前で良かった位だ」
まったくね!家同士の婚約とは言え、公衆の面前で何事よ!家の品位を疑うわ!
「ありがとうございます!なんだか元気が出てきました。それにダイエット方法も間違っていたんですね」
「食事は大切です。大体、ダイエットは女性のホルモン周期を意識しないと。それに新陳代謝が悪くなると肥満の原因になりますよ。体温が一℃下がると、約十二%代謝が落ちることがわかっています。ダイエットを考えるなら、まず温めること」
わたしは身を乗り出して言う。
「ちょうどご年齢的に成長に伴い上がっていた基礎代謝がピークを過ぎて低下し始めたんですね。食欲は増えるんですが代謝が追いつかなくて、太りやすいんですよ。多感なお年頃も相まってダイエットをしてしまう。でもこの時期に無理なダイエットなんてしたらホルモンバランスは崩れるし、骨の密度、胸の脂肪細胞は増えないし肌は荒れるしデメリットしかありません」
「成長期に痩せると大人になって支障を来しますから、まずは身体を大切にして頂きたい」
ヴォン・ヴォニエールも真剣だった。
「そうですよ!男が理想とするような体型になりたかったら、しっかり食べて運動して、肌ケアをして健康的な身体づくりをするのが先決です。貧血で倒れている場合ではありません!何より八騎伯のご令嬢ですからお世継ぎが産める身体に仕上げていく方が後の子孫繁栄に繋がっていくというもの。あと自分磨きをして価値あることを証明していきましょう!」
「わたしの価値ですか?」
「体型と体調管理はわたしに一案がございます。それよりも、失礼な元婚約者にぎゃふんと言わせるべく、得意分野を伸ばしてみませんか?」
「でもわたしには何もできることが⋯⋯」
「得意分野がなければご興味のあるものは?手に職をつけては如何でしょう?貴族のお屋敷の運用はもちろんですが、商いでも事業でも何でもお嬢様が好きな分野を突き詰めてみては?体力に自信があれば騎士もありですね」
「騎士⋯⋯」
ヴィクトリア嬢はキョトンとした顔をする。
「まぁ何はなくとも身体が資本!まずは地盤を固めに体調管理からですが」
体調は管理さえすればコントロールできる。
でも精神的なダメージは自分で立ち上がるしかない。
傷つけられた心は違う形で上書きし、小さな成功体験を積み重ねる。
自信とやる気を取り戻し、悩みを昇華して、トラウマなんてキレイに成仏させてやるのよ。
人生の中で小さな小石につまずいただけ、そう笑って済ませられたら儲けもの。
見返す気持ちで挑んでやれば、新しい道が拓けて人生が豊かになるんたから。
「目標に邁進する姿は応援したくなります。ステキに輝く令嬢を見ればグッと惹かれる男性は現れます」
「現れなかったら?」
「見る目のない男が国内にいなければ放っておいて、他国ですね」
「段々、規模が大きくなっていないか?」
ヴォン・ヴォニエールはクスリと笑う。
「いいんですよ、夢やインスピレーションは大切です!そして振った相手にこう言うのです」
わたしは満面の笑顔を作り、まるで舞台女優になったかのように言う。
「あの時、お別れして下さりありがとうございます。おかげで今よりステキな旦那様を見つけて超幸せです。お別れした時に奮起した事業が成功し、帝国でも一二を争う資産家として有名になったと。あっ事業でなくてもいいですけど」
「資産家は⋯⋯さすがにそれは」
コロコロと笑うヴィクトリア嬢の笑顔がなんとも愛らしい。
日中に氷を求めていた幽霊のような顔はなかった。
気持ちだけでもまず上方に上げられたなら良かった。
病は気からとも言うし。
「相手が慄くような結果が出せればそれで良いのです。この国随一の女にのし上がり、振ったことを死ぬほど後悔させてやるのです」
「何だかお顔が怖いです」
わたしにも前世と今世、丸くなった時があった。
顎は二重顎になり、脇腹のお肉がぷにぷにしていた時期が。
人は見た目で判断する。
残酷なものだ。
好きな人には見向きもされず、屈辱の憂さ晴らしにやけ食いをした日々。
しかし、前世は医学部に入り病気の脅威と食事と運動の大切さを学び、研修医として忙殺されスリム化した。
今世では粗食生活だったこと、神殿の料理番で体力仕事だったこともあり、今ではすっかりスリム化した。
でも闇雲にスリム化したわけではない。
わたしは医学の知識とと身体の仕組みを駆使したわよ。
自分の月経周期をみて、野菜とタンパク質の栄養バランスを考え、摂取カロリーと代謝を意識した有酸素運動をした。
するとどうだろう。声をかけてくれる男性が現れたのだ。
顎ラインがスッキリしただけで見違えたのよ!
「世界は広いのです。今目の前の世界が全てでないんです。開拓者になったつもりで頑張って頂きたい」
「できるかしら?」
「出来ます!この世の中、引き寄せ効果はあります。自分のなりたい理想を強く思い描くんです。そうすればヴィクトリア様を必要としてくれる人が現れ、自立した女性にもなり世界が変わりますよ」
「そうしたらどうなるの?」
「最後に振った相手には『ざまぁ』こう言ってやれば完了です」
「君は何を言ってるんだ」
ヴォン・ヴォニエールは呆れたと言わんばかりだ。
「あら、目標は大切です。なんなら美女コンテストで殿堂入りを果たせば、誰もが認める女性だと自信になります」
「なんだか夢物語ですね」
「かくいうわたしにも野望があります」
「え?」
「この有休休暇を満喫しつつ皇帝陛下に必要な治療を集め、寛解期にまで治す!そして、わたしを否定した奴に言うんです。『ざまぁ』って」
わたしはにやりと笑う。
今決めました。このまま何もせず、のこのこ宮廷を去るというのも負け犬みたいじゃない。
皇帝陛下の治療方法は分かっているのに、何もしないなんて見殺しするみたいで嫌なのよね。
「勝算はあるのか?」
ヴォン・ヴォニエールは眉根に皺を寄せる。
「あります!ちょっと治療に使える医療器具やら薬やらが足りないだけで」
糖尿病って分かったんだから、あとは現代日本で実績のある治療を提供するまで。
器材と人材行脚をしたいけど、中央神殿が人を集めて治療させた時点であの状況。
治療方法の決定打がないのだ。
ならば、わたしの前世の知識で作るしかないじゃない。
「女の底力舐めんじゃないわよ!女は化けるんですからね!みてらっしゃい!中央神殿の神官様に神殿長!ヴィクトリア様、一緒に『ざまぁ』体験しましょう」
「途方もない話しですが、何だか元気が出ました!わたしもエイルさんを応援したくなりました!」
クスリと笑うお顔は何とも愛らしかった。
「お互い、頑張りましましょう」
女同士、共に闘う戦友が出来た気がした。




