8 氷を求める令嬢③
「彼女の病はなんだと思う?」
あっタメ口の件、気にしてたのはわたしだけ?
ヴォン・ヴォニエールは華麗にスルーしてくれました。
良かった!
この世界、身分意識が高いから本当に焦る。
西方神殿じゃ同期でも身分やら口の利き方とかうるさかったから。
八騎伯に近しい身分の人っぽいから、そういう細かいことを気にするのかと思った。
変な脂汗がでちゃったじゃない。
珍しい人。でも好感がもてるのよね。
西方神殿が残念だっただけ余計に。
再度診察するため、二階のヴィクトリア嬢の部屋へと向かっていた。
「恐れながら申し上げます。わたしが思いますに」
わたしは胸に手を当て恭しく頭を下げる。
というかこのヴォン・ヴォニエール、お貴族様だっていうのに、そういう人を見下したり、身分で人をみないのね。
「貧血症状がでているかと」
「やはり貧血か」
「はい。貧血に特徴的な匙状爪に氷を求めていたご様子から間違いないかと」
「氷と貧血は関係あるんですか?」
ダンレイル卿がすかさず口を挟む。
「鉄が不足すると脳に酸素が十分に送れず、体温調節がうまくいかなくなったり、口の中の不快感を冷たい氷で一時的に紛らわせたりするからだと言われています」
ヴォン・ヴォニエールが補足してくれた。
「貧血は女性によくある症状なんで、鉄分をとるようにすれば回復します。食事に鉄くずを入れましょう。もしくは赤ワインに鉄釘を入れるか、鉄鍋での調理とか」
「それなら良かった。すぐ料理長に」
ちょっと!ヴォン・ヴォニエールさん!?
「お待ち下さい!赤ワインに鉄釘とか飲めたもんじゃありませんよ」
わたしはすぐに却下する。
鉄鍋使った調理ははいいとして。
錆びた鉄釘の成分とワイン一緒に飲んじゃうの!?
「食事に鉄くずを入れるのは常識でしょう」
ヴォン・ヴォニエールは何がおかしいんだ?と言わんばかりだ。
「おれの母親も貧血には短剣を赤ワインに入れていましたよ」
異世界の常識は現代医療の非常識。
確かに原理原則ではそれで鉄は身体に入るだろうけど。
現代日本でも鉄飴ってあるけどね。
ほのかに鉄味するけどさ。
ダイレクトに鉄を使ったものを食べ物にまぜちゃうの?
衛生的にも良くないし⋯⋯。
ちょっと無理が過ぎませんか?
せめて加工しましょ。ねぇ?
いやいや、待って。
動揺を隠さないと。
そうね、古代ギリシアでもそんな風にして鉄をとっていた記述はある。
ドン引きしては失礼ね。
「ヴォンさん、それよりもいい方法があります。あと、ヴィクトリア様のご容態で少し気になることがありまして」
貧血だけが彼女の病気ではなさそうだ。
ヴィクトリア嬢には色々気になる点があった。
「気になること?」
「指の付け根にタコができています。しかも年頃の女の子なのに痩せ過ぎています。お家柄的に食べ物に困ることはない事を踏まえると、もしかすると、食べた物を意図的に吐きだす拒食症かもしれません」
わたしはヴォン・ヴォニエールに指と手の甲の間にできたタコを指さす。
「ダンレイル卿、どうなんでしょう?」
「食事は以前より少食になっていました。ただ一緒に食事をしていますが、特に変わったところはなく。ヴィクトリアは食後どのようにしているかはわからない。ヴィクトリア付きのメイドから聞いてみましょう」
控えていたメイドを呼び出し部屋に入ってきた。
「はい、お嬢様は例の件があってから、ダイエットをされていました。食事は野菜中心にしたり、運動をしたり。でもまだ足りないと、時々お手洗いでえずいていらっしゃるのを見かけました」
「例の件とは?」
ヴォン・ヴォニエールはダンレイル卿に追求する。
「一ヶ月前です。妹の婚約者から一方的に太っているのに胸もなく、地味で不細工だと言われて学院の広間で婚約破棄を告げられました。しかも元婚約者には新しい恋人がいて真実の愛であると公衆の面前で言い放たれまして。早くに両親を亡くしたおれとしては妹には苦労をかけたくないからと中央の八大貴族の縁談を二つ返事で了解したのですが、案の定⋯⋯」
なるほどよくある婚約破棄劇場か。
タフなご令嬢はこれ幸いと第二の人生を踏み出す人もいるが、こちらのヴィクトリア嬢はショックで無理なダイエットをして心身に不調を来してしまったのね。
「中央貴族というと?」
「はい、ミルドレイン卿の長男、ミハイルです」
「あのミハイルが⋯⋯そういうタイプではないと思ったんだが」
ヴォン・ヴォニエールは訝しんだ顔をした。
ミルドレイン卿といえば、南西を治める大貴族。
同じ南西の国境守護職と中央領域を治める大貴族という意味では婚姻として悪くなかったんだろう。
「ヴィクトリア、入るよ。医術師様に一度診て頂こう」
ヴィクトリア嬢の部屋に入ると大衆の面前で婚約破棄されショックで摂食障害になった令嬢ヴィクトリア嬢がやつれた姿でぼんやりと窓の外を見ていた。
「大丈夫ですか?」
わたしは思わず声をかけた。
「お二人には助けて頂きありがとうございました」
「エイル殿がヴィクトリアが食べた物を吐いてしまう拒食症かもしれないと。本当なのかい?」
ダンレイル卿がヴィクトリア嬢に優しく声をかける。
ヴィクトリア嬢は項垂れるようにコクリと頷く。
「わたしは痩せてキレイになって婚約破棄したあの男を見返してやりたかった。でも、お腹が空くんです。食べたい衝動が抑えられず、食べてしまって。食べた後に罪悪感が襲って、吐き出したら嫌な気持ちも一緒に出ていくようなすっきりした気持ちになるんです」
かわいそうに。
食べたいという気持ちは自然なことなのに。
デリカシーのない男のせいで痩せればきれいになって見返せる、だから無理をしてでもという執念に取り憑かれているんだわ。
「ヴィクトリア様のような成長期にそのような行為をするのはあまりに危険です」
わたしにも身に覚えがあった。
そして怒りがふつふつと湧いていた。
前世と今世でもやはり思春期時代は太りましたとも。
自他ともに認める鏡餅でしたよ。
健康的でいいじゃない。
女にはね、太るべき時期に太らないといけない時があるのよ!
必要不可欠な通過儀礼みたいなものなのよ!
痩せる時期がくるんだから、焦らない。
「ヴィクトリア様、わたしにその無念を晴らすお手伝いをさせてください」
うら若き乙女の純情を土足で踏みにじった男に後悔させてやりましょう。
え?私情?当然はさんでませんよ。
えぇ。まったく。




