5 捨てる者あれば拾う者あり
有休休暇0日目
わたしは人と待ち合わせるのに食堂へ来ていた。
「おばちゃん、夕飯をお願いします」
カウンター越しに声をかけ、愛想のいい五十代位のおばちゃんが「あいよ」と返事をくれた。
「おばちゃん、今日で最後なの」
「どうしたん?」
今日でここのご飯も食べられなくなるかと思うと、文字通りこの食堂での最後の晩餐である。
「故郷に帰るよう、ディグラス神殿長に言われたの」
「本当に!淋しくなるね。まぁ元気だして!ちょっとオマケしとくから!」
西方神殿では基本自炊だった。
いや、本当は神殿の新入りが食堂当番という名の下働きをする。
ただ、わたしは平民だからという理由で未だ料理番をこなしていた。
医術師として宮廷に来て、晴れて西方神殿の料理番はお役目御免となったわけだけど。
毎日自分のご飯を食べるのは飽きていた。
かといって他のお貴族様新人が作る料理はちょっと残念なことも多かった。
そんなこともあり自炊と割り切っていたからいいんだけどね。
わたしがいなくなってから調理場は大丈夫かな。
ちょっと心配、いや、う〜ん⋯⋯。
思い出すと野菜ばかりだとか、味が薄いだとか、質素だとか文句ばっかりだったしなぁ。
新人医術師・騎士はわたしがいなくなって、せいせいしたとか言ってそうだわ。
うん、考えるのはよそう。
きっと好きな物をお腹いっぱい食べていることでしょう。
わたしも、こうやって人が作ってくれるご飯が安心安全に提供されるのは感動する。
もう何でも美味しい。
「宮廷はきな臭いことが多いからね。よその神殿の子がトラブルに巻き込まれない内に帰る方が幸せってもんだよ」
食堂のおばちゃんは手際よくお盆に配膳してくれる。
「何かあったんですか?」
「いやなに、今までに先の皇妃様の毒殺とか、皇女さまや皇子さまに毒をもったとか前の神殿長の不審死だとか、何かしら医術師が関わっててね。よその神殿の子が長いこといて、よくないことに巻き込まれないか心配してたところなんよ」
やだ、西方神殿ではそんな話し、全然耳に入ってきてないんですけど。
どこの世界にも王族に毒を盛るとかあるんですね。
ドラマとか大河ドラマである陰謀論!
テレビで見る分にはいいけど、自分が巻き込まれるのはごめんだわ。
しかも医術師がらみとか、皇族に近い人を使って裏工作している人がいるやつ。
怖い怖い。
「なんだ?もう帰るのか!この前のヌードル美味しかったぞ!!帰るんならレシピを教えといてくれ」
料理長がキッチンの奥から出て来てくれた。
「料理長のご飯が食べれて幸せでした。レシピですね。了解です!料理長のお口にあって良かったです!すみません、今夜厨房を借りていいですか?帰るのにお弁当とか作りたくて」
ご飯を作って貰える生活は幸せよね。
この宮廷を去るのに何が名残惜しいかといえば食堂のご飯がもう食べられなくなること。
明日からまた自炊生活か⋯⋯。
「あぁ、前みたいに材料を持ち込みするなら好きに使っていいぞ」
「ありがとうございます!」
明日から旅行に行くんだから、節約しておかないと。お弁当に保存食に今夜は頑張って作らないとね。
「はい、できたよ。帰る時は気を付けるんだよ。あっちこっちで女の子や医術師を狙った人攫いがあるんだって」
お盆には白パン、魚のソテーにサラダ、キッシュと野菜コンソメスープが湯気をたてていた。
くし切りのオレンジとプレーンクッキーが二枚、おばちゃんの優しさのおまけだ。
「ありがとうございます。誘拐事件とか怖いですね。わたしは大丈夫だと思いますが、気を付けます!」
西は田舎ということもあり、のどかなものだから旅をしても危険はなかった。
他の治安はあまりよくなさそうね。
用心に越したことはない。
日中に移動していれば、大丈夫でしょう。
食堂は夕飯には早い時間ということもあり、人はまばらだった。
できるだけ隅の方でゆっくりしようと席についた時だ。
「サルヴィアーティ卿の三女がうちの筆頭、ヘルメス神殿長を狙ってるらしいっすね」
ふいに興味深い内容が耳に入ってきた。
中央神殿の医術師がわたしの真向かいの隅で話し込んでいた。
今話しているのは中央神殿の神官長クラウディオ様だ。
この神殿騎士の長官は二十歳代という若さで神官長の地位にいる。騎士としてかなり有望株なのだろう。
「あかんあかん。ヘルメスは女に興味ないて。なんとか穏便に逃げ切って貰わなあかんけどな。明日あたりには一旦帰ってくるみたいやけど、長居してたらまた返事の催促くるやろな」
あぁ、あれは宮廷に到着した時にオリエンテーションして下さった副神殿長だ。
副神殿長レティリウス様は関西弁ということもあり、印象に残っていた。
筆頭神殿長ヘルメス様の腹心で、神殿医術師と神殿騎士の神官長を取りまとめている。
「既婚者にでもならない限り、権力者の婚約の申し込みなんて断りきれないって」
中央神殿の神官長のレイデリー様も身体をのり出して話していた。神殿医術師をとりまとめている女性神官長も興味津々の話題のようだ。
つまり、今この場にいるのは中央神殿の幹部が話し込んでいる。いわばオフレコ会議だ。今聞いた話しはただの噂話ではないのだろう。
こっちは別の陰謀論。政略結婚だ。
「ヘルメス神殿長、帰って来る時にどっかでいい子見つけてきて下さったら、白紙に戻せるっす」
「残念やけど、あいつに限ってまずないわ。今回は皇女殿下の診察を理由に上手いこと逃げ仰せられたから良かったんや。ちょうど地方の神殿長を呼び出したタイミングやったし、ヘルメスおらんでも皇帝陛下は地方の神殿長に任せられるしな。ただ次はどうやって逃げ切るかやな。いっそ一か月くらいバカンスとって雲隠れした方がええかもな」
筆頭神殿長なのに皇帝陛下よりも皇女殿下の診察を優先させたのは、このためなのね。
変だと思ったのよ。
中央神殿出身者はエリートでしょう。
しかも筆頭神殿長が直々に皇帝陛下より娘の皇女殿下の方に診察へ行くなんて、優先順位としてどうなのかと思ったのよ。
普通なら皇女殿下は腹心の副神殿長レティリウス様あたりが行ってしかるべき。
もしやヘルメス神殿長は皇女殿下の元彼なのかといらぬ詮索をしてしまったわ。
「皇帝陛下のご病気次第では、実権を握るためにも味方が多い方がいいっすからね。ヘルメス神殿長、若いけど医術師と騎士を率いる神殿の筆頭ですし。一大勢力を身内に引き入れたら国を掌握したも同然っすから」
「均衡が崩れたら摂政の天下です。ここだけの話しなんですけど、摂政が焦っているのは皇太子殿下が⋯⋯⋯⋯」
神官長のレイデリー様は確か皇太子殿下の侍医の一人。何かスキャンダルでもあったのかしら。
ヒソヒソした声しか聞こえず、内容が入ってこない。
雲の上の存在の人達は自分の仕事以外にも陰謀やら権力争いやら大変である。
例え住む世界が変わろうとも、人の業ってやつは変わらないってことがよくわかったわ。
宮廷に来て思ったのは、陰謀やら人間トラブルは大なり小なりあるということだ。
まぁいいわ。
明日には宮廷を去るんだし。
平民のわたしには縁遠い話し、もう関係のない話しだわ。
「エイル・オーデルハイヴ、待たせたね」
爽やかな声に反応して、わたしはふと我に返った。
声の主は南方神殿長フォルツァ様だ。
わたしは立ち上がり声のする方へ身体を向ける。
「お手数をおかけし、申し訳ありません」
わたしは盗み聞きをやめ駆け寄ろうとした。
「具合が悪いんだから座りなさい。ほら、この紹介状をどうぞ」
実は先ほど、休暇に浮かれて旅行プランを考えていたら思わず柱にぶつかってしまった。
たまたま通りがかった南方神殿長フォルツァ様に介抱された時、故郷に帰るよう言われたことを話すとひどく同情してくれた。
多分、神殿長に余程怒られて、ショックで悩みこんで柱にぶつかったんだと思われたのだろう。
故郷に帰ることになり、その道すがら南方神殿で勉強したいと話すと、早々に紹介状を用意すると言って下さったのだ。
「すみません、介抱して頂いた上に紹介状までいただけるなんて」
「君みたいな素質がある人を野放しにするのはもったいない。西方には戻るんだろうけど、せっかく南方に興味を持ってくれる理解者は貴重だ。尚更放っておけないだろう」
精悍な顔立ちで栗色の短髪に漆黒の瞳の神殿長はにこりとはにかんだ笑顔を見せる。
人当たりも良くて世話好きなのだろう。
うちの神殿長のように所属が違う神殿医術師をライバル視する人は多いけど、フォルツァ様は友好的な人だ。
本当にいい人!医術師の鑑!
奉仕の精神が素晴らしい。
「君のような人はぜひ南方に来て欲しい。これとは別に副神殿長にも手紙を書いておこう。配属は南方神殿の支部にあたる小さな神殿にはなるだろうが環境はいいし、君と似たような境遇の子も多い。神殿騎士が護衛につくから安心して過ごせる」
思いがけなく紹介状までいただき、今後の生活まで気にかけてくれるとは、同じ神殿長でも器が違う。
「ありがとうございます」
「また何か困ったことがあれば相談に乗るよ」
わたしは紹介状を受け取り、フォルツァ様を見送った。
何でも言ってみるものだ。
西方神殿には帰らず、ずっと南方神殿にいるかもしれないわね。
何だか得した気分!
席につこうと振り向いた時だ。
自分の背後に背の高い壁がそびえ立っていた。
中央神殿の副神殿長レティリウス様が声をかけてきたのだった。
そして冒頭の中央神殿トリオに囲まれ、狂気の医術師と呼ばれるやら治療に異議申し立てをされるやら大変だった。
天国から地獄、誹謗中傷もいいところ。
でもお暇を頂くんだから文句はないでしょう。
宮廷を去れてむしろ願ったり叶ったり。
嫌なことは忘れて、明日からは有休休暇を謳歌する。
癒しのスローツーリズム計画は始まったばかりなんだから。




