17 南方神殿⑩
「だから護衛をつけた方がいいと言ったんです」
ヴォン・ヴォニエールは優しく頭を撫でてくる。
隣には野盗の皆さんを捕まえる時にヴォン・ヴォニエールを羽交い締めしていた銀髪に紫色の瞳をもつ青年が控えていた。
「先ほどは助けて頂きありがとうございました。えっとお名前は⋯⋯」
「梟だ。俺は別に。台下からは、あんたに気づかれないよう護衛を頼まれたんでな。ただ任務を全うしただけだ」
もしや、畑に行く時に感じた視線は梟のものかしら。
棺の担ぎ手に紛れこんだり、つかず離れず護衛をして下さったんですね。
隠密みたいね。でももう少し早く助けて貰えるとなお良かったかも。
「おいっ梟。もう少し早く助けられただろう!見ろ!エイルの首周りの赤みを!!」
ヴォン・ヴォニエールは非難の目で梟を見る。
「ペルキア神官長の現行犯を押さえるためには仕方なかったんですって。大体、武器もなく飛び掛かれば返り討ちでしたからね。ちゃんとタイミングを見計らっていたんですって!」
ヴォン・ヴォニエールはそれ以上何も言うなと無言の圧をかける。
「助かったんで何でもいいです。梟さん!!本当にありがとうございました!!」
梟さんが殴りかかってくれたおかげで助かったようなもの。
ヴォン・ヴォニエールはまだ何か言いたげだ。
「怖い思いをさせてすまなかった。本来はぼくの護衛が任務なんだが、こいつは融通がきかなくて」
ヴォン・ヴォニエールが野盗の皆さんを捕まえる時に連れて来ていたのは、ヴォン・ヴォニエールの私兵というか護衛を助っ人要員にしていたのね。
というか帝都からここまで、全然気づかなかったわ。
大体、護衛が必要なヴォン・ヴォニエールは何者なのかしら。
色々疑ってすみません。
「ヴォンさん、お気遣いありがとうございました。おかげで命拾いしました」
今日は本当に死ぬかと思った。
何なら三途の川を渡りかけましたしね。
天国に一番近い景色を垣間見ちゃいましたよ。
わたしとヴォン・ヴォニエールが和んでいたその時だ。
「南方神殿の者は剣をとれ!この者達は台下を名乗る偽者!!神を冒涜し我々を陥れるために忍びこんだ他の神殿の人間だ。今ならまだ間に合う!!やってしまえ!!」
リナイド副神殿長が声を振り絞って叫んだ。
ヴォン・ヴォニエールはいつ台下を名乗ったの?というか台下って何なの?
いくら何でも多勢に無勢ってもんでしょう。
わたし達はヴォン・ヴォニエールと梟と名乗る青年、黒いローブを着た青年とリナイド副神殿長を捕らえている青年が味方陣営なのよ?
南方神殿の方が明らかに有利じゃない。
最後の悪あがきをするつもりね。
南方神殿の神殿騎士はリナイド副神殿長の声に呼応し、剣を再び構える。
わたしだけじゃなく、ヴォン・ヴォニエールも亡きものにしようというのね。
ヴォン・ヴォニエールに剣を振りかざした神殿騎士は黒いローブを着た三つ編みの青年に剣をとめられる。
他の神殿騎士も襲い掛かろうとした時だ。
「この愚か者が!!」
ヴォン・ヴォニエールの一喝に、その場にいた全員が雷に打たれたかのように静止した。
威厳のある姿に皆が一斉にヴォン・ヴォニエールに注目が集まる。
「南方神殿の者は剣をおさめ全員その場に留まれ!!」
まるで鬼神のような威圧感を放ち、襲い掛かろうとした神殿騎士すら一歩後退さった。
あの野盗の皆さんと対峙した時を思い出す。
「筆頭神殿長の名の下に沙汰を下す!!」
わたし共々、下っ端の医術師と神殿騎士はどよめきが走った。
筆頭神殿長ってどういうこと?
わたしもなぜヴォン・ヴォニエールが筆頭神殿長と名乗る資格があるのか頭に疑問符がついたからだ。
筆頭神殿長ってヘルメス神殿長でしょう?
五神殿のトップじゃない!?
本来、中央神殿にいるはずでしょう?
というか国王陛下の治療は?
何でこんな所にいるの!?
わたしみたいな下っ端からしたら絶対会うこともない雲の上の存在よ。
そんな雲の上の人が、普通の法衣を着てふらふら乗り合い馬車に乗るなんてしない。
わたしの勝手なイメージは個人用の馬車に乗って、神殿内でお貴族様並のVIP待遇を受けるものじゃないの!?
わたしまで騙されているのではないかと目を白黒させる。
いや待て待て。
思い返したら気になる点はいくつもあった。
筆頭神殿長を下っ端のわたし達は垣間見ることはない。
御尊顔を拝謁できるのは各神殿長・副神殿長、神官長とごく一部の神殿騎士や医術師、大貴族や八騎伯の面々くらいだ。
この状況を理解しているのは神官長より高位の人間だけ。
ヴォン・ヴォニエールをリナイド副神殿長とペルキア神官長は台下と呼んでいた。
八騎伯のダンレイル卿はヴォン・ヴォニエールを客人として招き入れていた。
ロートリエールの町長もヴォン・ヴォニエールに敬意を払っていた。
野盗の皆さんを治療するために中央神殿に引き取れたのも筆頭神殿長の特権だとしたら。
あの関西弁の副神殿長は野盗の皆さんを拒めない。
神殿憲章を改定するよう働きかけられる、あの鶴の一声って。まさに筆頭神殿長という立場ならできる!!
そして普通の神殿騎士につくはずのない護衛という存在。筆頭神殿長ならあり得る話し。
首飾りのスペルも読みにくかったけどHとLは分かった。しかもケイローンの目が湯気の加減で分かりにくかったけど、黄色ではなく金色の目だとすると⋯⋯。
色々、心当たりがありすぎる!!
つまり本物のヘルメス筆頭神殿長で間違いないとみた。
でも五神殿を束ねる筆頭神殿長が何でこんな所に!?
やだ、最初に会った時に偽名みたいだと思った直感は正しかったのね。
さすがわたし!女の勘は冴えているわ!!
この状況で変な所に関心が向いてしまった。
「騙されんぞ!!この異端者め!!」
尚も果敢に挑んだ神殿騎士はヴォン・ヴォニエールに斬り掛かった。
ヴォン・ヴォニエールはすらりと剣を抜き、剣をいなして肝臓がある急所部分に渾身の蹴りを入れた。
神殿騎士は起き上がろうとするが、そのまま意識を手放し崩れ落ち倒れた。
「証明となると、この指輪くらいか」
左手の薬指に嵌められた指輪を更に襲いかかってくる神殿騎士に見せる。
ヴォン・ヴォニエールはわたしが中央広場で会った時に見たあの指輪を左手の薬指にはめていたのだ。
剣を振りかぶる神殿騎士は指輪をみるや慄き、そのまま動けなくなった。
いきり立っていた神殿騎士かその場に平伏したのだ。
「まだやるなら来い。殺したらエイルが怒るからな。殺さずに叩きのめしてやる」
わたしが怒るから殺さないって、殺さないよう手加減できるその余裕はなんですか?
まずは自分の身を守るの最優先でお願いします!
というか、もうヴォン・ヴォニエールに怒る勇気とかありませんから。
いろんなことが怖すぎて。
神殿騎士は何かを悟ったのか襲い掛かろうとしていた者は皆、茫然自失し剣を捨て平伏した。
どんな特効薬よりも効果のある鎮静剤ね。
あの指輪は何を意味しているのかしら。
筆頭神殿長の証ということ?
「リナイド副神殿長、ペルキア神官長を拘束しろ。地下牢に入れておけ。他の者は待機だ。この意味が分からん奴は今ここで処罰を下す!!」
ペルキア神官長は祭壇に置かれていたヴォン・ヴォニエールの首飾りをまじまじと見て膝から崩れ落ちた。天井をあおぎ茫然自失している。
本物か今一度あらためて、本物だと確信したようだ。
「首飾りがまさか⋯⋯。そんな⋯⋯。それはつまり、台下の――」
ペルキア神官長はうわ言のように呟き、わなわなと震え出す。
大体、ヘルメスの首飾りが何だというのだ。
あの指輪だって気になる。
あれは結婚指輪じゃないの?
ポマンダーに関してはわたしが分解したけど。
首飾りを交換したことがペルキア神官長には腑に落ちないらしい。
また罰当たりとかいわれるのだろうか。
交換すると言い出したのはヴォン・ヴォニエールよ。
これに関しては、わたしは何も悪くない。
するとペルキア神官長にヴォン・ヴォニエールは留めの言葉を吐いた。
「婚約者だ」
わたしは思わずヴォン・ヴォニエールを見た。
「ペルキア神官長、ぼくの婚約者に手を出したという意味が君には分かるだろう?」
はい⋯⋯?
わたしは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
わたしの中で本日一番暴力的な衝撃ですよ!?
すみません、ヴォン・ヴォニエールさん。
わたしが分かりません。
理解が追いついていません!
どうも頭が考える事を辞めてしまったようです。
フリーズ状態ってやつですね。
わたし⋯⋯あなたに何を言われているのか全く分からないんです。
ペルキア神官長は俯き、へなへなと座り込んでしまった。
ヴォン・ヴォニエールの指示に従い黒いローブを着た三つ編みの男性は一礼しリナイド副神殿長とペルキア神官長を連れていった。
わたしはヴォン・ヴォニエールの言葉を何度も反芻する。
まったく意味がわからない。
単語が単語として認識されないのよ。
この頭。
これはあれね。
わたしの脳って一瞬、低酸素状態になったものね。今日っていうかついさっき。
うん、それが悪かったのね。
脳機能の低下って怖いわよね。
情報処理ができないなんて。
こんなにも言っている単語の意味が頭に入ってこないなんて。
やだ、この年齢で認知機能低下の始まりね。
ストレスによる血流障害かしら。
もしや聴覚を司る側頭葉にまで低酸素の影響が出ているのかしら。
聴覚失認って言うのかしらね。
怖いわ〜⋯⋯。
オホホホ⋯⋯。
いや。
コンヤクシャって単語、何でしたっけ?
この異世界における単語で『婚約者』って聞こえたような気がしたんだけれど、それはどういう意味かしら。
即ち、結婚を約束した人のはずですよね?
それは一体、誰と誰のコンヤクですか?
わたしは隣にいるヴォン・ヴォニエールを見上げる。
ヴォン・ヴォニエールはわたしに目配せする。
意味を反芻して、顔が真っ赤になるのかわかった。
ヴォン・ヴォニエールの言葉の意味を本当の意味で理解した。
頭の情報処理が追いつかない!
急にいろんな感情が噴き出し、渦巻きく。
どうしたらいいのか分からず、頭はパニック寸前なんですが!?
わたしが落ち着きを取り戻した頃には色々悟り、吹けばとんでいく灰になっていた。
つまり、これは一体どういうこと!!!?




