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召しませ神殿医術師  作者: てるてる坊主
南方神殿

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16 南方神殿⑨

 やばいわ。

 このままだと酸欠になる。

 あまり騒ぐと酸素消費量が上がるから、今は焦らず騒がず落ち着きましょう。


 真っ暗な棺の中でわたしは仰向けになりながら冷静さを保とうとしていた。


 寝返りも打てないし、狭いし、後頭部と背中、腰がヒリヒリする。

 褥瘡じょくそうができるんじゃないかしら。

 圧抜きしないと本当にしんどい。

 少し右に左にと身体を傾けて、痛みを和らげる。


 棺が持ち上がり、左右に揺れゆっくり前に動いているのが分かった。


 わたしはこれからどうなるんだろう⋯⋯。

 まさか有休休暇中なのにこんなことに巻き込まれるなんて。


 フォルツァ神殿長は、この事を知っているのかしら。

 きっと知っているわよね。

 各神殿は他の神殿をライバル視しているんですもの。

 それを気前よく余所者を南方神殿に招き入れるくらいですもの。何か裏があると読むべきよね。

 その目的こそ不死の妙薬作り。

 わたしに関しては途中の町で聖女なんて言われたから聖女の秘薬として。

 ラベルが変わっただけでミイラ作りの材料として人材を集めていたのだとしたら⋯⋯。

 

 南方神殿は集団で神殿の禁忌、『人を殺すべからず』の法を犯しているんだわ。

 この神殿は騎士も医術師も儀式という名の元に殺人を正当化している。


 これは中央神殿に通報レベルだわ。

 生きてここを出られたら、早々に中央神殿に取り次いでもらいましょう。


 とりあえず、ミイラ作りをするのに一度は蓋が開くはず。

 その隙にとび出すしかない。

 といっても半日くらい放置されたら酸欠で確実に死んじゃうんですけどね。


 蓋は重く、足で蹴上げるには不安定だった。

 うつ伏せから四つん這いになって出られるかしら。


 揺れが落ち着き、棺がゴトリと床に置かれたようだった。


 すぐ傍から呪文のような声が聞こえる。

 ペルキア神官長が声高く、医神ケイローンに祈りを捧げる声が聞こえる。


 このままでは本当に生け贄ポジションだわ。

 

 急に蓋を開けられ、側面の板も下におろされた。

 

 見ると祭壇の上に棺が祀られているではないか。

 祭壇の高さと位置から下でお祈りしている医術師や神殿騎士には見えないようになっているんだわ。



 祭壇下にはわたしのポマンダーと首飾りがあり、丁子の花が生けられ果物までお供えされていた。


 これお葬式じゃない。

 いや、実際に天に召されかけてるんだけど。


 祭壇の下には数十人の医術師達が正座して何やら呪文を唱えていた。

 この隙に逃げるか。


「皆、押さえて」

 飛び出そうとするとペルキア神官長の指示で棺の担ぎ手の人が羽交い締めにし、手足をそれぞれ押さえこんでくる。


「ちょっ⋯⋯!!」


「抵抗しても無駄よ。この会場にいる者は儀式として受け入れている者達。いわば理解者ばかりなの」


 ペルキア神官長が馬乗りになる。

 

 手足をジタバタさせるが、まるで身動きがとれない。


 ペルキア神官長の両手が、わたしの頭、顔、瞼、口をゆっくり撫で、首筋までくるとゆっくり首を絞めあげてくる。

 

「あっ!!誰か!!助けて!!」


 神殿内にわたしの声が虚しく響き渡る。

 やだ、この場にいる人全員、儀式的なこの状況を受け入れているの?


 抵抗なくやっている所をみると常習犯ね。


 やばい⋯⋯。苦しいっ⋯⋯。

 口を大きく開けて息をしようとするが、喉の締め付けが強すぎて、上手く息ができない。

 口から唾液が溢れ、口の端から垂れていくのがわかる。


 まずい。意識が飛びそう⋯⋯。


 意識が朦朧としてきた。

 真っ白な世界が脳裏を過ぎる。

 

 三途の川とお花畑がみえた気がした。


 本当、ここで死んだら末代まで祟ってやるんだから。


 ふわりと身体が楽になった。

 苦しみより身体が軽く楽になる瞬間があったのだ。



 誰かが押さえつけていた神官を殴り飛ばした音がした。


 気の所為?これは幻聴かしら。味方もいないのに、わたし死んだのかしら。


 若干二十歳で殺されるなんて、哀れ過ぎるわよ。

 また後悔を五つくらい抱えて死ぬのかしら。

 いや、前世の分まで引き継いで更に後悔が増えたわよ。


 自分がこんなに非力で天寿すら全う出来ない人生だなんて思ってもみなかったわ。


 自分で自分の運命を呪った。

 もう少しマシな死に方はなかったのかしら。

 わたしが人生を諦めかけたその時だ。


「そこまでだ!!」


 よく通る声が神殿内にこだました。

 横目で声の主を見ると神殿の扉の前で仁王立ちになったヴォン・ヴォニエールが目に入った。


 次の瞬間、ヴォン・ヴォニエールは近くにいた神殿騎士の剣を引き抜きとり、投擲のようにペルキア神官長に向かって剣を投げつけたのだ。

 わたしとペルキア神官長の間をかすめ剣はすぐ傍の壁につき刺さる。


(ヴォン⋯⋯さん⋯⋯?)


 ヴォン・ヴォニエールが助けてくれた?

 ペルキア神官長は剣をかわそうと咄嗟にわたしの首を離して後退った。


 わたしは大きく深呼吸をする。


 思わず咳き込み、ハァハァと息をする。


 生きてる⋯⋯。まだ生きてるわ!!

 ちょっと手先が痺れてるけど。


 良かった!助かった!!本気で死にかけた!

 とりあえず助かったけど、頭がくらくらして動けない。

 本当の低酸素ってこんなに苦しいのね。


「ペルキア神官長、メリロット元副神殿長とカレノール卿のご息女とそのメイドの殺害容疑、エイル・オーデルハイヴの殺人未遂で捕らえる」


 間違いなく今殺人未遂の現場なので、ペルキア神官長は言い逃れ出来ないだろう。


 ヴォン・ヴォニエールはいつになく険しい顔をしている。


 リナイド副神殿長は褐色肌に黒髪の男性に引きづられながら歩いていた。

 あのリナイド副神殿長を引きづっている人、どこかで見たような⋯⋯。


 どこだったか。


 そうだ。野盗の皆さんを捕まえるために助っ人として来ていた小柄な人だわ。

 名前は知らないけど。


 祭壇を囲むように座っていた集団が一斉に立ち上がる。



「あなた⋯⋯様は⋯⋯」


 ペルキア神官長がヴォン・ヴォニエールを見てたじろいでいるのが分かった。


「この子の連れの中央神殿の人間ってまさか⋯⋯。そんな⋯⋯。」


 そりゃ中央神殿の神殿騎士に殺人未遂の現行犯を押さえられたら、言い訳出来ないもの。


「ペルキア神官長、お久しぶりですね。まさかこんな地下神殿があるとは」


 待機していた南方神殿の神殿騎士がスラリと剣を抜く。


「なぜあなた様がこのような場所へ?」


「今日の用向きは白衣のガーディアンとして来ているのでね。言いたいことは分かるな?」


 ヴォン・ヴォニエールの鋭い眼差しにペルキア神官長はピクリと肩を震わせる。


『白衣のガーディアン』は知っている。

 会ったことはないけれど、五神殿の監査をしている正体不明の特別職で、不正や犯罪などを取り締まるという。


 確か抜き打ちで監査をするのよね。

 ということは、ヴォン・ヴォニエールがその監査役ってこと!?

 なら尚更この窮地は目に焼き付けておいてね!ちゃんと上に報告してね!

 

「ぼくは行方不明者を捜していまして、こちらのリナイド副神殿長がペルキア神官長に聞けば分かると言うので連れて来て貰ったんですよ」


 ヴォン・ヴォニエールはいつも以上に威厳があり、冷ややかで暗い声をしていた。

 話し方は変わらないのに、まるで別人のようだ。

 

「それで、ペルキア神官長。これはどういう状況か教えて頂けますか?」


 先ほどとベッドで話していた声とはまるで違う声のトーンにゾクリと身震いする。


 ヴォン・ヴォニエールを見て、わたしまで怖い、逃げたいという動物の本能のようなものが働いた。

 それはペルキア神官長も同じのようで、手が震えているのが分かった。


「皆、剣を下げなさい。台下におかれましてはご機嫌麗しゅう。今、儀式の最中でございます。もはやこちらは医神ケイローンの贄と供物です。古式ゆかしい伝統技法で薬を作るのです。尊い儀式を阻まれては困ります。誰であろうと祭壇に立ち入ることは禁じております!」


 台下?台下って誰?


「ですが、ぼくの連れが行方不明なのですよ。まさか、儀式のために祀られていないか気になりまして」


「人違いではありませんか?台下がお知り合いになるような者を儀式には使いません。既に贄として身を捧げている者はもう人ですらありません」


 話しの流れから、台下ってヴォン・ヴォニエール?


「では、確認をさせて頂きたい。祭壇には登りません。そこの供物を見せて頂きますよ」


 ヴォン・ヴォニエールは祭壇前に行き、供物のポマンダーを手に取る。


「台下!!なりません!」


「その棺の人物のポマンダーを置いているのでしょう?ぼくの連れはポマンダーのオレンジの皮を削り、丁子を取り出している。その証拠にリボンの下にはまだ乾ききっていない削りとった跡がある」


 リボンを紐解き、削った跡をペルキア神官長に見せる。

 あっお茶にしてしまいましたね。

 ちゃんと美味しく頂きました。


「なんと不敬な!!」


 ペルキア神官長はぐったり横たわるわたしを睨みつける。

 いやだって、わたしのものだし好きに使っていいでしょう?


「そして、彼女はわたしの医神ケイローンの首飾りを持っている」


 ペルキア神官長に医神ケイローンの首飾りを見せる。


 思えば、ヴォン・ヴォニエールのものは浴場では湯気で霞んでいたから黄色っぽく見えたけど、もしかして金色だっの⋯⋯?

 でもそれだと神殿長クラスってことになってしまわない?

 

「そこにいるな!?エイル!!」


 その言葉が合図のように棺の担ぎ手の一人だった銀髪に紫色の瞳の男性が動いた。

 ヴォン・ヴォニエールが投げて壁に突きささった剣を抜き、わたしを羽交い締めにしている医術師をバッタバッタとなぎ払っていく。


 その彼はあっという間にわたしを解放して、抱きかかえてくれたのだ。

 祭壇下まで駆け下り、あっという間にヴォン・ヴォニエールの所まで送り届けてくれたのだ。

「やはりエイルだったな」


「ヴォン⋯⋯ちゃん?」


「あぁ⋯⋯」


「ヴォンちゃん⋯⋯」


「生きてるな」


「ヴォンちゃん!!」


「良かった」


「ヴォンちゃん!!怖かった〜!!ヴォンちゃん怖かったよ〜!!」


 わたしは思わず泣きじゃくって抱き起こしてくれた彼に抱きついた。



「ヴォンちゃんありがとう!!もう終わったかと思ったよ~!怖かったよ〜!!助けてくれてありがとう!ヴォンちゃんに一生ついていきます!!」


 涙と鼻水が止まらない。

 だって怖かったし。

 もうダメだと思った。

 安心したら、感情が決壊していく。


「それにしても、何でちゃん付けに?あと、鼻水くらい拭きなさい」


 もう親しみを込めてついちゃん付けしてしまった。


 頭をポンと撫でられハンカチを手渡される。

 その顔は優しい穏やかな顔だった。


 いつものヴォン・ヴォニエールに戻った。

 さっきが恐怖の大王のような畏怖のオーラを纏っていただけに、ギャップが激しい。


 年甲斐もなく涙が溢れて鼻涙管は大洪水なのよ。

 鼻の排水能力を超えてキャパオーバーなんだもの。

 自然現象なんだから仕方ないじゃない。

 とりあえずハンカチで涙と鼻水を拭きとる。


「さて、ペルキア神官長。エイルは返して頂きましたよ」

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