14 南方神殿⑦
目が覚めた時にはアーチ状の梁が幾重にも交差している天井がみえた。
薄暗い部屋をロウソクがゆらゆらと照らし出していた。
天井は高く、装飾が豪奢な壁が目に入ってくる。
ぼんやりした頭が、ここは浴場ではないと認識した。
ここは⋯⋯神殿⋯⋯?
でも今までみた神殿の内部とは明らかに違う。窓がない。もしかして、地下?
ひんやりとした感覚が背中に伝わる。
どうも狭い箱の中に寝かされているらしい。
少し動いただけで、壁に当たってしまう。
手足は縄で縛られ身動きが取りづらい。
身体をゆっくり横にしてうつ伏せになってから膝をつき、上体を起こす。
起き上がってみるとそこは棺の中だった。
棺の中だけどまだ死んでいないわね。
どうしよう。逃げないといけないんだけど。
「あらっもう起きたのね。これから儀式が始まるのに」
目の前にはペルキア神官長が立っていた。
棺は赤い絨毯の上に置かれていた。
神殿の広間には数十人もの人がフードを被りロウソクを持って前後二列に整列していた。
何これ、運動会の入場行進でもしようっていうの?
西方神殿でやらないこの儀式のような雰囲気。集会?黒ミサ?何これ?
棺にはお神輿の様な柄がついており、担ぎ手が各二人ずつ座って待機していた。
こう言うのってわたしが生け贄ってことよね?
しかも担ぎ手の中に、あの銀髪で紫色の瞳をした神殿騎士がいた。
思い出した!!
野盗の皆さんのアジトに乗り込んで来てくれた時にヴォン・ヴォニエールを羽交い締めにしていた人だ!!
ということは、やはりヴォン・ヴォニエールも南方神殿の仲間ということ⋯⋯。
わたしの胸の中で言いしれない怒りと絶望感が渦巻いていた。
ふいに目に涙が流れだす。
そうか。そうよね。
やはりヴォン・ヴォニエールがわたしに近付いた目的って、ただの護衛として逃げないよう傷者にならないようにする見張り役だから。
だから優しい言葉をかけたり、膝枕をしてくれたり甘やかしてくれたんだわ。
でもその恋は淡い夢。
そもそも既婚者だし、踏ん切りがついて良かったじゃない。
千年の恋も冷めるというもの。
わたしは気持ちを切り替えよう。
大きく深呼吸をする。
あの変な香を焚いたのはきっとこの人ね。
タイミング良すぎるもの。
「わたしをミイラにしても薬にはなりませんよ」
「あら、バレていたの。でも聖女の秘薬なんて、どんな薬効があるか、知りたくない?」
「そもそもわたしが死んだらその薬効も分かりませんし!なんなら聖女でもありませんし!!」
「あなた、あの野盗達に治療して『神癒の御業』を披露して聖女様って言われたんでしょう?ロートリエールの町でも聖女だって」
野盗の皆さんは普通に薬を飲ませて傷を縫って、うじ虫とヒルを置いてきただけです。
なんなら『ちちんぷいぷい』やってしじみ粥作っていただけです。
ロートリエールの町は普段神殿は夜中の診察をしないところをヴォン・ヴォニエールと一緒に夜診業務をしただけ。
それが大変感謝されたって話しなんですよ。
現代日本じゃ夜間救急があるのは普通ですから!
聖女っていうならわたしだけじゃない。
ヴォン・ヴォニエールも――。
いや。ヴォン・ヴォニエールは南方神殿の手の者だった⋯⋯。
「それに、あなたをミイラにして『聖女の秘薬』としてゴルストフ国に売れば高値がつくと思わない?」
それって野盗の皆さんの祖国ですよね。
戦禍で医薬品ないから!?
わたしは輸出用!?
確かに平民のわたしだけど、その『聖女の秘薬』として皇帝陛下に献上したり他国で取り引き出来ることを思えば希少価値があるのかもしれない。
『神癒の御業』が使える聖女のミイラ。
その奇跡が宿るミイラの薬効をゼヒお試し下さいなんて言われたらどうか。
薬として珍重したいとか思う人、いるんじゃない!?
効く効かない別に、サプリメント感覚で飲んでみたいと思う高貴な人には売れちゃうんじゃない!?
南方神殿謹製なんてお墨付きがついたお薬なんて、ニーズあるんじゃない!?
原材料を知っちゃったから、わたしが買うことはないけど。
わたしの干からびた皮膚やら食べさせてもお腹壊すだけ!
珍重とか珍味みたいな扱いにしないで欲しいわ。
「知ってますか?共喰いすると病気のリスクが上がるんですよ」
現代日本の世界でもプリオン病の一種、クールー病というものがある。亡骸を食べて死者を葬送する習慣のある地域でのみ流行した病気だ。
発症すれば脳神経系がやられ、致死率百パーセントという病。
人を食べても得られる栄養は少ないし、なんなら病気にだってなりかねない。
むしろ長生きしたけりゃ腸活して欲しいくらいよ!
「病は気からというでしょう」
気持ちの問題で世の中の病気が治ったら医術師いらずじゃない。
『聖女の秘薬』じゃなくて『聖女を秘薬』にするんじゃないの!
そもそもわたし、聖女でもありませんし。
原材料がわたしってことでしょう!?
そりゃ人によっては偽薬プラセボ効果はあるかもしれない。
効いた気になるかもしれない。
でも言わせて頂きます。
病は気からって、皇帝陛下の気持ちの問題でもありません!
皇帝陛下の糖尿病には効果ありません!絶対に!!
「これは再生のための治療。生者は永らえミイラになった魂は転生するのよ」
「ミイラにならなくても転生できますから!!」
事実、現代日本から転生してるし。
もしや前世では、発見が遅くて白骨化していたら分からないけど。
さすがに次の日は仕事入っていたし、欠勤になっていたら誰かしら連絡入れてくれたはず。
職員寮だし、時間が経って異臭騒ぎになっていたら誰かしら気づいてくれていたはず。
うん、ミイラにはなっていないと思う。
「一つ聞いていいかしら?あなたの神殿騎士はどうしたの?」
「ヴォン・ヴォニエールさんのことですか?」
「それはどちら様?西方神殿の神殿騎士かしら」
わたしは首を傾げる。
わたしが神殿騎士と言われて思いつくのはヴォン・ヴォニエールだ。
ペルキア神官長は誰の事を言っているのだろう。
「わたしが聞いているのはトルアよ。あなたの護衛として一緒にいたでしょう?」
あれ?
護衛って?
「いや⋯⋯トルア神官長は部屋の案内をして下さってからは、お会いしていませんが」
ヴォン・ヴォニエールとグルだと思ったのに、彼を知らない?
「おかしいわね。どこへ行ったのかしら。リナイド副神殿長もいないのよね⋯⋯」
トルア神官長なんて、施設案内だけで他に接点なんてなかった。
トルア神官長がわたしと一緒に⋯⋯?
護衛って?
もしや、トルア神官長がわたしの護衛もとい見張り役ということ。
そんなことってある?
でも、考えようによっては⋯⋯。
聖女と噂された平民女性を逃さずに護衛もとい見張り役に神官長が対応するのは効果がある。
情報を秘匿でき、神殿内で権力のある人物なら他神殿出身のわたしにちょっかいを出すような医術師や神殿騎士がいても退けられる。
「さて時間だわ。儀式を始めましょう」
やだやだやだ!!
本当に無理です!!
「ちょっと待って下さい!わたしまだ死ぬわけにいかないんです!やり残したことがいっぱいあるんです!」
死ぬ間際に後悔するんだけど、前世で後悔したことをまだ達成していないし!
「有休休暇も消化していないし、旅行に行ってないし、他にも色々やり残したことがいっぱいあるんです!」
有休休暇だって四日目なのに、まだ何も旅行らしいことをしてないし。
何なら仕事してたし。
「というか説明と同意!理不尽が過ぎませんか!?同意してませんし!」
わたしが狂気の医術師なんてかわいいもんじゃない!
ペルキア神官長のミイラ作りの方がよっぽど狂気の医術師でしょう!
「せめて麻酔使って下さい!」
痛みを感じずに配慮して下さい!
「すぐに終わるわよ」
「すみません!質問です!」
とにかく時間稼ぎをしないと。
「なに?」
「ミイラ作りに内臓取り出したらどうなるんですか?」
「内臓は捨てて、肉体は薬に漬けて――」
何もったいないことをするんですか!
「せめて網膜、心臓、肝臓、肺に小腸、腎臓、血液は使えますから!!」
臓器って移植できるんですからね!?
血液は輸血に使えるんですよ!
血液型は知らない、というか調べる術はありませんが。
この若さで死ぬなら、せめて内臓とかは誰かのために使ってやって下さい。
ハッ!!というか膵腎移植をしたら、陛下の病気も完治を目指せるんじゃ!?
ってこの異世界、まだ移植技術なんてないんだった!!
それなら、わたしの膵臓を使ってインスリン作れば、副作用がほとんどなくて薬ができちゃうんじゃ⋯⋯?
まぁ少量しか出来ないだろうけど。
って誰が作るのよ!!
わたしの皮膚と筋肉の干したものなんて薬どころか栄養にすらならないのに。
もう本当に色々無念⋯⋯。
「じゃぁ、おやすみなさい」
ガタンと厚い板が棺に降ろされた。
いきなり真っ暗になってしまった。
「ちょっ!」
えっ!?本当にこんなことってある!?
やだ、儀式とかミイラとかごめんなんですけど!!ねぇ!?




