13 南方神殿⑥
有休休暇4日目
「あ〜、いいお湯」
わたしは南方神殿の浴場に案内され、久しぶりの湯船に浸かってお風呂を堪能していた。
いつもは身体を拭くだけだから、毎日お風呂に入れていた現代日本は贅沢よね。
それにしても、なんだかんだで既に有休休暇四日目なのよね。
全然休んだ気がしないけど。
「極楽、極楽」
身体にしみわたる〜!
忘れてはいけない。パンパンに浮腫んだ足をマッサージする。
南方神殿の浴場は十人位が入れる広さだった。
それでいて入っているのはわたし一人。
すごい開放感。
薬草が入っている袋が湯船に沈められ、漢方のような独特の香りを放っていた。
紅茶色に染まった湯船は、温泉に入っている気になる。
さすが南方神殿は薬草の扱いに長けているだけあって、入浴剤としても使っているとはなかなか贅沢だ。
有休休暇を使って南方神殿まで来た甲斐があったわ。
結局、捜し人はいなかったなぁ。
わたしは天井を仰いだ。
野盗の皆さんと取り引きした人はおろか、誘拐された女の子すら手がかりがない。
ヴォン・ヴォニエールの掴んだ情報だって、一体誰からだろう。
まるで人気のない研究所だったし。
大体、どうしてミイラがあったんだろう。
ご遺体の検体とかしていたのかしら。
どういう状況でミイラになったんだろう。
そもそも研究所にミイラがあったということはそういう研究をしているのかしら。
不死の妙薬って一体何なんだろう⋯⋯。
ミイラ⋯⋯不死の妙薬⋯⋯、行方不明のお嬢様達⋯⋯。
なんだろう。
なぜか胸騒ぎがする。
何かが頭に引っかかるのだ。
ちょっと変な考えだけど、まさかってことがある。
入浴中は副交感神経が優位になるから、妙に頭が冴えるのよね。
混乱した頭が急に頭の中で整理ができたかと思うと、ある考えが頭から離れないのだ。
わたしの心臓が早鐘を打ち始めた。
それは――。
人って薬になったかしら⋯⋯。
わたしの思考は不穏な想像に支配されていた。
南方神殿は珍しい植物や動植物を薬にして漢方薬や薬湯にしている⋯⋯。
動物は薬になる。
それは人も同じだ。
現代日本において江戸時代ではミイラを薬にしていたという文献を読んだことがある。
まさか、ご遺体をミイラにして薬に⋯⋯!?
ふいに記憶の片隅から西方神殿のゲニウス神殿長の懐かしい声が響いた。
「南は新たな薬に不具合があったとかで準備をやり直す必要があるようだ」
そうだ。
南方神殿は薬の調達が出来ていなかった。
薬の作り直しをしなければいけなかった。
不治の病に不死の妙薬を皇帝陛下に献上したいのは、神殿長として考えるのは当然⋯⋯よね。
そうだ。
だけど、仮に⋯⋯。
もしもの⋯⋯もしもの話なんだけど。
野盗の皆さんが攫った女の子とヴォン・ヴォニエールの捜している令嬢とメイドが同一人物だとしよう。
元々、私生児だった令嬢は平民に化けてお祭りを楽しみたいと思うのはよくある話しだ。
きっと平民に化けても話し方や仕草など違和感はなかっただろう。
それが運悪く野盗の皆さんに攫われてしまい、南方神殿に引き渡され殺害、ミイラにされてしまったとするとどうだろう。
未だにご令嬢とメイドの姿は見ていない。
一番端のミイラは男性、そして腐っていた。
うまく水分が抜けなくてカビが生えたのだろう。
もし、それが皇帝陛下に献上するはずだった不死の妙薬だとしたら、あの「腐らせた」と言う発言と合致する。
先ほど渡り廊下で通り過ぎた医術師の集団。
メリロット元副神殿長の容体が悪くて、隔離棟に入ってから誰も会っていない。
食事はそのまま残され、掃除に入った医術師もメリロット元副神殿長はいなかったという。
もし、腐っていた男性のミイラがメリロット副神殿長だとしたら⋯⋯。
姿がない理由も説明がつく。
隔離棟と研究所の神殿は同じ敷地。
素材が悪いという表現はもしかしたら病気で具合が悪いという意味ではないだろうか。
そしてもう二つのミイラ。
肌は乾燥しきっていなかったことから、最近作られたものだ。
野盗の皆さんが攫ったのは女の子二人、そして同時期に作られたであろうミイラも二体。
「素材はやはり新鮮さも大切です」
そう、病気もなく元気で健康そうな女の子なら材料にはうってつけだと思うでしょう。
野盗の皆さんを口封じすれば、女の子を攫ったのは他国の野盗のせいにできる。
もし内情がバレても、野盗を倒すべく神殿騎士と戦う最中で女の子は巻き込まれ死亡したなどと言えば不慮の事故という扱いで体裁は保てる。
ヴォン・ヴォニエールは不思議がっていた。
「なぜ、南方神殿は野盗が出て医術師を派遣出来ないことを中央神殿に報告しなかったんだろう」
そんなことを呟いていた。
あれは報告すると野盗が潜む原因を作ったのが南方神殿によるものだとバレると分かっていたからだ。
しかも野盗の皆さんが捕まれば、事情聴取される。
そこで人攫いを依頼したことがバレたら南方神殿の悪事が露見してしまう。
放っておけば野盗の皆さんは治療する場もないから自然と野垂れ死ぬと踏んで、中央神殿にも報告しなかったんじゃないかしら。
あと一つの何も入っていなかった棺――。
わたしの頭の中にリナイド副神殿長との会話の断片が湧き出てくる。
「平民出身ですか。それはいい人が来てくださいました」
「不死の妙薬は実在するのですよ。我々はそれを研究している」
トルア神官長との会話がふいに脳裏を横切った。
「房の色とかで客人かどうかなんかがわかるようになっていて」
ポマンダーの房の色の違い。
よく見るとトルア神官長は藤色の房、わたしのは赤色の房だった。
面識がないと職員か客人かなんて分からないから目印になると思っていた。
この赤色の房、ミイラの棺に入っていたポマンダーも赤い房だった。
もしかしたらミイラにする人物か客人かを識別するためだとしたら⋯⋯。
それにトルア神官長はポマンダーを臭い消しと言った。
棺に入ったミイラは赤色の房を付けたポマンダーが胸の上に置かれていた。
この神殿では虫除けや芳香剤としてポマンダーを使っている。
ただそれ以外にもクローブは防腐剤としても使える。
このポマンダー自体がオレンジのミイラバージョンなのだから。
つまり、ミイラになった時用の防腐剤と防臭効果を狙ってポマンダーを持たせていたのかもしれない。
この神殿では若い女の子を集めてミイラ作りをしているんだとしたら。
それが不死の妙薬の正体。
わたしははじかれたように顔を上げた。
南方神殿長フォルツァ様との会話が、次々と頭に浮かんだ。
「君みたいな素質がある人を野放しにするのはもったいない」
このもったいないという言葉。
素質と言うのが人材としてではなく素材として置き換えたらどうだろう。
不死の妙薬の材料を放っておくのはもったいないということにならないか。
「君のような人はぜひ南方に来て欲しい。紹介状を渡しておく。これとは別に副神殿長にも手紙を書いておく。配属は南方神殿の支部にあたる小さな神殿にはなるだろうが環境はいいし、君と似たような境遇の子も多い。神殿騎士が護衛につくから安心して過ごせる」
似たような境遇って、年頃の女の子で行き場がないとか、お金で丸めこめたり身寄りがなくて悲しんでくれる人が少ないとか、平民出身とかそういう人?
しかも神殿騎士は護衛じゃなくて逃亡防止の見張りだとしたら?
もしやヴォン・ヴォニエールが見張り役だったりするのだろうか。今は中央神殿所属でも、成績が優秀で南方神殿から引き抜かれた人かもしれない。
元々南方神殿出身の神殿騎士かどうかなんてわたしには分からない。
いや、医神ケイローンの首飾りだ。
あれは身分証明になる。
首から首飾りを外して改めてヴォン・ヴォニエールの首飾りを見る。
首飾りは杖に蔦とポマンダーが巻き付くように描かれ、裏には人馬一体の医神が描かれている。
杖の部分に自分の名前が書かれているはずなのに、何か削った跡があり、読めない。
辛うじてスペルのHとLは読めた。
いやまて。ヴォン・ヴォニエールなんだからスペルが違う!
偽名ってことある!?
もしくは誰か別の人の首飾りをわたしに渡したってこと?
特徴があるのは医神の目の色が西では赤、東は青、北は緑、南は黄色、中央は紫色、そして神殿長ともなると金色となる。
湯気でくもっているが、金⋯⋯いや金色をもてるのは五人の神殿長のみ。同系色だから見にくいわね。これは黄色と見るべきだ。
中央神殿出身ならば紫色、明らかに違う。
わたしは愕然とした。
表向きは人捜しで、もう一つの仕事はわたしを南方神殿に送り届ける護衛兼見張り役⋯⋯と言うこと。
もしくは人捜しと並行して南方神殿まで送り届ける役目があったのね、きっと。
野盗の皆さんに連れ去られて治療した時はかなり焦っていたし、守るだなんて優しい言葉をかけたのも油断させて懐柔しようという騙しの手口だとしたら。
西方神殿でだって、そんな優しい言葉をかけられたことなんて一度もない。
何らかの目的があって優しくしてくれていたと考えるのが普通だ。
思わず背筋に悪寒が走った。
南方神殿は野盗の皆さんに平民の女の子を攫うよう言っていた。
フォルツァ神殿長はあの時言っていた。
「不死の妙薬に興味があるとは、なかなか殊勝な方だ。あなたなら、大いに貢献できますよ」
トルア神官長はこうも言っていた。
「明日には案内できるから」
ペルキア神官長もそうだ。
「見学?そうね。あなたなら特等席で見れるから。楽しみにしていてね」
もし、わたしをその棺の主にしようと言うのなら。
早く逃げないといけない。
今すぐに!!
赤い房を持っているわたしも、もれなく明日にはミイラにされるってことだろう。
わたし、平民出身だし。
貴族のしがらみはないし。
宮廷を追放されたし。
家族がいるのか、親孝行したのか聞かれたし。
死人に口無し。
皇帝陛下のお役に立てるなら本望とばかりに身体を差し出して薬にしちゃいましたって南方神殿が言ったらまかり通るんじゃない!?
しかも神殿騎士と医術師の両神官長が関わっている。
これは南方神殿が組織的にやっている可能性があるってことよね。
フォルツァ神殿長なんて紹介状まで書いてくれたし。めぼしい人間を集めていたとしたら。
まずい。
非常にまずい。
こうしてはいられない!!
とりあえず南方神殿から出よう。
ヴォン・ヴォニエールは南方神殿の息がかかった見張り役。
誰にも見つからないよう、一人でそっと出ないと。
わたしは早足で脱衣場に戻った。
脱衣場にはいつの間にか香が焚かれていた。
甘い鼻につくような香りだ。
一体誰が、何のために?
いや、今は香りを気にしている場合ではない。
早く着替えてこのまま脱出よ。
部屋の荷物は惜しいけど、命あっての物種。
部屋に帰る余裕はないわ。
一通り着替え、髪は濡れたままだったが乾かしている時間が惜しい。
首飾りもポマンダーも身につけている余裕はない。
野菜をのせた籠に一緒にのせる。
早く、見つからない内に出ない⋯⋯と。
すぐにでも動きたいのに、なぜだか頭の命令とは逆に身体がゆっくりとしか動かない。
おかしい。なぜ?
戸惑っている内に急に視界がぐにゃりと歪んだ。
やだ、のぼせちゃったのかしら。
頭がクラクラする。
平衡感覚が失われ、まっすぐ立っていられない。わたしは前のめりにそのまま倒れ込んでしまった。
おかしい。どうしてだろう。力が入らない。
ふわりと気持ちよくなり、意識が遠のくのが分かった。
どうしよう。
気持ちわ⋯⋯る⋯⋯い⋯⋯。
床にへたり込んだわたしの前に立ちはだかる人物がいた。
「どうせ内臓を取り出すんだもの。こんな消化に悪いものを食べる位なら、夕飯は食べなくても大丈夫でしょう」
その声はペルキア・ヨリスの声だった。




