12 南方神殿⑤
しくじったわ。
誰もいないと思っていたから、不意打ちだった。
「あっ、その⋯⋯すみません」
「見ない顔ね。どちら様?」
声の主はウェーブがかった金髪に青い瞳をした中年女性が立っていた。
「わたしはエイル・オーデルハイヴ、先ほどこちらの神殿に着きまして」
聖女の秘薬やら、不死の妙薬の作り方を知りたいって言ったら門外不出の調合だから関係者以外に教えられません、なんて言われそう。
かと言って人捜しをしていたと言ってしまうと、勝手に入り込んで捜したって思われそうよね。
実際、そうなんだけど。
傍から見たら不審者だし。
よし!ここは!
「良かった!人がいて下さって!!わたし浴場へ行くつもりだったんですが、どうも建物を間違えたようで、迷子なんです!!」
わたしを頭の先から足の先まで何度もジロジロと見られる。
腰につけたポマンダーに視線がいき、その人はようやく口を開いた。
「野菜を持って?」
「あっ自炊しようと畑に行きまして、汗と泥を落としたくて」
「そう、でも食事は出るのよ?」
「わたし、自炊が趣味でして。作らないと落ち着かなくて」
手の様子をじっとみられる。
水仕事で荒れた手なので、あまり見られると恥ずかしい。
「そうなの。あなたの神殿騎士はどうしたの?一緒じゃないの?」
ヴォン・ヴォニエールのことかしら。
「ちょっと休憩中みたいで」
わたしの部屋で寝てますとは言い辛い。
「普通、客人には専属の神殿騎士が身の回りの事をお手伝いするんだけどね。休憩中ってあの人は何をやっているのかしら⋯⋯」
「どうも、わたしのせいでお疲れのようで」
ロートリエールでの夜診以外に、わたしが他国の人を無許可で治療した弁明の書類やらを作っていたらしい。
その上、乗り合い馬車ではわたしの枕になって眠れてないし、ここはそっとしてあげたい。
「そう⋯⋯。とりあえずついて来なさい。浴場まで案内してあげる」
畑に行っておいて良かった〜!
普段から料理していて良かった〜。
多分、嘘じゃないか見られていたわよね。
「あの、あなた様は?」
どちら様でしょうか。
「わたしは神官長で医術師のペルキア・ヨリス。先ほど副神殿長と挨拶した者よ。聖女さん」
いや、聖女ではないのですが。
ペルキア神官長はゆっくり出口の方へと歩き出す。
わたしは一歩下がってその後を追う。
「あなた、あの野盗達を捕まえたんでしょう?野盗なんて治療して更生させて聖女様って崇められてるって噂を聞いたわよ」
ペルキア神官長はどこでそんな噂を?
崇められていないですし。
ちょっと噂が大きくなっていません?
「捕まえたのはロートリエールの衛兵さん達で。わたしはただ怪我の手当てを。あと崇められてはいないので」
「そうなの?でも野盗の存在には我々も困っていたのよ。しかも敵国の傭兵を治療するには手続きがいるから、大変なのに、今すぐ診ろ!って脅迫まがいに押し入って来たのよ」
野盗の皆さんとは少し見解が違うようだ。
野盗の皆さんは裏切られたといっていたし。
これは立場の相違かしら。
それは南方神殿でも対応に困っただろう。
ヴォン・ヴォニエールの心証もよくなかった。
「わたしは放っておけなくて⋯⋯。その場で治療したら怒られました。他国の人を治療したから、神殿憲章に触れるとかで」
「その野盗はどうしたの?ロートリエールで処分が下ったのよね?」
「あっいえ。怪我がひどいので治療も兼ねて中央神殿で身柄を預かることになりました」
「えっ?どうして?中央神殿の人間がいたの?」
「あっはい。わたしの旅友が中央神殿出身でして」
「そうなの――」
ペルキア神官長は少し考え、わたしをじっと見た。
何だろう。何かついてます?
「それはそうとロートリエールの町の診察もやっていたんでしょう?」
「やむにやまれずでして」
「すごいわね!なかなか出来ることじゃないわよ」
西方神殿ではあまり誉められたことがないので、わたしは戸惑いが隠せない。
「でも本来なら中央神殿か南方神殿に許可をとらないといけない所を勝手にやってしまいまして。連れがその弁明の報告書を作ってくれたりして負担をかけるばかりで」
ヴォン・ヴォニエールには大変な思いをさせるハメになってしまった。
わたしを人捜しの助っ人として雇ったばかりに、余計な手間をかけさせてしまった。
反省だわ。
「まぁ、そうなの。大変ね。でもそんなもの、もうすぐ気にしなくてよくなるわ」
ペルキア神官長はボソリと呟いた。
「ところで、先ほどの建物は何だったんですか?」
「あれはわたしが使わせて貰っている神殿よ。お薬を開発したりしているの」
「あっ明日、わたしも見学させて頂けると聞きました」
「見学?そうね。あなたなら特等席で見れるから。楽しみにしていてね」
「そうだ。お伺いしたいのですが」
わたしはどうしても確かめずにはいられなかった。
「何かしら?」
「ここに、女の子二人が来ませんでしたか?友人なんですが、親子喧嘩で家出して帰ってきていないそうで、親御様も心配しておいででして」
野盗の皆さんに連れ去られた若い女の子がこの神殿のどこかにいるはず。
でもヴォン・ヴォニエールが絞りこんだ場所には人の気配がまるでなかった。
「もしご存知でしたらご教示頂きたく」
ペルキア神官長は少し考え首を傾げる。
「さぁ、分からないわね」
手がかりなしか。
神官長で分からなかったら、下っ端の医術師か神殿騎士に声をかけていくしかないか。
「ありがとうございます。すみません、変なことを聞いて」
「そういえば、あなたは平民出身なんでしたっけ?」
「はい」
「両親はご健在?」
「はい。どうしてそんなことを?」
「いえ、ただの興味本位よ。ちゃんと親孝行はした?」
一体、何を確認しているんだろう。
「まぁ、ぼちぼちには⋯⋯」
何だか不思議なことを聞く人だな。
「ほら、この建物が浴場よ」
「ありがとうございます。わざわざ送って頂いて。助かりました」
「気にしないで。どうぞ、ごゆっくり」
ペルキア神官長はそのまま元来た道を帰って行った。
お風呂に入るにはまだ早い気もするけど、またあの神殿の前を彷徨いたら今度は出禁になりかねないわよね。
トラブルを起こしたら、ヴォン・ヴォニエールにまた心配をかけてしまう。
というか怒らせたら、傭兵あがりの野盗の皆さんですら震えあがった殺意を今度はわたしに向けられる!
それだけは避けたい!!
とりあえず、お風呂に入ってからまた次の行動を考えましょう。




