10 南方神殿③
有休休暇4日目
南方神殿の庭には丁子の花が咲き乱れていた。
さすが暑い地域に育つ植物なだけあって、照りつける太陽に負けず元気に咲いている。
日本ではあまり見られない光景だ。
「ヴォンさんどこに行ったんだろう」
トルア神官長はわたしの部屋に案内して下さった所で若い神殿騎士からリナイド副神殿長の呼び出しがあると言われ扉の前で別れた。
銀髪に紫色の瞳の若い神殿騎士はわたしに会釈して、廊下の奥に消えていった。
あの人どこかで見たことがあるんだけど。
どこだったか思い出せない。
診察で一日数十人も診ていると、余程トピックスがないと記憶に残りにくい。
この異世界、結構キレイな顔立ちの男性が多いから、通りすがりで会ったくらいのレベルだろう。
急に一人だけになり、なんとも言えない空虚感が襲ってくる。
案内された部屋は木製の簡易ベッドと机が並んでいた。
寝泊まりするだけなら十分ね。
ヴォン・ヴォニエールも今日は南方神殿に泊まるのだろうか。ふいに心細い気持ちに駆られる。
三日間一緒にいただけなのに、どうしてしんみりと寂しい気持ちになっちゃうのよ。
やだ。どうしよう。
自分が抱えている『寂しい』という気持ちをふいに自覚してしまった。
「私はどうも彼のことが好きなんだな」
西方神殿では優しくされたことはないし、カイルは付き人感覚だった。
でもヴォン・ヴォニエールは仕事熱心で尊敬できるし、優しいし心配してくれる。
損得とか関係なく無条件で気遣ってくれる。
「恋しちゃったな」
自分にとって、どうでもいい人ならこんな苦しい気持ちにもならなかったのに。
ヴォン・ヴォニエールの捜し人が見つかったら、もうこれでお別れになるのよね。
早く見つけたい気持ちと、もう少しこのままの関係でいたい気持ちがぐるぐると頭の中で葛藤する。
でもよりによって既婚者。
左手の薬指に指輪をはめていた。
目覚めてはいけない恋にもどかしさを覚える。
失恋確定の恋とか切な過ぎる。
ふいにドアをノックされ飛び上がった。
「はい、どちら様ですか?」
ドアを開けるとヴォン・ヴォニエールが立っていた。
「ヴォンさん、よくここが分かりましたね」
「それはもちろん。エイルはゆっくり出来ました?」
「おかげ様でぼんやり出来ました」
さすがに寂しかったなんて話したら、意味深に聞こえてしまうわね。
恋愛感情とか悟らせませんから!!
絶対に!!
「どうぞ中でお待ち下さい。今何か飲み物を用意しますね」
ふ〜っ!無事に平常心で対応できたわね!
危ない危ない!
でもどうしよう。
平常心になりたくて、部屋から出る口実にお茶を入れるって言っちゃったけど、茶葉など気の利いたものはない。
先ほど案内された簡易キッチンにも何もなかった。
困ったわね。さすがに白湯だけというのもな。
ふと視線を落としベルトを見るとポマンダーが揺れていた。
***
「お待たせしました」
「これは?」
ティーポットの中にはクローブと陳皮もといオレンジの皮を入れていた。そう、ポマンダーを一部とりました。大丈夫、ポマンダーにリボンが掛けられている下の部分を削いだから、リボンで隠せば分からない。クローブだって底部にあった所のものをとった。見た目は大して変わらない。
「エイル、君は罰当たりだな」
「そうですか?」
だって茶葉はないし、わたしが貰ったポマンダーだから好きに使っていいわよね?
「これは魔除けの意味もあるんですよ。医神ケイローンが杖につけて持ち歩いた神器を模していてお守りとして使わないと」
「まぁ、ここに滞在するのもそう長くはないので、せっかくだから有効活用をと思いまして」
クローブには、オイゲノールという成分が含まれている。
筋肉の硬さやこわばり、癒着を改善できる。肩こりや腰痛に効くし、オレンジの皮は陳皮として血流促進や抗酸化作用、リラックス作用などがあるので、旅で疲れた身体にはちょうどいい。
お白湯だけだと味気ないし、クローブを入れただけのお白湯だとお薬っぽい味がして飲みにくい。
オレンジの皮を組み合わせることで飲みやすくなるのよね。
わたしは二人分のカップにクローブとオレンジの皮入りの白湯を注ぐ。
わたしは「まぁまぁ」となだめ、ヴォン・ヴォニエールに白湯を勧める。
クローブとオレンジの皮入りの白湯を一口飲む。
ほんのりとクローブとオレンジの香りがたち、ホッとする。スパイシーな味が口の中に広がる。
「初めて飲みますが美味しいです」
ヴォン・ヴォニエールはあっという間に飲み干したので、もう一杯おかわりを注ぐ。
「共犯者として罪を分かち合いましょう」
罪って⋯⋯。
そんな罰当たりですか?
なんだかんだ言ってる割には嬉しそうだ。
よし、二人で飲んだんだからもし罰が当たっても半分こね。
身体もほぐれ、お互い人心地ついた所で本題だ。
「とりあえず、ヴォンさんは寝ましょうね」
「おい!こら!」
わたしはヴォン・ヴォニエールを押し倒す。
いい仕事をするにはまず睡眠!
ヴォン・ヴォニエールだって夜診業務をしていたのよ。睡眠不足は大敵です!
「はい、わたしのせいで馬車で仮眠とれなかったでしょう?安らかな睡眠を提供しなくては」
身体をはって責任をとらせて頂きます。
「子守唄がいいですか?絵本の読みきかせ?お背中トントンしましょうか?」
「子ども扱いですか?エイル、状況が分かっていませんね?」
はい?
「まぁいい。とりあえず状況整理と今後の予定です」
ヴォン・ヴォニエールは何かを諦めたようにベッドに横になる。
じっと眺められて、気恥ずかしい気持ちがくる。
また発作を起こすと寿命が縮む!
わたしは精神統一をするため、ベッドサイドの床下で正座をする。
よし!大丈夫!ドンとこい!!
今ならエベレスト山頂の気圧変化でも耐えられる気がする!
「わたし、トルア神官長にも聞いてみたんですが、二人組の女の子は来ていない、祭りで迷子になった者もいないそうなんです。これと言って有力な情報はありませんでした」
「こちらは興味深い情報を仕入れました」
ヴォン・ヴォニエールは手を顔に覆い険しい顔をしていた。
「何です?」
わたしは身を乗り出す。
「その研究所とされる赤レンガの建物にこの辺りでは見かけない若い女の子がいると、声をかけた神殿騎士が教えてくれました」
「そうなんだ!じゃもしかしたらお手伝いをしているってこと?」
「それが問いただしたんですが、どうも歯切れが悪い。案内を頼んでも頑なに拒否をする。様子がおかしいんです」
慣れない正座をして足が痺れてきた。
ベッドの端に腰かけブーツを脱ぐ。
「いきなりどうしたんです!?」
「ちょっとタイム!!すみません。ちょっと失礼します。足が!!足が痺れて⋯⋯」
ジワジワと足に血が通い出すのが分かる。
ヴォン・ヴォニエールを見下ろすとギョッとした顔をする。
「くぅ。痺れが!あっでもわたし、その建物なら明日にはそこへ案内して下さることになったので、様子を見てきますよ」
「そうですか⋯⋯」
何だか微妙な反応ね。
ちゃんと捜して来ますよ。頼りにならないとか思ってるのね。
でもこちらも人捜し位なら手伝えるわよ。
人相とか知らないけど。
名前を聞いたら何とかなるでしょう。
「ヴォンさん、ちょっと一身上の都合なのですがちょっと見ても見ないふりをしてください」
長旅のせいか、浮腫も強い。
色も悪く圧痕ができている。
血流が悪い足の色になっちゃった。
どうりで痺れやすかったのね。
生足をゆっくりさする。
「ちょっ⋯⋯!」
ヴォン・ヴォニエールは驚いた顔をする。
だから、見ても見ないふりをして欲しいって言ったんです。
無様な格好なんでね。
でも緊急事態なんです。
ヴォン・ヴォニエールならこんなの見慣れているでしょうに。
何を照れているんだか。
「すみません。わたしも休憩させて下さい。一過性感覚障害と足の浮腫が強くて!やばい、痺れが強すぎて⋯⋯」
ベッドから立ち上げろうとすると痺れた足がぐにゃりと足首から曲がり倒れこむ。
しまった!!
そう思った時にはヴォン・ヴォニエールの声が背後から聞こえていた。
「まったく世話が焼ける!」
ベッドから転落するところをヴォン・ヴォニエールが腰に手を回し引き寄せてくれたのだ。
「ヴォンさん下敷きになってません!?押し潰しましたよね!?大丈夫ですか!?」
一生の不覚!何もない所でこけるなんて。
ヴォン・ヴォニエールはわたしを抱え込んだまま動かない。
どこか痛めたのだろうか。
やだ、とんだ二次災害?
「エイルこそ、大丈夫ですか?」
大丈夫ですよ。おかげ様で。
おかげ様なんですが、ヴォン・ヴォニエールと密着していて気恥ずかしさが頂点なんですよ。
ヴォン・ヴォニエールも何かを察したのか頬を赤らめそっぽを向いてしまった。
「あっありがとうございます!」
思わず照れてしまう。
何を話していたかもすっ飛んじゃったわ。
「やっぱり久しぶりの夜診は疲れましたね。わたしもちょっと横にならせてさい」
今立ち上がって去りたいけど、またぐねったらさっきの二の舞よ。
早く痺れをなんとかしなくては!
やっぱり足の浮腫は足を心臓より高くするとマシになるのよね。
布団で高さをだして、わたしも一緒になって横になる。
ヴォン・ヴォニエールは目を丸くする。
「ヴォンさん?」
「あっあぁ⋯⋯、お互い疲れていますので。人捜しはまた明日以降にしましょう」
ヴォン・ヴォニエールは身体を壁側にむけながら、ちらりと横目でわたしをみる。
何か言いたげね。
何ですか?何かついています?
「とりあえず、マッサージでもしましょうか?こう言うのって得意なんですよ」
現代日本でもセルフマッサージはやっていたので、ほぐすくらいならできる。
「いや⋯⋯」
「遠慮しないで、馬車での恩がありますんで」
お互い横になっているから変な感じだけど、ほぐすくらいならこの姿勢でもできる。
わたしに背を向けるので、首や背中をマッサージしていく。
なかなか凝りが強いですよ。
「エイルのポマンダーは何色を持たされたんです?」
ゆっくり頭のツボを押していく。
やっぱりお疲れなんじゃない?
「わたしは赤色です。ヴォンさんは?」
「――⋯⋯」
「ヴォンさん?」
急に押し黙って考えこんでいる。
「大丈夫ですか?」
「あっ⋯⋯あぁ⋯⋯」
どうしたんだろう。
気分でも悪いのかしら。
背中をゆっくりさする。
「大丈夫ですか?」
ヴォン・ヴォニエールは寝息を立てて寝てしまっていた。
寝顔がとってもかわいいんですけど。
やっぱり疲れてるじゃない。
わたしはむくりと起き上がる。
痺れもマシになって良かった。
痺れと浮腫ケアに集中したから、いつもほど悶絶せずに済んだわ。
ふふん!やればできるわ!わたし!!
わたし⋯⋯⋯⋯。
あれ?
痺れと浮腫ケアを優先させて、ベッドを使わせて貰ったわけですが。
シングルベッドに「二」の字で寝ているこの配置。寝息まで聞こえるこの至近距離。
今気づいたんですが⋯⋯。
もしや、これは見る人が見たらピロートークってやつですか?




