2 お役目御免
「エイル・オーデルハイヴ!!君の所業は目に余る!!君には皇帝陛下の治療チームから外れてもらう。早々に元いた西方神殿に帰って貰う!!」
西方神殿用の執務室に一喝がこだました。
先ほどの中央神殿トリオに絡まれる一時間前に遡る。
わたしは下げていた頭をゆっくり持ち上げた。
西方神殿長ゲニウスの様は眉間に皺を寄せわたしを見据えていた。
「理由をお伺いしても?」
どうしてわたしが怒られないといけないの。
「西方神殿神官達の反対を押し切り、平民出身のお前をわざわざ帝都に呼び出し、治療する機会を与えてやったのに、何というざまだ!!変な治療ばかりだ。よくも皇帝陛下の不治の病の治療できると謀りおって!!あんな⋯⋯おぞましい治療を⋯⋯、皇帝陛下にご提案するなど西方神殿の恥だ!!他の神殿医術師からもいい笑い者だ!食堂の料理番からやり直しだ!」
わなわなと震えるゲニウス神殿長にわたしは真摯にひたむきに向かいあった。
なぜなら⋯⋯。
「恐れながら、あれにはちゃんと意味があるんです」
根拠の説明はしたし、百聞は一見にしかずっていうから試みようとしただけなんだけど。
実際にうじ虫をみて、驚かれたようだ。
わたしも前世では業者さんが用意してくれたうじ虫には無感動だった。
でもこの異世界、治療手段があまりに少ないから自分で無菌のうじ虫を調達しようと世話をするようになった。
そうしたら、どうだろう。
見慣れてしまえばなんとも小さくて愛らしい芋虫に見えるではないか。
子ども向け絵本にだって腹ぺこ〇虫があるじゃない。
絵本との違いは腹ぺこうじ虫は人の皮をちょっと食べて、蝶じゃなくてハエになる位の差。
人畜無害だし、ドン引くような悪さもしない。
みんな何か誤解をしているのね。
ゲニウス神殿長の隣に控えていた医術師であり同僚のカイルは一歩前に出て声をあげた。
「意味なんていい!非常識だとおっしゃっているんだ!だからこれを期にぼくとの婚約して結婚しよう」
はい!?
思わず絶句してしまった。
待て待て。
「どうしたら、そんな発想になるんです?」
今流行りの婚約破棄ならぬ交際破談でいいんですよ?
「友達イコール付き合うイコール婚約だろ!美男子コンテスト殿堂入りのぼくが娶ってやるなんて泣いて喜ぶだろ!普通!!」
金髪碧眼の美男子というだけあって整った顔だが、ふふんと嘲る笑みは歪んで醜く見えた。
せっかくキレイな顔なのに、もったいない。
「いやいやいや。友達としてお付き合いすることになって十日。婚約だなんて気が早い妄想はやめて下さい。まだ親にも紹介していませんのに」
仕事の出来ないやつは不要とか言わない?
なんで更にお近付きになるのよ。
「友達から付き合って既に恋人だろう」
「わたしはお友達作りの一貫だっただけです。それに、わたしの好きなタイプは顔の端正さより内臓がキレイな人ですから。毎日高カロリーなおやつに、運動不足、将来フォアグラ予備群ですよ!脂肪肝はヤバイです!肝硬変になって果ては肝癌になっても知りませんよ?医術師なのに食事管理できない方との結婚は無理です」
生活習慣の乱れは内臓の乱れ。
内臓が整えられる人は生活だけでなく自己管理もできる人。
つまり自分を律することができる性格の人。
わたしが恋人に求める条件からすると、カイルは恋人として除外だ。
「実質、宮廷追放だろ。それなら結婚して家庭に入りたいと思うだろう!今の状況なら恋人である僕に結婚したいと思うのが常識人。ちょっと可愛い位しか取り柄のない平民のお前と貴族であるぼくとの婚約なんて絶対になかったんだぞ!!」
わたしは何と返事したものか悩んだ。
カイル・ワーグナーは八大貴族の分家で、確か三男坊。
出自は上流貴族だし、三男坊だから後継ぎへのプレッシャーもない。神殿医術師として生計も立てられるし、わたしみたいな平民の一般人からしたら確かにありかもしれない。
同い年の女の子なら泣いて喜ぶんだろう。
きっと⋯⋯。
ただ顔よし身分よし仕事よしのカイルだけど、わたしは興味ないのよね。
だって内臓⋯⋯いや、性格が⋯⋯ねぇ。
「分かりました。きっとカイルは、心配して下さったのですね。故郷に帰るよう言われ、絶望したのではないかと。だから医術師業ではなく新たな居場所作りにと家庭に入ってはどうかと提案して下さったと」
「故郷に帰る位なら、結婚すればいい。帰る途中で医術師狙いの盗賊に会ったらどうする」
しゅんとした顔をするカイルは何だか可愛らしい。
先ほどの威勢とは打って変わってしおらしいギャップが憎めないのよね。
「すみません、これくらいのことでわたしは挫けませんので。医術師としてはまだ伸びしろしかないということが、ここへ来て分かりました。まだわたしの頑張れる可能性があるので恋愛している場合ではなくなりました。短い間でしたが今までありがとうございました」
満面の笑みで返す。
大体、カイルは容姿重視の人でしょう?
わたしは中身をみて欲しいのよね。
それにわたしを大切にしてくれる人がいい。
カイルは上から目線だし、わたしよりキレイな人がいたら他になびきそうだし、わたしを大切にしてくれるかと言われれば疑問が残るのよね。
仕事がだめなら家庭に入るなんて、わたしにはないわ。むしろ結果を残してから家庭に入らせて下さい!
カイルはぽかんとしていたが、慌てたように声を浴びせてくる。
「お前後悔しても知らないぞ!今ならまだ間に合うぞ」
とりあえず、荷造りして明日の朝には出発した方がいいわね。
帝都も散策したし、いい経験だったと思おう。
あっそうだ。
両親にはお土産も買って帰ってあげよう。
どうせなら実家に帰るまでに物見遊山するのもいいわね!
行きは帝都召喚のメンバーとして至急の呼び出しがあったから、寄り道せずにきた。
寄りたいお店もすっ飛ばして来たのがずっと心残りだったのよ。
だから帰りはゆっくりこの国を旅しながら周りたい。
村にいたら遠出するのに許可が必要だったから、許可取りが面倒臭くて、神殿に引きこもりだったのよね。
いい機会だし、長期休暇と思って羽を伸ばすぞ!
いまから楽しくなってきた!
「おい!!何をにやけている!ぼくの話しを聞いているのか!?今ならやり直してやってもいいんだぞ」
おっといけない。
嬉しくてつい、顔がにやけてしまった。
やっぱり温泉には行きたいわよね。
北方神殿は療養泉と言われる温泉があるって有名だし。
東方神殿は鉱物資源が豊富だから錬金術や道具街が発展してるし、掘り出し物の医療道具があるかもしれない。うん、外せないわね。
南方神殿は珍しい植物や動植物を薬にして漢方薬や薬湯にしていると聞いた。
勉強するなら南方神殿にも寄りたいな。
所属する神殿が違うから、これは紹介状とかいるんだっけ?誰かツテがないといけないわね。
うちの神殿長に言ったら『ライバル神殿で何をするんだ〜』とか言って許可は出ないわよね。
くぅっ残念だけど南方神殿は諦めるか。
「やり直さなくて大丈夫です。お友達としてのお付き合いでしたし。あっ二・三日に一回は休肝日を作るんですよ!飲み過ぎには気を付けること。お肉とごぼうとさつまいもの組み合わせで脂肪肝の予防効果が期待できますので、ちゃんと意識して摂って下さいね!汗ばむ位の運動を一日三十分程、それを週に三・四日はして、あと野菜は三百五十グラム食べて」
「ぐぬぅっ!お前は母親か!口を開けば仕事だ勉強だと言うし⋯⋯。恋人としてすら見られていなかったなんて⋯⋯。このぼくを⋯⋯。あり得ない!このぼくを!!」
「すみません」
どれだけ自信過剰なのよ。
宮廷の仕事って新しく覚えることも多くて大変だったし。
そんな恋愛にうつつを抜かす暇ありません。
東方神殿の一団が持ち込んだ医療器具が凄かった。錬金術が発達しているから、やたら科学関係が発展している。注射針なんて太さまで選べるし、顕微鏡はあるし、検尿用の試験紙まである。
でも使いこなす医術師が少ないないようで、猫に小判の状態らしい。
そうかと思えば北方神殿なんて昨夜みた夢から治療の糸口を見つける夢治療やお祈りをすれば回復すると言われ神殿礼拝が毎日行われたりと「何時代の治療よ」っとツッコミたくなる治療ばかり。
神殿の医療格差はなかなか半端ない。
だから興味深いんだけど。
帝都散策も露店の珍しい薬草や古書巡りが多くて楽しくって。
カイルが案内するといわれた所は服とかジュエリーとかお化粧店ばかりで、あまり興味ない所ばかりだったのよね。
せめて観光名所とかなら行きたかったんだけど。
「大体、お前のせいで皇太子殿下からご不興をかったんだぞ!先日などぼくがお前の恋人だと皇太子殿下に話したら絶対零度の冷やかな侮蔑の視線を浴びせられたんだぞ!?背筋が凍りつく程に怖かったんだ!皇太子殿下にどんなご不興をかった?一体何をした!!出世できなかったらお前のせいだ!!責任とる必要があるだろ」
「ちょっと、聞き捨てならないんですけど」
せっかく明日からの異世界旅行プランに夢を馳せていたのに、現実に引き戻されてしまった。
何をしたと言われても、全く心当たりがないんですが。
ゲニウス神殿長のクレームは百歩譲って、まぁ⋯⋯仕方ない。見解の違いってやつよ。
もっと実績とか論文があれば説得出来たかもしれないし。
社会人になったら、そんなこともあるわよ。
でもカイルの言う皇太子殿下のクレームって何よ。
わたし、皇太子殿下の侍医でもないし。
何もしてないわよ⋯⋯何も。
まぁ心当たりがあるとすれば、先日の夜の当直で呼ばれた時くらいかしら。
でも皇太子殿下とは和やかな雰囲気で他愛ない話しをしたし、楽しい一夜だった。
あっ変な意味ではなく、同年代としての会話をしただけ。
相手もマイナスな感情はない印象だった。
いや、まさか⋯⋯。
もしや、やっぱりあれを毒だったとか言ってる?
説明と同意はしたし、了承は得ていた。
皇太子殿下からクレームを言われる筋合いはない。
うん、何も問題にしないと約束した仲だし大丈夫。
ということは⋯⋯。
「あなたの性格が災いして失礼を働いたんじゃないですか?なんでもわたしのせいにしないでください」
「なんだと!!それに、皇太子殿下の婚約者フィアナ様からもクレームが来たんだぞ!!」
「というと?」
「フィアナ様からは『エイルが近くにいると殿下は顔を歪めて憂鬱なご様子になる』と苦情が来ている」
「それはあなたの妄言ではなく?」
「平民のくせに、愚弄するのか!あぁっ!ぼくは今回の仕事で能力を認められ、中央神殿勤務に出世、あわよくば最年少で神殿長になられたヘルメス様の元で有能な側近として働き、皇帝陛下の侍医に成り上がる予定だったのに」
野望がダダ漏れですよ。
成り上がりたいなら、もっと勉強すればいいのに。
どうもカイルは夢みがちというか、ふわふわしているというか、地に足がついていないというか。
ちょっと変なのよね。
上から目線で何が恋人よ。婚約よ。
平民平民ってうるさい。
それにしても、フィアナ様ねぇ。
確か摂政サルヴィアーティ卿の長女で、皇太子殿下とは従姉妹になるんだっけ。
雲の上の存在だし、貴族の社交界なんて無縁に等しいわたしにしたら、心当たりがなさすぎる。
皇太子殿下とは当直以来、話してもいないしご不興も何もない。
ましてやフィアナ様に会ったのは、皇帝陛下の容体を診察した時だ。
陛下の自室に皇太子殿下と一緒にいらした所を見かけた位で、挨拶する機会すらなかったというのに。
カイルが負け惜しみとばかりに、あることないこと言ってるんだろう。
妄想と妄言ばかりじゃゲニウス様の側近ですら降格されちゃうわよ。
「これ!痴話喧嘩はそのくらいにしなさい!幸い、国内全ての神殿を統括する筆頭神殿長ヘルメス様は皇女殿下の診察のため出張で宮廷不在だから良かった。ご帰還なされる前に西方神殿の汚点は排除し皇帝陛下のご病気をいち早く治さねば」
ちょっとゲニウス様。
汚点ってわたしのことですか?




