5 野盗③
有休休暇3日目
わたしはおしとやかだし、真面目な性格だ。
不器用なところはあるが、そこは人より頑張って足りない分を補う努力型。
大人しい性格だし、どちらかというと温厚だ。
ただ、そんなわたしにも豹変すると言われる時がある。
「うるさいわね!ギャーギャーほざくなら、いっそその足切断するわよ!ちゃんと治療するんだから、静かにしなさい!」
騒ぎ立てるけど、普通の医術師がみたら切断ものよ!?
足だってこのままじゃ腐るのよ!?
うじ虫が出す唾液には抗菌物質が含まれているから、創部の細菌を殺菌して治りも早いのよ。
傷をみたらアドレナリンが出て血が騒ぐのが悪い癖。
そのせいで、つい口が悪くなっちゃうのよね。
交感神経が優位って闘争と逃走の神経だもん。
交感神経のなせる技だもの。
これは本能。人として仕方ないわよね。
「ちょっと待て!!」
ラウルという野太い声がわたしを制止する。
「治療は任せて頂けると言ったじゃないですか」
わたしが連れて来られたのはこじんまりとした古い小屋だった。
森の奥にある小屋は、蔦がはびこり、鬱蒼と雑草が生えていた。
狩人の休憩所を住処にしてしまったのだろう。
簡易ベッドや暖炉はあるが、住むには最低限の物しか置いていなかった。
近くには湖があった。
森と湖、何もなければピクニックで過ごしたいロケーションなのに、ゆっくり眺めてもいられない。
連れて来られた先で診て欲しい人間がいると言われ、部屋に入れば案の定⋯⋯。
腐臭のような鼻につく臭いが充満していた。
「大丈夫です!皮を食べられると、引きちぎるように食べちゃうんで、その時にちょっと痛いくらいです。だから痛み止めのお薬、はい飲んで下さい」
口を開けさせて、薬をつっこむ。
「ちょっ!待て待て」
涙目を浮かべる野盗にわたしはブチ切れ寸前だった。
「同意書にサイン貰いましたよね。はい、怪我人はこれを飲む!!」
横たわる男達は文句を言ってくるし、野盗ということもあり鎮静剤を混ぜておく。
小屋には十人程いる男達が大なり小なり怪我をしている人だった。
「くっつけたらメンテナンス不要!ちょっと臭いがあるのと脱走するのが難点な位です」
手前に横たわっていた男も火矢でも放たれたのか左足のやけどがひどかった。数多の水疱が出来ていた。
「足をうじ虫のエサにするのか!?」
「エサという表現は正しいです。でも大丈夫ですよ!」
「何がだよ!?」
「分泌する酵素がいいんですよ。壊死した組織をキレイに食べ尽くしてくれますし、新しい肉芽が出てくるんで。皇帝陛下にもご提案した位、安全性は保証します。脱走しちゃうので、脱走予防にフワッとガーゼで覆っておきますが、毎日ちゃんとうじ虫の数を確認して下さいね。余裕があったら名前を覚えて下さい。一番小さい子がモノ、目がつぶらな子がジ、ちょっとふっくらな子がトリ、痩せてるのがテトラ、一番大きいのがペンタ、あと――」
「覚えられるか!数だけでいいだろう!?」
実際、皇帝陛下に使わなかったけど。
いや、使えなかったけど。
うじ虫のエサ探しもしなくていいし、治療にもなるんだから一石二鳥よね。
「わたしが丹精こめて育てた無菌うじ虫!可愛いでしょう?うじ虫のモグモグタイムを見ながら傷が治るのを楽しみにして下さい。甘くむげるようなちょっと鼻にツンとくる臭いはありますが、換気したらマシにはなるので」
「ギャ―――ッ!!なんか引きちぎられた!!」
という叫び声がこだました。
「わたしのかわいいうじ虫潰したら、足を切断するしか治療出来ないんで。あと鎮痛剤、治療中は飲んで下さい。やっぱり食べられると痛いんで」
相手は悲壮な顔をするが、構わない。
人命救助優先。
キレイに傷が治った方がいいわよね?
説明と同意は得たし書面にサインもある。
治療のことは一任するってちゃんと言いましたよね?
それで、何か問題でも?
こちらは有休休暇中なのよ。
無償奉仕の精神でやってるのよ。
嘆くなら、わたしを起用したのが運の尽きね。
ちなみに血腫ができていた人にはヒルを置いておく。
ヒルはなかなかいい仕事をしてくれる。
もうぷくぷくに太って血を吸い取っている。
前に森でヒルを捕まえておいて正解だったわね。
さっそく活躍できるなんて。
現代日本のようなハイテク器材、東方神殿にでも行かない限りないんだもの。
原点に立ち戻って、自然の力を借りないと。
安心して下さい。
わたし、口が悪くなるだけで実害はありませんよ。
***
抉れた肉を生理食塩水で洗浄する。
独特の血なまぐさい空気に咽びそうになる。
「もう何でこんな怪我を放っておくかな!」
野戦病院にいるみたいだわ。
「ちゃんと食べれてます?」
「狩りをして食いつないでいる。あとは携帯用に持っていた米があるのを時々食べるくらいだ」
近くにいた男が答える。
血色の悪い顔色だし、傷の状態も皆あまり良くない。野盗で男所帯だし自給自足な上に栄養バランスなんて考える人もいないのだろう。
仕方ない。
せっかく治療してもこれでは野垂れ死んでしまいそう。
傷を治すにはやはりタンパク質だけど、狩りといってもすぐに鹿や猪なんて捕まえられないし。
他に、タンパク質があってビタミンB群、鉄、亜鉛も豊富と言われているもの⋯⋯。
わたしはうじ虫を見る。
高タンパクで無菌育ち、今すぐ鍋に入れたら提供はできるけど⋯⋯。
手塩にかけて育てたわたしのうじ虫を食用になんて。
可哀想過ぎてできない!!
そうよ、何より治療優先!
今、足の治療をやめたら間違いなく切断しないといけない。
よし!かくなる上は自給自足の精神よ。
「確かこの辺りに湖がありましたよね。手の空いている人は黒いしじみという貝をとってきて下さい。あと山野草とか食べれそうなやつをお願いします」
攫われた時に湖を見かけた。
魚は人数分を用意するのは大変だろうし。
釣れるか分からない魚を期待するより、貝をとってきて貰った方が確実にタンパク質がとれる。
「分かりました」
一番若い黒髪の男、レシオが出ていった。
うん、これが一番平和的よね。
カバンに入れていた針と持針器、糸と携帯用膿盆を取り出して縫合の用意をする。
「南方神殿は裏切ったんだ」
野盗のリーダーはハルマンと言った。
男は静かに呟いた。
「神殿は治療を断らないのが原則でしょう?しかも裏切ったって?」
持針器に針を固定し、糸をくるりと通す。
「俺たちは嵌められたんだ」
「誰にですか?」
抉れた傷口を一針一針縫っていく。
「南方神殿の奴らにだよ。ゴルストフ国の傭兵だった。敗戦をきっかけに逃れてきたんだが、怪我人の治療を頼んだら他国の人間は診れないという」
ゴルストフ国といえば敵国じゃない。
スパイだったり、医術師を攫う輩と区別するために許可証がないと診れないのよね。
きっと重症だから、医療分野に特化したうちの国に来たんだろうけど、敵国じゃ許可証もでないか。
「それで、南方神殿が年頃の若い女を捕まえてきたら、怪我人を治すって言われたんだ」
南方神殿が?そんなことあるかしら。
若い女子を攫う理由が分からない。
人手不足なら普通に求人なりすれば人は集まるはず。
そんな犯罪めいたことを要求するかしら。
「だが、攫った女を引き渡した途端、口封じとばかりに神殿騎士が出てきて一戦やりあって更に負傷したんだ」
「それで街道を行き交う医術師を攫って治療させようと?」
「治療できる人間に声をかけてただけだ」
「いや、わたしも半ば誘拐されたんですが」
「やむにやまれずだ!!」
ダンッとテーブルを叩く音に内心ビックリしながら平静を装う。
「こっちから先は清潔野だから入ってきたら怒りますよ!」
半径一メートル内には入って来ないでね。
怖いから。
窓の外を見ると一筋の煙が立っていた。
何だろう?かなり山奥に入っていたのに、近くに民家があるのかしら。
もしかして、狼煙?
「うわぁ――!!!死ぬっ!!!!あぁ――!!」
いきなり叫びだした男が突然暴れ叫びだした。
「まただ!」
「誰でもいいんで押さえつけろ!」
また?
もしかしてPTSD《心的外傷後ストレス障害》かしら。
戦争体験のトラウマやフラッシュバックで精神的に滅入ってしまうと心を病んでいく。
近くにいた男達がベッドに押さえつけてくれている間に薬を用意する。
口をこじあけ、粉末にした薬を練って上顎につける。噛まれないように要注意だ。
こういう時、注射があると便利なんだけどな。
鎮静剤入り薬を飲ませる。
不穏状態になると落ち着かせるのも大変なのよね。
薬が効くまで時間稼ぎをしないと。
「安心して下さい。ここはベッドです。怖いものはありません。もうすぐ痛みもとれます。今治療も終わりましたからね。皆さんいますから大丈夫ですよ」
傷口に優しく手を当てる。
「あ――!!」
興奮状態で声が届いているかも怪しいが、繰り返す。
「大丈夫ですよ」
喚いていたお口がポカンとあきだした。
「ゲートコントロールセオリーとプラシーボ効果を」
「なっなんだ!?」
ハルマンは戸惑いを隠せないでいた。
「大丈夫です、大きく深呼吸をして」
「あっあ〜」
叫んでいた男は叫びながらも息を整えようと、意識をしてくれているのが分かった。
少しすると、す〜は〜と深呼吸をしてくれました。
「そう、大きく深く。これで脈と血圧が落ち着きます」
徐々に深く長い呼吸になってきた。
わたしは肩や腕をゆっくり撫でる。
「今度は息を吸う長さより吐く長さを長くして深呼吸」
また大きく深呼吸をしているのを確認します。
先ほどいきり立って強張っていた顔が少しずつ穏やかになりました。
「大丈夫、安心して」
「あっあぁ⋯⋯」
「ではとっておきのおまじない」
治療した包帯の上に優しく手を当てる。
「では!ちちんぷいぷい、いたいのいたいの⋯⋯!!とんでいけ!!」
「こっこれは?」
「わたしの故郷に古くから伝わるおまじないです。手をかざして御魂を清め病気や苦しみから解放されるという、ありがたいおまじないをかけました」
「もしや聖女と言われている?」
「言われていません。ごく普通の西方神殿の医術師です」
「どうです?落ち着きましたか?」
「あっあぁ⋯⋯」
叫んでいた男は目が虚ろになっていた。
「たっ⋯⋯助かったのか?」
ハルマンは叫んででいた男を見て腰を抜かした。
良かった、すっと寝息を立てて寝付いたようだ。
「これはまさに神癒の御業!まさに聖女!!」
ハルマンは驚愕するように叫んだ。
「聖女様だ。本当にいたんだ」
野盗達は唖然としていた。
「いえ医神ケイローンのご加護です」
すみません、嘘です。
研修医時代、小児科で子ども達に使っていた御業です。
科学的根拠に基づいたゲートコントロールセオリーとプラシーボ効果を使った合わせ技。
タッチングするとセロトニンが出て安心感に繋がり、優しい言葉をかけることで、痛覚以外の感覚が優位になって、脳が痛みを抑制する仕組みが働くという。
この即効性の効き目。
これは多分、痛み止めと追加の鎮静剤が効いたのかな。
「ありがとうございます!」
両手を握りしめぶんぶん振られる。
野盗達に言い出しにくくなってしまいました。
たんじゅ⋯⋯いや⋯⋯。
心は少年のように純粋なのかもしれない。
「いいですか。これも医神ケイローンの思し召し。野盗業は辞めて社会貢献して下さい。奉仕の精神で人のために役立てられることをして下さい」
慎ましやかな笑顔を作る。
「「「「はい!!聖女さま!!」」」」
聖女でもなんでもないんですけど。
そうか、この方達の国は聖女信仰だった。
あまりムキになって否定すると変な誤解を招きそうだし、今はそっとしておこう。落ち着いたら、ちゃんと訂正しよう。
「じゃ、今度から西方神殿に来て下さい。わたしが居たら診ますんで」
「聖女様は命の恩人だ。あんたのためなら俺たちが剣となり盾となる。命をかけて守る」
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分」
「いや、聖女様の役に立ちたい」
ハルマンがわたしの両手をぐっと握りしめる。
やだ、ちょっと近いんですけど。
ハルマンに引き寄せられ、顔が近い。
どうしよう、キスできちゃう近さなんですけど!?
まだファーストキスはとっておきたいんですけど!?
後付さりしようとすると、腰に手をまわされて身動きがとれない。
よく見るとワイルドイケメンだ。
ウェーブのかかった金色の髪に碧の瞳。無精髭を生やしているが、剃ればお貴族様とも見れるくらい端正な顔をしている。
傭兵なだけあって全身に傷跡はあるけど、治りがいい。内臓もしっかりしているのだろう。
筋肉も鍛えられ、ヴォン・ヴォニエールが細マッチョならハルマンは筋骨隆々のマッチョだ。
日々のトレーニングもマメにしているのだろう。
ここは痴漢撃退法を使うか!?
使って返り討ちにあうのが、手に取るようにわかる。
わたしを攫った時に軽々と抱きかかえた大男は、誰あろうハルマンだ。勝算はない。
ジワジワと顔が近づいてくる。
考えてみれば男ばかりの小屋に女一人。
これはまずいシチュエーションなのでは!?
わたしの貞操の危機かもしれない!?
その時だ。バーンとドアが開いた。
「お待たせしました!しじみとキノコとってきました!」
先ほど食糧調達を頼んだレシオが帰ってきた。なんとも言えない異様な空気をどうも察したらしい。
「何かあったんですか?」
皆のただならぬ様子に戸惑いを隠せないでいた。




