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召しませ神殿医術師  作者: てるてる坊主
南方神殿

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17/32

3 野盗①

有休休暇3日目

「囮作戦?」


 ロートリエールの町で臨時診察をした帰り、夕飯は近くの食堂で摂ることにした。

 現代日本ならスペインバルのように小皿料理が多くて、少ない量でいろんなメニューを食べられるから楽しい。


 狭い店内は若者で賑わっていた。

 わたし達はカウンター席に案内され、二人並んで席につく。


 一通り注文をすませ、ようやく一息ついたところだった。

 

「あぁ、街道に野盗が潜んでいるなら行かない手はない」

 ヴォン・ヴォニエールの指先は木樽のジョッキの縁を撫でていた。


「くぅ~っ!生き返る!このジュース美味しい!」

 木樽に注がれたジョッキをカウンターテーブルに置く。

 二人分並んだジュースを見比べる。

 お酒は飲みたいけど、わたしは下戸な体質なのでこの地域特産のベルモートという柑橘のジュースを頼んだ。

 見た目はオレンジジュースだけど酸味はレモン級に酸っぱい。

 このクエン酸が疲れた身体に染みて美味しいのよね。


「あの、ヴォンさんはお酒飲まないんですか?」


 ヴォン・ヴォニエールみたいなお貴族様ってお酒を頼むかと思ったので意外だった。


「医術師がいないこの町で急変があれば声がかかるのは我々だからね。酔っ払っては診察も何も出来ないだろう」


 ごもっとも。

 けっこうストイックなのね。

 西方神殿の同僚なら、わたしがいるから今日はお酒飲めばいいかとか言って当直押し付けられたけど。


 オリーブの実の酢漬けを一つ頬張る。

 前菜として酢の物を食べると血糖値を上げにくくして、胃酸が分泌されるから消化を助けてくれる。

 南方神殿の近くは乾燥地帯なので、地中海料理に似た料理が多い。

 

 クセはあるけど、お酢のさっぱりとした味が疲れた身体に染み渡る。

 ようやく一息ついた。

 美味しいものを食べるのって幸せ。

 しかも人が作ってくれた料理を上げ膳据え膳なんて至福のひとときだわ。


「それで、ヴォンさんが囮になって、この街の衛兵に捕まえて貰い、わたしは今日と同じく診察業務をする算段ですね」

 

 今日の要領で診察して、明日の昼過ぎには出立しないと有休休暇がなくなっちゃう。

 そうと決まればいっぱい食べて、夕飯後にちょっと散策して英気を養うしかないわね。


 運ばれてきたサーモンのレモンマリネとトマトと胡瓜、パプリカ、レタスのサラダを二人分取り分ける。

 レタスがシャキシャキして美味しい。


「いや、囮になるのは君だ」

 

 よしきた!わたしがおとりに⋯⋯。おとり?

 モリモリ食べていたレタスの葉がポロリとフォークから落ちた。

 はい?おかしいな。 

 聞き間違えたかな?

 わたしが囮になるようなこと言われたぞ?


「野盗は女性か医術師を狙う傾向がある。どちらも兼ね備えたエイルはぼくより狙われやすいだろう」

 

 確かに、ヴォン・ヴォニエールの引き締まった身体は服ごしでも分かる。


「ちょっ⋯⋯!!」


「はい、お待たせしました。塩豚とレンズ豆のコンソメ煮だよ」


「あっありがとうございます」


 ウェイトレスの女性がテーブルの真ん中に置いていく。

 一回冷静になろうか。うん。

 わたしはゴクンと一口ジュースを飲んだ。


「あの。わたし、まだ死にたくないんですけど」


「もちろん、ちゃんと助ける」

「いやいや、ヴォンさんの神殿騎士としての実力とか知りませんから」

 不安すぎる。

 そりゃダンレイル卿とか八騎伯と顔見知りなんだから、騎士として名が通ってるかもしれないけど。


「エイル、ぼくを神殿騎士にと召してくれるだろうか?」

 両手をしっかり握り込まれ、わたしは思わず握っていたフォークをテーブルに落とした。


「死が二人を分かつまで」


 ヴォン・ヴォニエールは正面を向き真剣な眼差しで見てくる。

 やだ、目が離せない。

 地がイケメンなだけあって、真剣な顔で見られたら思わず赤面してしまう。

 

 目を逸らし、動揺を隠すように手を振りほどく。

 ヤバイ!どんな顔をしていいか分からん!

 ギコギコと手早く塩豚をナイフとフォークで切り分ける。

 品もへったくれもない。

 動揺を隠すのが先決だ。


 相手は既婚者!!ドキドキしてどうするのよ!

 良き友人であり旅友よ!

 危ない関係とか禁断の恋はダメよ。

 道ならぬ恋とかわたしの信条に反するわ!

 

 落ち着け、落ち着くのよ、わたし!!

 顔面国宝だから動揺するの。


 西方神殿でわたしの扱いがひどいから、守るなんて優しい言葉にぐらついたのは気のせい。


 

 これは何か試されているんだわ。

 人生?いや神様に。 


 『優』って漢字は人を憂うと、書いて優しいのよ。

 これは人として普通の気遣い。

 不安を和らげるための優しさよ。

 そこに愛だとか何もないんだから。


 恋は恋かもしれないけれど、叶わない恋、淡い恋でいいわ。

 わたしは、それ以上の感情を抱かなければいいだけ。


 心頭滅却すれば火もまた涼し。

 心を無にするの。そう、忘我の境地。無の境地。

 相手はカボチャ!ジャガイモ!いえ、バナナよ!!

 人とバナナの遺伝子は、約五十%一緒。

 つまり、相手はバナナなのよ。


 皮一枚剥がせば皆同じ。

 大事なのは中身の良し悪し。

 動揺してどうするの。

 

 

 だんだん考えがまとまらなくなってきた。

 

 このジュース、アルコールでも入ってるのかしらね?

 そうね、焦った時は息を整える。

 深呼吸、深呼吸よ。

 す〜は〜、す〜は〜。

 何この酸欠になるような息苦しさは。

 腹式呼吸してるんだけどな。

 妙に頭に酸素がいっていないぞ。

 もしや過呼吸になってる?

 だれか紙袋くださ〜い!!


「何をブツブツ言ってるの?どうしたの?」


 ヴォン・ヴォニエールに心配そうに覗きこまれて、思わず息が止まりそうになる。

 

 これで不整脈からの心臓発作を起こしたらどうしてくれるのよ。

 労災申請するわよ。

 平常心よ。落ち着けエイル。


「いえ、なんでもありません。それはそうと。ちゃんと守ってくれますか?わたしに戦闘力とか皆無なんですよ?乱戦とかになったら一番に死ぬタイプですからね?中央神殿と違って、西方神殿の医術師は訓練とかしてませんよ。地方神殿出身者なめないで下さいよ!?」


 よし、動揺を隠しきったわ。

 わたしはキリッとクールビューティを気取って動揺を隠しきる。


「見たら分かるよ。ちゃんと守りきると誓おう。君の神殿騎士になったのだから」

 

 反則級の笑顔を向けられ、思わず背筋がブルッと震えた。

 その瞬間、ホロリと肉の繊維が切れる。


 わたしにどうしろっていうのよ!?

 この人、詐欺師とかじゃないわよね?

 不意打ちよ。

 西方神殿では小間使い扱いだっただけに、大切にされているような言葉をかけられたことないのに。

 えぇそうですよ。

 優しく言葉をかけられるなんて、免疫ありませんよ。

 

 え〜いっ!!どうするの、どうしてくれんのよ!

 この変なもやる気持ち!!

 動悸、息切れ、引きつけが一度に押し寄せてくる。

 そうよ、そうね。

 これは自律神経の乱れ、焦ることはない。

 落ち着くのよ、エイル!!エイルー!!

 くそー!!


 勢い余って思わずベチャッと取り分け皿に等分にした豚肉とレンズ豆をよそい、皿をドンとヴォン・ヴォニエールの前に置く。

 

「はいどうぞ。本当、囮とか人選ミスですって」

「そんな不機嫌にならなくても」


 あぅっ、不機嫌ではないんだけど。

 動揺を隠しきりすぎて、不機嫌な顔になってしまった。


 でもヴォン・ヴォニエールはなぜか嬉しそうな顔をした。

 わたしが囮になって何か勝算でもあるのかしらね。


 豚肉とレンズ豆はよく煮込まれて味がしみていた。 

 お肉と豆の食べ合わせもいいから、このお店分かってるわね。レンズ豆の鉄分は、一緒に摂る肉のたんぱく質で吸収率が上がるのよね。

 さっきサラダも食べてビタミンCを補給したから、更に身体の中で吸収しやすくしてくれてるはず。


「そうそう、医神ケイローンの首飾りを交換しておこう」

「何でですか?」

「ちゃんと約束を果たすために」


 首飾り?これってただの身分証でしょう?

 こんなの交換してどうするんだろう。


 あれかな?約束の印?験担ぎみたいなことかしら?

 異世界のしきたりもまだまだ知らないことが多い。

 分からないことはとりあえず、相手に従っておくに限る。


 何せヴォン・ヴォニエールは中央神殿出身。

 お貴族様出身なのだ。

 そういうしきたりやら慣習にはうるさいはずだ。

 知らないとか言っちゃうと西方神殿なら田舎者の平民はこれだからとか言われてきた。

 これ以上、精神的に揺さぶられたら心の臓に悪い。

 今のわたしには平常心が必要なのよ。


「分かりました。どうぞ」

 わたしは平静を装う。

 そう、わたしには平常心が必要よ。

 知ったかぶりも世渡りの秘訣。

 見た目はほとんど変わらない首飾りを交換するだけ。


 首飾りを手渡すとヴォン・ヴォニエールはほくほくと満面の笑みを浮かべる。

 


「心配しないで。それに、このまま神殿医術師が来ないと、この町も危ういだろう。南方神殿が滞在できる医術師の調整をしない限り、下手をしたらずっとここで診察業務だ。臨時とは言え見捨てられずに、君は有休休暇をここで終わらせる気かい?」


 バケットにレンズ豆をのせて食べる。

 香ばしい小麦の香りが鼻に抜けて幸せ。



「それは困ります」

 ヴォン・ヴォニエールはようやくジュースを一口飲み、ナイフとフォークで豚肉を切り分けながら、優雅に食べ始めた。

 さすがお貴族様、絵になるわ。

 というか、さっきからわたしばかりがガツガツ食べて恥ずかしいじゃない。


「そうだろう。打開策としては野盗を捕まえて南方神殿から医術師を派遣できるようにしないといけない」


 チーズとハムの盛り合わせを一口つまむ。


「でも、わたしが囮になって野盗は出てきますかね?」

 

 果たしてわたしが囮になれるのか?

 もし出てこなかったら、延々と捕まえるまでやるのかしら?


「医術師を狙うということは、野盗共にも事情があるはずだ。その法衣を来て旅人として街道を歩けば、おそらくは」

 ヴォン・ヴォニエールには何か勝算があるようだった。

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