2 診察
有休休暇2日目
「おじさん、良かったらわたしお手製のケークサレとオレンジピール食べませんか?」
長閑な昼下がり、乗合馬車を乗り継いで更に南へと進んでいた。
旅友が出来たので、昼食がてらヴォン・ヴォニエールにもチーズとオニオンのケークサレ、おやつにオレンジピールを渡し、乗合馬車を運転する初老の男性にも差し入れとして勧める。
「これ、あんたの手作りかい?」
「軽食用にと思って用意したんで、良かったら食べて下さい」
「じゃ遠慮なく」
初老のおじさんはケークサレとオレンジピールをとって食べる。
わたしも一口食べる。チーズの塩味と香ばしいタマネギの味がちょうどいい。
パンではなく生地がケーキベースだから、口の中にいれるとホロリとスポンジが崩れる。
我ながらよくできた。ふんわりとした食感が美味しい。
この世界、まだ電気オーブンなんてないから石窯炭火のオーブンだから火加減が難しいのよね。
遠足気分で風景をみながらご飯を食べるなんて、いつぶりだろう。
現代日本でもゆっくり食べてなかったし、今世も料理番をしながら立ってご飯を食べていた。
「それで、どんな方を捜しているんですか?」
馬車が通った道を見ると遠くには山があり青空が澄み渡っていた。
鳥のさえずりや秋の麦の穂の香りをのせた風を感じながらピクニック気分で食べるとさらに美味しく感じる。
きっとこういうのを幸せって言うんだろうな。
スローツーリズムだもの。人と交流して地域に貢献して、自分の在り方を見直す旅。
ちょっとそれらしくなってきた気がする!
「アリステア・カレノール、十六歳。南方神殿で行われる祭りにお忍びで参加し、付き添いのメイドと共に一ヶ月前から行方不明なんだ」
南方守護職の八騎伯卿の一人娘をヴォン・ヴォニエールに探して貰いたいと依頼されたという。
「どうして中央神殿の神殿騎士に依頼が?それなら南方神殿が全力で捜すのが筋じゃないんですか?」
「カレノール卿は南方神殿に相談したが、まともに取り合ってくれなかったらしい。祭りを主催したのは南方神殿だが、行方不明になった人間を捜すのは八騎伯の仕事だろと言われたそうでね。八騎伯の権限で捜しても見つからず、南方神殿の動きが悪いから中央神殿の筆頭神殿長に連絡がいき、手の空いているぼくにお鉢が回ってきたというわけだ」
「中央神殿も大変ですね」
地方神殿のトラブルまで対応しないといけないなんて。
一ヶ月も帰って来ないとは、もう家出の域ね。
お祭りで出会った殿方とのラブロマンスからの逃避行とか。
犯罪に巻き込まれたなら、死体が発見されてそうだけど、捜して欲しいという要望があるならまだ殺されたとか、事件に巻き込まれたという話しではないのだろう。
ご令嬢がちょっとハメを外しすぎたとかではないのかしらね。
「あんたら、もしかして夫婦で医術師かい?」
食べかけのケークサレを思わず吹き出しそうになる。
初老の男性はわたし達の会話を聞いていたようだ。
「「違います」」
わたしとヴォン・ヴォニエールが同時に答えた。
「お互い医術師ですが、夫婦ではありません」
ヴォン・ヴォニエールは誠実な態度で答える。
「じゃ恋人かい?」
わたし達の関係に興味があるようだ。
「違います!旅友です!昨日初めましてで、会ってまだ二日しか経っていません」
わたしはすかさず否定する。
「ああ、そうかい、そうかい。仕事仲間の旅友か。えらい仲良さそうだから、お似合いだと思っただけなんだ」
いや、相手は既婚者ですから。
「わたしは今、仕事に生きてるんで」
「ならちょうどいい。医術師と見込んでちょっと相談なんだが、この先の町で診察を頼めないかい?」
「どこか具合でも悪いんですか?」
「わしもだが、町には今神殿医術師が来れなくて困ってるんだ。もちろん、無料奉仕とは言わない。町長からも医術師がいたら声をかけてくれと言われてるんでな」
「この辺りだと南方神殿の管轄じゃないですか?神殿に行ったり往診に来て貰ったり出来ないんですか?」
ヴォン・ヴォニエールも訝しんでいる。
あまり管轄外の人間がしゃしゃり出て治療をすると、いい顔をされない。
中央神殿出身のヴォン・ヴォニエールは貴族でもあるから、有耶無耶にはされるだろう。
ただ西方神殿の地方出身だわ身分は平民だわだとあたりが強いのが目に見えて明らかだ。
非難される覚悟でやるしかない。
「それが困ったことに街道に野盗が出るようになってね。神殿に行きたくてもちょっと物騒でなかなかいけないんだよ」
「往診はどうしているんです?」
ヴォン・ヴォニエールも気になるようだ。
「定期的に往診で医術師様方が周って来られていたんだが、野盗が出て一度被害が出てから、往診がなくなってしまって。他にも野盗は医術師を探しているようで、旅人の中には医術師かと聞かれたとか」
「今はどうしているんですか?」
「我々の方から迂回しながら神殿に行ったりするんだが、身体を動かすのも大変な者にはちょっと酷で」
「診察だけでもして貰えると助かるんだが」
今から行くロートリエールの町は帝都と南方神殿へ行くまでの中継地点になる。
大きな街だから、困っている人はきっと多いはず。
世の中の理は陰陽の法則でできている。
人に一生懸命尽くすと、尽くした人がその人を助ける。社会的貢献をすると、生きがいと大きな幸福が来る。そんな考え方を日本でも学んだ。
有休休暇といえど、困っていたらお互い様。
管轄外の土地で医術行為をしても、わたしには失うものは何もない。
宮廷では何もさせて貰えなかったけど、ここでなら力になれるかもしれない。
「分かりました。お引き受けします」
「ぼくもやりましょう」
「あぁ、助かるよ」
初老のおじさんは嬉しそうな顔をする。
お役に立てそうで良かった。
それとは逆にヴォン・ヴォニエールは考え込んでいた。
「ヴォンさん、何か気になることでも?」
ヴォン・ヴォニエールは眉根を寄せて黙りこんでいた。怖い顔でどうしたんだろう。
「いや、治療はするんだが、野盗を退治した方が良くないかと思って」
「え?神殿騎士なのってヴォンさんだけですよ?わたし戦闘力ないですよ。逃げるのに精一杯!そんな危ないこと街の衛兵にお願いしては?」
「衛兵を組織して行ったんだが空振りで、まだ捕まえられないんだ」
初老のおじさんは残念そうにいう。
「そうでしたか。でもこのまま野盗を野放しには出来ない。それに」
「それに?」
「探し人の手がかりが見つかるかもしれない」
ヴォン・ヴォニエールは何か決意をしたようだった。
***
「じゃ結紮しちゃいますね」
わたしは乗合馬車の運転手で初老のおじさんを腹ばいになるように寝てもらった。
患部が見えるよう下着を脱いで貰うとなかなか立派な痔が出来ていた。
「馬車の運転でお尻痛くなかったですか?」
舗装された道ではないので、馬車の揺れがひどい。
きっと揺れる度に擦れて痛かっただろう。
「痛かったよ」
「円座っていうドーナツ型のお座布団とか使って下さいね。痛々しい」
「あ〜、こんな可愛い子にお尻を見られるなんて。もうお嫁にいけない」
「おじさん、結婚してるんでしょ?冗談がうまいんだから」
「そうは言っても若い子に見られるのはいくつになっても緊張するんだよ」
「痛くしないようにするんで、リラックスして下さいね」
東方神殿御用達の錬金術師が作ったという溶ける抜糸で結紮する。
現代日本で使っていたものと同じタイプで、抜糸する必要がないから、患者の負担が少ない。
わたしが今回宮廷にいって良かったのは東方神殿が持ち込んだ医療道具の品質が格段に良かった。
試験的作ったから好きに使っていいと言われ、色々といただいたのが役に立った。
そのかわり使った感想を言ったりたくさん必要なら購入しないといけない。
営業としてはなかなかやり手だと感心したくらいだ。
西方神殿にそんな技術も営業力もないから、パッとしないのかもしれない。
目玉商品とか技術とかあまりないからなぁ、うちの神殿。
それもあって、現代日本の医療知識のあるわたしが宮廷召喚されたという経緯があった。
街の宿屋を紹介して貰った後、町長にご挨拶してから臨時で診察すると言ったら大手を振って賛成してくれた。近くの小さい神殿を案内され、さっそく仕事をこなすことになった。
町長が有権者に声をかけまくり、動けない人は往診という形でヴォン・ヴォニエールが対応する。
わたしは神殿で対応することになり、患者はなかなか引かなかった。
日が落ち始めた頃、ようやく一段落ついた。
「お疲れ様。こちらもキリはついた。明日の準備をしておこう」
「探し人のアリステア・カレノールさんはいませんでした」
「こちらもだ」
ヴォン・ヴォニエールも少しやつれた顔をしていた。
探し人はアリステア・カレノールという十六歳の女の子だ。八騎伯にして南東の要塞を守る騎士、カレノール卿の私生児だ。
アリステアを養女にしたのだが南方神殿のお祭りにメイドと行ったきり帰って来ない。心配しカレノール卿が神殿の内部調査を依頼した。南方神殿は知らないというし、家出という線で探している。
大々的に探すと家名に関わるからと、医術師を使って診察した時に情報がないか探っているのだ。
「じゃまずはご飯にしましょう。もうお腹空きました」
ほぼ半日、ノンストップで外来診療をしたので、疲労感は大きい。
わたしの血糖値は底辺だった。
ふらふらする。
水分、糖分、タンパク質をください!
「明日の作戦会議をしながら、一緒にご飯しましょうか」
ヴォン・ヴォニエールさん?
今度は作戦会議ですか?
一応わたし旅行中なんで、せめてゆっくりご飯を食べさせて欲しいんですけど。




