1 再会
有休休暇2日目
「あ〜、お腹いっぱい」
お昼ご飯いっぱい食べすぎちゃった。
昨日の夕飯代が浮いたから、その分を今日のご飯代にまわしたのだ。
帝都になんて、もう来れないかもしれないからね。
思い残すことがないよう、食べ歩きに興じていたら、うっかり限界まで食べちゃった。
お腹をさすりながら、苦しくなったベルトを緩める。
やだ、胃下垂かな。お腹がぽっこり膨らんで。
最近、運動不足だし腹筋しておかないとね。
体型の崩れは年齢より老けてみられちゃう。
背筋を正すだけで腹筋も鍛えられるから意識高めでいかないと!
それにしても、さっきから抗いがたい眠気に襲われていた。
ドカ食いしちゃったから、血糖値スパイクがきちゃったかぁ。
かなり血糖値が上がってそうよね。
朝からクロワッサン、蕎麦粉のクレープにワッフル食べてお昼はラザニアとシチューだった。
ランチでちょっと野菜を食べた位でほとんど炭水化物だもの。
仕方ないわよね〜。
食べ歩きが趣味なのは今世も同じだった。
現代日本ならラーメンの食べ歩きだったからなぁ。
懐かしいなぁ。
段々思考力も鈍ってきた。
まずいわね。
インスリンが沢山出て、もうすぐ血糖値が急に下がっちゃう。
消化のために内臓に血液が集まって脳への血流が一時的に不足しちゃう。
あんまり頭を使うのはやめておこう。
今後のことを考えるのも勉強するのも頭に入ってこない。
ランチの後の大学の講義って血糖値の乱高下がひどくて睡魔に襲われて大変だったのよね。
今はそんな講義もなければ、仕事もない。
もうすぐ馬車もでるし、気絶するように眠るのもありかな。
食後三十分は森を散歩したし、無事に乗合馬車に乗れたし、このままお昼寝しよう。
うん、そうしよう。
こうして馬車の中で爆睡を決め込んだのがお昼すぎの事だった。
***
馬車の車輪が石を乗り上げ、がたんと大きく揺れた。
中央神殿の広場から出る乗合馬車に揺られてうたた寝をしていたわたしの頭も揺れた拍子にそれまでもたれていたその肩から大きくずり落ちた。
目を開けるとわたしの隣には人が座っていた。
あたりを見回すと、幌馬車はわたしと隣の人しかいなかった。
「あっ⋯⋯すみません」
どうも隣の人の肩に寄りかかって眠っていたようだ。
はしたなくも口元からよだれを垂らしていたのに気づき、思わずハンカチで拭く。
しかも隣の人の白いローブにはうっすらよだれと思われるシミがついていた。
「やだ!本当にすみません!」
急いでローブのシミとりをする。
「本当に申し訳ないです。虫除けの臭いもくさかったですよね」
森に入る時につけたアロマの虫除けがまだ消えていなかった。
カイルなんか虫除けじゃなく香水を嗜めとかいうし。
「いや、別に。少しホッとする香りだなと」
なんて優しい人なの!
そう思って顔をあげる。
「あっありがとう⋯⋯ってよく見たら」
昨日会ったヴォン・ヴォニエールではないか!
「ヴォン・ヴォニエールさん!?何してるんですか?」
さすがに昨日の今日なので覚えている。
今生の別れだと思ったが、意外に早い再会だった。
まじまじと見ると美しさに目を潰されそうな美形神殿騎士だ。
「帝都の用事が終わったんですが、新しく仕事の依頼がありまして。南に行くよう指示されたんです。偶然、一緒の馬車に乗るとは奇遇ですね。何だかお疲れのようですがどうしたんですか?」
朝早くに虫とりをしていたなんて言うとドン引きされるんだろう。
「ちょっと仕事道具のメンテナンスで森に入って。疲れて寝いっちゃったみたいで。肩を貸して頂きありがとうございました」
当たらずとも遠からずな返事をする。
えぇ、嘘はついてませんし。
後ろめたいことをしてるわけではないのでね。
変な冷や汗をかきながらトントンとローブを叩く。
やだ、凝ったデザインの金縁にこのローブも厚みがあって上等だわ。
左手薬指に目をやると今日は指輪をしていないかった。
荷物は多めだし、長旅かしら。
「メンテナンス?」
「あっ趣味みたいなもので。相棒を育てているような、そんな感じです」
どうしよ。クリーニング屋なんてこの世界で見かけたことないのよ。シミになったら弁償しなくちゃ。
わたしの旅費が吹っ飛んじゃうわよね。
「相棒?医術師だからメスとか刃物ってこと?」
柔かな笑顔が優しくうつる。
あっだいぶシミがとれてきた!良かった!
「大枠では仕事道具です」
やばい。うじ虫の世話をしたくて、森の中を彷徨い歩いてましたなんて正直に言ってみなさいよ。
自然にかえしてあげなさいって言われちゃうわよ。
気持ち悪がられそうだし。
新たにヒルまで捕まえて瓶の中で飼ってますし。
「⋯⋯そうか。君はどこまで行くんです?南方神殿でしたっけ?」
不思議そうな目で見ている。
「有能な医術師は皆、帝都に集められているのに、これは南の神殿へ行く馬車でしょう。油を売っていていいんですか?」
明らかに訝しんでいる目へと変わった。
わたしもまじまじと見ていたけど、彼もまた人間観察をしていたようだ。
ここは正直に言おう。
「実は宮廷を追い出されまして、有休休暇がてら旅行しようと思ったんです。手始めに南方神殿の方に」
ヴォン・ヴォニエールは顎に手をやり少し考えこんだ。
「じゃ今は仕事はないんだね」
「まぁ、はい⋯⋯」
ヴォン・ヴォニエールの目がキラリと光ったように見えた。
「せっかくだから、一緒にどうかな?一人旅よりお供がいた方が何かと安全だし便利だと思うよ」
「でも⋯⋯」
「南方神殿近くでも人攫いがあるみたいだし。医術師なんて他国に売られるなんてこともあるんだ」
「ほぼ初めましての人に言われても⋯⋯」
あなたが一番危ない気がするんです、とは言えない。昨日は指輪してたし、所帯持ちでしょう。
それを一人旅の女の子をみて一緒に行こうとか下心があるんじゃないかと思うわよ。
しかも美形男子がひょいひょい遊び相手を探す感覚で言われてもな。
わたしの不審者でも見るような目でみたせいか、ヴォン・ヴォニエールはちょっとたじろいだ。
「実は二つの案件で人探しを頼まれているんだ。一件は先ほど完了したんだけれど、もう一件が南方神殿管轄でね。ちょっと人手不足で手伝って欲しいんだ。協力してくれたら給金は出そう」
皇帝陛下の治療で帝都に人が集まっているものね。
南方神殿で何かトラブルでもあったのかしら?
何だか面倒なことに巻き込まれそう。
そう、わたしの第六感は辞めておけと警報音を鳴らしていた。
うん、お断りしよう。
「人助けだと思って」
ヴォン・ヴォニエールは嘆願するような捨てられた子犬のような目をする。
イケメンでそんな可愛い顔をするのはあざとい。
世の女性をそうやって籠絡させて来たのだろう。
既婚者でありながら、そういう態度は誤解を招くと思います。
わたしは騙されません。
ヴォン・ヴォニエールをよく見ると肌色もよく爪や髪は艷やかでキレイだ。
ちゃんとタンパク質も野菜も食べて内臓⋯⋯いや、体調管理はしっかりしていそう。
いや、待て待て。
一人旅を満喫しようと思ったのよ。
有休休暇中にあえて仕事を引き受けるのも野暮だ。
なんせ旅行を楽しむための休暇。
人探しならわたしでなくてもできるでしょう。
でも、人助けと言われて見放したら目覚めは悪い。
「もし引き受けてくれたなら、これなどどうかな?」
渡されたのは眼鏡型ルーペだ。
しかも最新鋭!高倍率のやつ!帝都の店ではわたしの一か月分の給料がふっ飛ぶお値段だった。
昨日の帝都散策で見つけたのと同じタイプだ。とても買える額ではなかったので、泣く泣く諦めたやつがまさかこんな所でお目見え出来るとは!
さすが中央神殿のお貴族様出身者は良いものを持っている。
これなら線虫も見つけられるかもしれない。
線虫を見つけられたら夢は膨らむわよね!
うん!!
一人旅の護衛はもれなく無料。
考えてみれば、中央神殿出身なら身元保証はしっかりしている。
地方出身の神殿医術師ならいざ知らず、中央神殿医術師連れとなれば南方神殿の秘伝の薬、あわよくば不死の妙薬の調合なんか教えて貰えるかもしれない。
何より既婚者。所帯持ちなら、男女の関係になることはまずない⋯⋯はず⋯⋯。
何せ神官、聖職者だし。妻はもっても愛人はないわね。
いざとなればこちらにも秘策はある。
前世で学び、一度も役に立たなかった市民公開講座による警察官直伝、合気道護身術の痴漢撃退法を繰り出すまでよ。
とは言え、身元もちゃんとしているし、悪くない話しかもしれない。
給金、人助け、ルーペ⋯⋯。
わたしの職務⋯⋯。
む〜⋯⋯⋯⋯。
「分かりました。召しませエイル・オーデルハイヴを。精一杯務めさせて頂きます」
わたしは観念した。
「今日から宜しく頼む」
優しい目で見られると思わずドキッとしてしまう。
きっと中央神殿ではマダムキラーとか言われてそうだな、この人。
人探し。できるかな?
でも困っていたらお互い様。
行き先が一緒なら仕方ないじゃない。
ルーペ⋯⋯いや、ボランティア精神も大切!
線虫も見つけたいしね。




