【閑話】後日談
一年後の話
〜ヴィクトリア嬢の手紙より〜
親愛なるエイルさん
お元気ですか?
エイルさんのお噂は兼ねがね聞き及んでおります。
ご活躍を喜ばしく思っております。
あの中央広場での出会いが遠い昔のように感じられ、懐かしいですわ。
わたしはあれから色々なことがありました。
心機一転にと髪はバッサリ切りました。
傷んでいたのでちょうど良かったです。
あの後、いろんなことに挑戦しようと思い立ちましたの。
運動に目覚めてから騎士を目指し、今や近衛騎士団長の従騎士です。
訓練は大変ですが、健康に気を付けていたら身体が軽く毎日が楽しいです。
先日、こんなことがありましたの。
***
「ヴィクトリア様、美女コンテスト殿堂入り三位入賞おめでとうございます」
「ありがとう。なんでもやってみるものですね」
「きゃーっ!ヴィクトリア様とお話ししてもらっちゃった」
わたしのまわりには、騎士見習いの女の子の友人ができました。
ただ話す度に頬を赤らめてキャッキャと騒ぐ子が増え戸惑いを隠せません。
先日美女コンテスト殿堂入りで三位入賞でした。騎士団からの選出ではトップなので、良しと思っております。
「パレードでも旗手をされるとか」
「はい。騎士団からは女性騎士勧誘の広告塔になるべく命がくだりました」
「きゃーっさすがです!八騎伯のダンレイル家としてもさぞや名誉なことですよね」
「それにしてもヴィクトリア様に婚約破棄をした男とか信じられないですね。こんなにお美しく騎士としても殿方にも引けをとらない剣技で皆を魅了され、今度の配属は花形の近衛騎士団になられるとか。そんな方を袖にするなんて」
「まったく見る目のない方だったんでしょうね」
「いえ、皆のヴィクトリア様ですもの。結果こうしてお近づきになり間近で愛でることができるのも婚約破棄のおかげですよ。むしろ感謝しかありません」
「その方、今頃さぞや打ちひしがれて後悔の血の涙を流していることでしょう。逃がした魚はとんでもなく大きかったですね。くふふ」
友人は楽しげに話しています。
不思議な気分です。
確かに婚約破棄がなければ、そのまま家庭に入るだけの人生でした。
自分のやりたいことは何か、目標は何か、一番を目指せるものは何かなど自問自答することはなかったでしょう。
それが、婚約破棄をきっかけに見返してやろうと思い立ち奮起し、自分のやりたいことを見つけてからようやく自分の足で地面を踏みしめているような気持ちになったのです。
地に足をつけるとはこのことを言うのだと思いました。
どん底だった気持ちは今やモヤが晴れたかのように清々しく爽やかで以前より明るくなったと言われます。
くよくよ悩んでいる位なら前に進もうと思えたのが良かったのですね。
おかげ様で人生捨てたものではないと感じております。
そうそう、知らない男性から声をかけて下さることが増えたのですが、その中に元婚約者でミルドレイン卿の長男、ミハイルがいたんです。
「やはりぼくには君しかいない。ヴィクトリアがこんなに美しい令嬢だったなら他の女に目移りなどしなかったのに。騎士として凛と華やぐ姿はまさにぼくにこそ相応しい。ぼくの家と容姿に釣り合う女性は君しかいない」
なんて言うんですよ。
「ヴィクトリア、お願いだ。おれは騙されていたんだ。一度君を捨て去ったくせにと思うだろう。でも、どうか頼む。おれにはヴィクトリアが必要なんだ」
聞けばミハイルの新たな婚約者様が幸せ太りされて幻滅したとか。
「家も容姿もわたしには関係のないことです。太っていたら釣り合わないのですか?キレイでなければ分不相応なのですか?あなたは女性の何をみているのですか。どうせ、あなたのことです。承認欲求と自己肯定感を満たしたいだけでしょう。わたしが騎士を目指したのは兄の姿に憧れ、剣を振るう度に強くなる自分の成長が楽しく、人を守る職に生き甲斐を感じたからです。わたしがコンテストに出たのは自分に自信をもつきっかけにしたかったからであって、自慢したいからではありません。あなたは周りの八大貴族方から美しいご婦人をお連れだ、近衛騎士団に入団できるなど騎士としての誉れ。素晴らしい奥方をもつミハイル殿はさすがだなどと言われたいだけなのでしょう?」
「あっあぁ⋯⋯違うんだ、これは」
ミハイルは鯉のように口をパクパクするばかりでした。
「図星ですか?男なら女性にすがらず、自力で武功を立ててみなさい。あなたの実力だけで誉れを極めなさい。一人の女性も幸せに出来ない男なんて最低です」
わたし、ちゃんと言いたいことを、自分の言葉で全部言えたんですよ。
胸の中で自分の何が悪かったのかを考えていた頃と違って、自分の意見をちゃんと相手に伝えられたんです。
自分でも驚きました。
壁を一つ乗り越えられたような感覚でした。
ただ丁重にお断りしましたのに付きまとわれて、大変だったんです。
「また文官のミハイル殿がいるな」
上司の近衛騎士団長ドレイグ様は窓越しに外で待つミハイルを冷たく見ていました。
「困りましたわ」
ミハイルは段々やつれて、まるで幽鬼のようになっていました。
「聞けば向こうから婚約破棄をしたのだろう?また婚約を迫って随分ご都合主義なものだ。仕事も容姿も冴えない男が女を追いかけるなど見苦しい。よりを戻したいからと言って振られて悔しかったのなら、顔を洗って出直してこいというのだ」
ドレイグ様は我々、従騎士にしたら近衛騎士団長は憧れの存在です。
そんな風に気遣って頂けるだけで天にも昇る気持ちでした。
「付きまとわれているので、困ったものです」
「ならば屋敷まで送ろう」
「それは申し訳ないです」
「何かあってはダンレイル卿に申し訳が立たないからな」
強く気高くかっこよく、しかもドレイグ団長は芯のある方で尊敬していた方だったので大興奮です。
実は密かに推していた団長からですよ!?
「でっ⋯⋯ではお言葉に甘えて」
わたしは行きと帰りをドレイグ団長に送って頂けることになりました。
女性からも人気のあるドレイグ団長と過ごすともなると、女性の嫉妬でいじわるされないか心配しておりました。
それが意外に大丈夫でして、むしろご令嬢方のお茶会に招かれた時など――。
「ヴィクトリア様にお相手ができたというのは本当ですか!?公衆の面前で婚約破棄をされて一時は体調も崩されたお噂を聞き内心ひやひやしておりましたが、とうとう」
「冷徹のドレイグ様と恋仲とか。いつもご一緒というお噂も。ヴィクトリア様、本当ですか?」
「ドレイグ様だったら八騎伯のオルロード家でしょう?美男美女カップル、お似合いでしかないわ」
「ミハイル様、またヴィクトリア様に付きまとっていると伺いましたわ。わたくし達のヴィクトリア様に婚約破棄をした分際で何様かしら」
「ミハイル様と言えばミルドレイン卿が立ち上げた女性ブランドのドレス、今不買運動が起こっているらしいですわ。女性の気持ちがわからないドレスだと大変不評で倒産の危機なんですって」
「「「さすがわたし達!当然の結果ですわね〜」」」
きっとこのご令嬢達が不買運動に乗り出したのだと察しが付きました。
くすりと可憐な笑みの裏にはどす黒い負のオーラを感じました。
でも彼女達なりに、わたしの代わりに一矢報いてやろうという気概さえ感じましたの。
ご令嬢がフフフッと可愛らしく笑う姿は励まされまている気さえしました。
女性を敵に回すと怖いですよね。
「女性を見ためで判断しているから痛い目にあうのですわ」
「ヴィクトリア様は普段どちらのドレスを?わたくしもヴィクトリア様と同じお店で仕立てて頂こうかと思っておりますの」
「才色兼備のヴィクトリア様のファンクラブ会員は増えるばかりですわね」
「トップ会員のわたくし共、全力で応援しておりますから!」
「ありがとうございます。皆さまのお優しいお言葉、嬉しく思います」
にこりと笑うと「キャーッ」と叫んで卒倒する方もいて大変でした。
騎士服で行くと毎回、騒がれたり質問攻めにあいますが、ご令嬢方は応援してくれているようでした。
そんなある日、仕事帰りにドレイグ団長と夜景を見に遠出をした日のことです。
「ヴィクトリア、君さえよければおれの妻になってくれないだろうか」
ドレイグ団長からプロポーズをして下さったんです。
「八騎伯の令嬢と聞いて、当初はすぐにやめるだろうと思っていた。それが厳しい訓練にも弱音を吐くことなく耐え、苦しい局面でもヴィクトリアの笑顔は団の指揮を高め、荒んだ心を癒してくれた。ヴィクトリアにはずっと傍にいてほしい」
相思相愛ってこういうことを言うのでしょうか。
プロポーズされたのは夢じゃないかと思う程に興奮しました。
兄も喜んでくれたので、求婚をお受けしたんです。
婚約の証に古式ゆかしく伝統に則り家の紋章が入ったブローチを交換しましたので、正式に婚約者となりました。
ミハイルには婚約したからと伝えても尚も言い寄ってきたんです。
「ヴィクトリアが戻ってきてくれたなら、全て上手くいくんだ!だから元の婚約者に」
「ミハイル殿、ヴィクトリアはわたしのものだ。つきまとうならば男同士決闘してどちらがヴィクトリアに相応しいか決着をつけようではないか」
見かねたドレイグ団長は宮廷作法に則り決闘までして下さいました。
もうかっこよすぎて胸キュンでした。
当然、団長の圧勝でしたよ。
「ミハイル様、あの時お別れして下さりありがとうございました。おかげでわたしの頑張りを認めて下さるステキな婚約者様を見つけることができました。あなたも自分の全てを認めて下さる婚約者様とお幸せに」
エイルさんのあの時励ましてくれたセリフ、ちゃんと彼に伝えましたから。
血の気がひいていく様子を見ると、わたしもあの時こんなに怯えた顔をしていたのかと思いました。
でも同情はしません。
引き金をひいたのは彼からなのですから。
「消えろ。二度と我々の前に現れるな」
ドレイグ団長の一喝にミハイルはその場で力なく崩れ落ち、おいおいと泣いてしまいました。
それにしても、ドレイグ団長の凛々しい姿に思わず惚れ直してしまいました。
わたしもご令嬢に黄色い声援を頂く身ですが、その興奮と心境が分かった気がします。
あの勇姿!!エイルさんにもみて頂きたかったですわ。
いつも従騎士として民を守る側ですが、わたしを守ると言って下さった安心感は計り知れません。
幸せというのは、こういうことを言うのですね。
それに決闘したことが宮廷でも噂になりましてミハイルは婚約破棄した女性に再度婚約をせまるなど未練がましい男、今の婚約者様がひどい扱いを受け精神的に病まれたなどと醜聞がたちましたわ。
もちろん他のご令嬢からも白い目で見られ、宮廷だけでなく社交界でも腫れ物を見るかのような扱いで、ちょっと可哀想に思う位でした。
ミルドレイン卿は事態を重く受けとめられたようです。「二度とうちの敷居はまたがせん!」と激昂され、体裁が良くないからと他国に留学という形でお家から追放同然の扱いをされたそうです。
こういうのを『ざまぁ』って言うのでしょうかね?
ただミハイルには感謝しているんです。
わたしが言うのもなんですが、彼は自業自得でしょう?
でもわたしは婚約破棄がなければ、変われなかった。あの出来事がなければエイルさんやヴォン・ヴォニエール様方と会うことも推しの団長と結ばれることもなかったのです。
兄が支えてくれて、屋敷の使用人達がわたしのためにご飯を作って世話をしてくれる。
当たり前だと思っていたことが実はとても尊いものだったんだと気づきましたの。
これも婚約破棄されたからこそ、わたしも一皮むけるきっかけになったのでしょう。
大変なことがあったからこそ、普通の営みが幸せなんだと、幸せがより幸せだと噛み締められるのですから。
近況報告ばかりになってしまいましたが、結婚式にはゼヒ来て下さい。招待状をお送りします。
またお会いできる日を楽しみにしております。
ヴィクトリアより
***
わたしはお腹をさすりながら、微笑ましく手紙を読み、隣にいる彼にも手紙を渡す。
「R・S・K」の御縁があったのですね。
通称、尊重・支え合い・優しさの精神を兼ね備えたステキな婚約者様が見つかり何よりでした。
末永くお幸せになって頂きたいものです。
さて、わたしもお返事を書かなくては。




