11 氷を求める令嬢⑥
有休休暇1日目
キッチンには旬の野菜がずらりと並んでいた。
夏野菜のトマトに茄子、胡瓜やズッキーニなどがあった。
さすがお貴族様が召し上がる食材なだけあって魚も大きく立派な物が用意されていた。
パンは白パンよりもゆっくり血糖値を上げるため全粒粉を使う。自家製酵母を使わせて貰い、発酵させていく。ある程度膨らむとガス抜きと二次発酵、成形をして焼いていく。下ごしらえやスープ作りをしている間に様子を見ながら同時進行だ。
野菜を洗っていると、ヴォン・ヴォニエールは横から手を出してきた。
「手伝おう」
「あっ、ありがとうございます」
横に立たれると背の高さと美しい顔が首と目に痛い。
見上げないといけないし、肌艶もよくお化粧をしなくても見惚れてしまう位キレイだ。
何より女子として色々負けている気がする。
なんだろう、コンプレックスを刺激されるというか。
わたしには女子力が足りないってカイルに言われてたからね。
まぁ気を取り直して。
まずは下ごしらえ。野菜を切っていく。
「さっきも思ったんですが、手さばきが早くてキレイですね。慣れているんですか?」
ヴォン・ヴォニエールは傍で見ながらジャガイモを剥いてくれた。
お貴族様だけど、野菜の仕込みに抵抗がないのは珍しいわね。なんだかふいに感心してしまった。
西方神殿のお貴族様の同期は投げやりだったからね。今や神官長になっちゃったけど。
「それはもう、西方神殿の皆様のお仕込みの賜物なんでね」
西方神殿の人が聞いたら嫌味になるかな?
お貴族様の同期が部屋でのんべんだらりとしている間に、なんなら野菜でも肉でも華麗に捌いてやろうってのよ。
そんな反骨精神でやっていたのでね。
肉や魚の下処理なんて血管や骨取りも身を保ちながらキレイにとった賜物です。
「ヴォンさんも貴族ご出身なのに下ごしらえからされるんですね」
「この位は普通だ。料理は嫌いじゃない」
見直しました、なんて言ったら失礼というか偏見ね。うちの西方神殿が残念なだけで中央神殿出身者はお貴族様ばかりだから当たり前なのかもしれない。
「わたしもです。料理って頭と手を使うんで脳トレになるんです」
料理は何品も同時並行で作らないといけない。このデュアルタスクは前頭葉が活性化されるし、モヤモヤ悩んでいられないからストレス解消になる。前より丁寧に美味しくできたら自己満足感も上がって気分がいい。
「手術をする時に下ごしらえで使う技術や料理の段取りが生かされるからな。侮れない」
しかもさいの目切りなんてキレイな正方形に切られている。仕事も丁寧だし手際がいい。
ヴォン・ヴォニエールこそ侮れない相手とみた。
「とてもお上手です」
わたしが医学生の時、医学概論で医術はアートだなんて習ったことを思い出した。
聞いた時はなんだかキザだって思ったわよ。
でも神の手の教授の手技は無駄なく美しく、手際をずっと見ていたいほどだった。
その教授が携わった患者様は創部もキレイに治っていた。
わたしもあんなふうに緊張感の高い場面でも早く美しく丁寧に技術を磨きたいと憧れたものだった。
「それに」
「それに⋯⋯?」
「自分で作った方が安全だしな」
何が?
昔料理でひどいことでもあったのかしら。
ヴォン・ヴォニエールは真剣な顔で言ってるし。
ふむ。
「思い返したら、確かにわたしにも苦い思い出があります。お貴族様の同期が作る料理は不慣れなせいで、野菜が生煮えだったりお魚の切り身はズタボロでしたね。お肉もちゃんと火が入ってなくて、食中毒事件があったこともありました。集団食中毒だったんですけど、わたしはたまたま自分の作ったご飯を食べていたので免れましたが。あの時の看病やらが大変で。確かに自分で作った方が安全ですね。ふふっ」
思わず思い出して笑ってしまった。
どこの神殿でも一緒なのね。
西方神殿の下積み時代のおかげで、わたしの手術技術は同期の中で一番上手い方だった。おかげで妬み嫉みもひどかったけど。
魚や肉を捌きまくったおかげで手術では美しい切り口で創部を開けられるので、手術時間は短く、切り口もキレイなので患者様の回復は他の貴族出身者に比べて早かった。
下積みが短いお貴族様なんて血管を剥離するのもこわごわするし、皮膚切開ですらズタズタ。
無理もないわね、なんて。
プチざまぁを味わっていた位だ。
「そうだ。ヴォンさん」
「なんだ?」
「ネズミの頸動脈の外径って縫えます?もしくは縫える方って知ってます?」
「何でそんなことを聞くんだ?」
ヴォン・ヴォニエールは訝しんだ顔をする。
これは心当たりがない顔ね。
「いえ、大丈夫です。大きな独り言です」
やっぱり中央神殿出身者でもまだそういう技術はないのね。
「野菜が切れた。次は肉と魚を捌いていけばいいか?」
「ありがとうございます。わたしは茹で野菜を作っていきますね」
神殿ならグリーンサラダと主菜のワンプレートで済ませるけれど、お貴族様の晩餐なのでコース仕立てにする。
「ロリス料理長、今日のコースです。前菜は野菜のテリーヌ、スープはクラムチャウダー、魚料理は蒸した白身魚・ラタトゥイユ添え、肉料理はハンバーグ・トマトソース添えとキノコのソテーを付け合わせる。デザートはカボチャプリンで考えておりますが如何でしょう」
「普通だな。いいんじゃないか」
ロリス料理長は椅子に座りながらメモはとってくれていた。
「この組み立てのポイントは鉄分をいかに吸収できる内容かです。赤身のお肉やレバーは野菜から摂るより倍以上鉄分があるので、オススメです。肌艶など女性の美を意識すると野菜も必須です」
「どうすればいい?」
「鉄分の多い野菜+ビタミンC+タンパク質で吸収をアップさせます」
ただ鉄分の多い野菜を摂るだけでは多くの野菜は水溶性で水に溶け出し、身体に吸収されずに尿となって体外に出されてしまう。
ビタミンCを摂り鉄分と結合させて吸収しやすく、タンパク質を一緒に摂ることで腸での吸収を上げれば相乗効果がうまれる。
現代日本で行きつけの焼肉屋さんはお通しに大豆の入ったひじき煮があり、赤身肉やレバーが頼めて最後にオレンジのデザート付きという、女性のために考案されたんじゃないかと思うくらい貧血予防の方程式を踏まえた完璧なコースを出してくれた。
わたしが医師として多忙だったけれど、キレイを維持できたのは、あの焼肉屋さんのおかげと言っても過言ではない。
もう二度といけないのが残念だけど。
それはさておき、吸収率を上げるための方程式を踏まえて料理を作っていくのがポイントになる。
野菜のテリーヌは棒状に切った人参、ヤングコーン、オクラは茹で、ハムは薄切りにして用意する。くず野菜でだしをとり、塩と砂糖でスープを作る。ゼラチンを水に溶かして用意し、スープと混ぜる。パウンド型に野菜を層になるように並べてゼラチン入りスープを流し込む。すき間がないよう、キレイに流し込んだら冷やし固める。
「ロリス料理長。人参、ヤングコーン、オクラの旬野菜は栄養価が高く、オクラはペクチンやガラクタンが豊富だし、特徴的な粘りは整腸作用やコレステロールを抑制できます。葉酸や骨を作るために必要なビタミンKもあるから身体作りを意識したいご令嬢にはもってこいなので、ゼヒ取り入れて下さい」
「おっおう!」
「人参はβ-カロテンが多いしヤングコーンにもビタミンCやE、カリウムや葉酸が多いんです。抗酸化作用や浮腫予防もあって疲労回復に繋げられるので欠かせません」
「なんだか呪文を聞いてるみたいだな」
アサリがゲットできたのでクラムチャウダーにする。さいの目に切ったタマネギ、人参、ジャガイモをバターで炒めて牛乳を入れて茹でたアサリの汁を入れる。牛乳をいれて茹でたアサリを入れてひと煮立ちさせる。最後にパセリを散らせば出来上がり。
「ロリス料理長、牛乳のカルシウムとタンパク質で身長伸び盛りの成長期に必要な栄養を補給します。アサリは鉄分があるから貧血予防だけじゃなく、疲労回復、動脈硬化予防、肝機能強化、美肌効果もあるから女子の味方です。うま味成分のタウリンやコハク酸も豊富で、煮汁ごと食べることで栄養を効率よく摂れるからオススメです」
あ〜、日本食が食べたい。アサリのお味噌汁が恋しいよ。
「段々頭がこんがらがってきた」
「アサリが身体にいいって話しです」
ロリス料理長か目を回し始めたのを見てヴォン・ヴォニエールは端的に言う。
いやだって、何がいいか知っといた方が効果効能のありがたみが分かるでしょう?
白身魚は蒸して油を使わずさっぱりと食べられるようにする。
付け合わせのラタトゥイユは、トマト、タマネギ、ナス、ズッキーニの旬野菜で食物繊維、ベーコンと豆でタンパク質を摂れるようにして。ローリエで香り付けしたら臭み消しになり、より深みがでる。塩と砂糖でコクをだしていく。
「成長期の子息と令嬢には貧血予防は必須です。牛肉を使ってハンバーグを作ります。王道ですが豚ミンチも使って合いびき肉にしようと思います。豚肉はビタミンB群があって、疲労回復に繋がります」
「分かった」
「うちの神殿ならここで鉄分の多いレバーを混ぜるんですけど、お貴族様に臓物は出せませんよね」
「出していないし、食べ慣れていらっしゃらないから、やめておいた方がいいな」
「わかりました。もし大丈夫なら、レバーは臭みを消して食べると美味しく頂けますので、チャレンジできそうなら頑張って下さい」
「分かった」
「ソースはみじん切りにしたパセリをトマトソースに入れます。ビタミンCが多いパセリは、トマトと一緒に摂ると鉄の吸収率がよくなります。それにビタミンCは水溶性だから普通に食べたら身体から出ていってしまうのでお肉と一緒にとって身体に吸収させやすくして相乗効果を狙います」
「なるほど」
「更に抗酸化作用のあるトマトのリコピンは、油と一緒に摂ると吸収率がアップし加熱調理で効果が高まるので効率よく素材を生かします」
「勉強になる」
あと舞茸があったのでソテーにして付け合わせる。
「舞茸はキノコキトサンがあって脂肪吸収を妨げるので、お肉と一緒に食べると罪悪感がなくなるんですよ。キノコ自体も低カロリーで代謝を助けて脂肪燃焼しやすくなるから一石二鳥です!」
「うっうん⋯⋯」
「ヴィクトリア様だけでなく、国の騎士として毎日鍛錬しているダンレイル様にも召し上がって頂き疲労回復して貰いましょう」
「そうだな」
デザートのカボチャプリンは蒸したカボチャを潰してペースト状にする。卵と牛乳、砂糖を入れてひと煮立ちさせ、ペースト状にしたカボチャを入れてから裏ごしして容器に移してオーブンで蒸し焼きにする。
「ロリス料理長、カボチャ自体にβカロテンやビタミンC、Eが多く抗酸化作用に便秘改善、免疫も上げて低カロリーだから積極的に摂りたい野菜です。甘いカボチャは砂糖も少ない量で十分美味しいからヘルシーなので」
「覚えることがいっぱいだな」
カボチャの種の端に包丁を入れていく。
「カボチャの種も食べるのか?」
料理長はギョッとした顔をする。
「乾煎りして皮を剥くとナッツ感覚で食べられるので、プリンのアクセントに飾り付けます」
カボチャの種には葉酸や亜鉛があるので、身体をつくる成分がいっぱいなのよね。
捨てるなんてもったいない。
まぁ食べなくても畑に植えたらまた出てくるから、無駄のないステキ野菜ですよね。
女性として体温を測って月の周期を確認しつつ、食事と運動の両輪で無理なく健康的になるのが目標ね。
思春期時代にダイエットなんて修行みたいな苦行をすると必要な所に栄養がいかないから肌も骨もボロボロになる。ホルモンバランスも乱れてしまう。
お年頃になってキレイな令嬢であるために、まずは土台の身体作りを意識しないとね。
何はなくとも食事よね!
テーブルにできた料理を並べる。
「ロリス料理長もお味見して下さい」
料理長は一口ずつ味見をしていく。
「一見普通のメニューだと思ったんだがな。こんなに野菜の特性を考えて作ったことはなかった。普段の材料で相性をみながら作れるよう、やらないといけないんだな」
最初は怖い顔だったけれど、料理を見て何か腑に落ちたようだった。
「ただ作るよりも野菜の組み合わせを意識するだけで身体の影響は違うんですよ」
「分かった。ただ、お前さんの料理には問題点がある」
え?味は悪くないはずなんだけど。
「盛り付けがなってない。もっと立体的に多彩な色を出すように盛り付けるんだ」
神殿の食堂じゃ、美しく盛り付けるよりも如何に同じ量を全員に配分できるかって所に神経を使っていたから、慣れていないのよね。
毎日が学校給食みたいだったから。
確かにお貴族様にお出しするには盛り付けはなっていない。
「じゃ教えて下さい」
ロリス料理長はにやりと笑い手直しする。
「エイル、カボチャプリン美味しいよこれ!」
ヴォン・ヴォニエールさん!?
「って味見じゃなくてまるっと全部食べないで下さい!また作らないと。ヴォンさん食べ過ぎ⋯⋯」
やけに静かだと思ったら、お茶目につまみ食いしてるし。
何感動してるんですか!
「ヴォニエール様は客人だからいいんですよ。また作ればいいんですから」
匂いにつられてキッチンにやって来たダンレイル卿がなぜかヴォン・ヴォニエールの肩を持つ。
貴族の序列が物を言うんですものね、この異世界。
仕方ないですよね。
分かります。
いや、でも作り直すのはわたしですよね。
ダンレイル卿とヴィクトリア嬢が食堂の席につく。
とりあえず出来上がったものは食堂のテーブルに料理を並べていく。
気を取り直して。
「どうぞ腹八分目で召し上がれ」




