1 狂気の医術師
有休休暇0日目
「エイル・オーデルハイヴってあんたか?」
宮廷の静かな食堂にいたわたしに、中央神殿の副神殿長レティリウス様が突然声をかけてきた。
赤みの短髪に褐色の瞳の傍には泣き黒子がある美丈夫は、挑発的な出で立ちでわたしの背後に立っていた。
わたしは少し警戒した。
「違います」
「なんや、えらいつれないなぁ」
違うって言うのに、まだ話しかけてくる。
確信してるということか。
このライムグリーンの髪は珍しいから、一発でバレて困るのよね。金色の瞳もあまりない色だし。
特徴も何もない性格なのに、この容姿で覚えられて⋯⋯。
「多方面で噂になってる子みたいやからちょっと気になったんや」
「ナンパはお断りです」
多方面?多方面って何?どこ方面でしょう。
わたし、宮廷のしかも皇帝陛下の診療しかしていませんが。
「戦慄の治療する狂気の医術師って言われとるみたいやん。平民あがりも珍しいし」
それは何でしょう?
狂気の医術師って誰のことですか?
あれですよね?恐ろしい治療やっちゃう人でしょう?
戦慄?そんな変な治療を提案した覚えはないんですよ。
なんなら人畜無害だし。
「わたしは根拠のある治療しかしない主義なんですけど」
さっきから戦慄だとか狂気だとか失礼極まりないんですが。
平静を装いながら、頭の中を整理する。
特徴も何もない性格のわたしが、なぜ戦慄させるの?狂気ってどういうこと?
ちょっと、ちょっとちょっと。
狂気の医術師とか失礼すぎでしょう。
「なんや、もっと恐ろしい感じの子かと思ったら、えらいべっぴんさんやな」
何が面白おかしいのか、わたしの顔を覗きこむ。
待って。
待て待て。
わたしは普通の診察と治療をしただけですが、何か?
日本じゃ、ちゃんと医師免許とったわよ?
神経すり減らしながら治療だってしてたわよ?
臨床経験だってちゃんとあったわよ。
生まれ変わって二十年、手術は年齢イコールブランクではあるけど、技術を落とさないように練習はしてるし頭はしっかりしてるわよ。
おかしな治療とか言わないでほしいんですけど。
⋯⋯なんて思っても自分より高貴で身分も高い人に反論したくてもできない。
言葉をぐっと飲み込んだ。
「どこであんな治療知ったんや?」
「わたしは西方神殿の末席を汚す身なんで、よく分かりません」
「何言うとんねん。宮廷に召喚されといて。んで、陛下は病気なんやで。多飲、多尿で身体から糖が出てる糖尿病やと思とる。せやのに飢餓療法があかん言うんは何でや?」
今日は西方神殿の神殿長にも咎められ、中央神殿の副神殿長にも目を付けられて、厄日だわ。
ラフメイコス皇帝陛下は口渇がひどく、水分をよく摂られ、頻回にトイレへ行かれている。
東方神殿提供の尿検査でも糖がおりていた。
今までの食事内容は高カロリーでワインも浴びるように飲んで一日五食なのだから食べ過ぎのカロリーオーバー。
事務仕事が中心だし、運動不足によって体型もぽっちゃり。
持病は糖尿病で間違いないと踏んでいるのだけど、何せ他の神殿医術師達と治療方針が合わなかった。
「飢餓療法はだめです。出来れば食事と運動と薬を使って治療する必要があります⋯⋯」
わたしは食事と運動と薬物療法が大切なんだと言いたい。
前世の知識を武器にして、この世界の常識ごと覆してやろうじゃない。
最初はそう思って奮起した。
でもね⋯⋯。
「それで何で豚の内臓が好きなんや?欲しいってどうするん?」
「違います」
わたしはキリッと睨みつけた。
心外だわ。
わたしが内臓好きみたいに言われたら、ビックリするじゃない。
焼肉ならホルモンは食べるし好きよ。
好きな男性のタイプは内臓がキレイな人よ。
確かに内臓好きには違いないのかもしれない。
ただ誤解しないで頂きたい。
語弊があります。
わたしが欲しいのは⋯⋯。
「豚の膵臓です。豚の膵臓をご用意して頂きたいと申し上げたんです」
「やっぱり内臓やん!!」
レティリウス様は引きつった顔をして一歩下がる。
「膵臓です。膵臓の中にインスリンという血糖値を下げる成分を抽出して薬にするのですが⋯⋯」
インスリン自体、現代日本でも百年前に誕生した近代の治療だ。大正生まれのおじいちゃんと同じ年。
今でこそ糖尿病治療といえばインスリンってくらいメジャーだ。
けれど、この異世界は医療が残念すぎた。
錬金術はやたら発達しているのに、錬金術と医療の連携がとれていないせいで医療器具から残念なものばかり。
神殿医療は治療とは名ばかりの自然治癒頼みが多い。
「基本、身体から糖がおりとる時は飢餓療法やろ」
「でもそれでは飢餓療法だと栄養失調になって死期を早めることになりまして」
飢餓療法はわたしが前世にいた世界でも治療の一貫として実際に行われていた時代があった。
飢餓療法は水分だけを口にするほぼ絶食を治療とする考え方の治療だけど、治療とは名ばかりで何より飢餓療法をした所で栄養失調で治るどころか死んでしまう。
だから糖尿病は不治の病と言われているのだけど。
「食べ物を食べたりしたら血糖値が上がって余計に症状が悪化するでしょう。それより不死の妙薬に期待した方がいい。わたくし共も各地方の神殿から不治の病の治療にもっと良い治療はないかと知恵をお借りしている立場ですが、さすがにあなたの治療は⋯⋯」
中央神殿医術師の女性神官長、ピンク髪の知的美人のネフィラ様も気味が悪いと言いたげだ。
糖尿病という不治の病の治療に中央神殿も手をこまねいているようだから、わたしの知識で助けられたらと思っただけなのに。
どうして奇異の目で見られないといけないのよ。
今の皇帝陛下の病状はインスリンがあれば万事解決するのに、もどかしい。
この世界の技術ではヒト由来で作られたインスリンを手に入れるのは難しい。
現代日本で使われているインスリンは副作用が起こらないよう大腸菌や酵母を使って遺伝子組み換え技術で作られている。
でもこの世界でまだ遺伝子組み換え技術を治療に使っている神殿はまだみたことがない。
ならば、副作用のリスクはあるけれど、発見当時の手法でインスリンを手に入れるしかないでしょう。
なのに、周りからの理解は得られないし、勝手にやっちゃうと殺されかねないし。
せっかく留置針として使える針があるから点滴をして脱水予防や電解質コントロールをしたかったけど、それにも待ったがかかった。
針を刺すこと自体、禁忌だとか言い出す人がいたからだ。
なんだかんだで、わたしお手製、水と砂糖・塩、飲みやすくレモンを絞った経口補水液でコントロールする形で折り合いはついたけど。
「それに病気とは関係ない足の赤みにうじ虫を寄生させるとか信じられないっす」
中央神殿の神殿騎士のトップ、青髪で垂れ目な体育会系爽やか男子、クラウディオ様が横槍を入れた。
その治療にも待ったがかかるのね。
「それはマゴット療法といいまして⋯⋯」
「ちょっと奇抜すぎるし、気味が悪いのを陛下に提示するのはどうかと思うっす」
「衛生的にどうなんでしょうね」
「田舎から来た平民の者にちゃんと教育できてんのか!?」
うぅっ、神殿長まで馬鹿にするのは性格悪いんじゃない!?
しかも田舎だ平民だとか差別!!
「それもですね!!」
もう、わたしの非常識感が半端ないし、聞く耳を持ってくれない。
わたしは負けじと反論するが、中央神殿上官トリオはワイワイ盛り上がってわたしの声は届かなかった。
ちょっと、人の話し聞いて欲しいんですけど。
挙句に⋯⋯。
「くだらんこと言うてないで、病気のこともうちょっと勉強しぃや」
「西方神殿長も何をお考えでこのような変わり者を召し上げたのやら」
「まともな医術師を他に連れて来て欲しいっす」
あからさまな侮蔑の眼差しを向けてくる。
医術師としての信頼など到底ないと言いたげだ。
現代日本の医療に共通認識がないとこんなにも否定されるのね。
この世界で現代医療はかなりドン引きらしい。
現代医療の常識は異世界の非常識。
よく分かりました。
マゴット療法だって、今や立派な治療法なのよ。
衛生的にって言うけど、無菌で育てるの大変だったのに。
インスリンさえ手に入れば飢餓療法なんてしなくてもいいのに。
中央神殿のコネと権力と財力かあれば材料も人手も集められる。
そうすれば完治はできなくても寛解して食事だってできるはず。
前世は現代日本で生活していた経歴をもつわたしに言わせれば、不死の妙薬なんて方がお目にかかったことないわよ。
そっちの方が怪しい治療だっていうのに。
「とりあえず、ヘルメス筆頭神殿長には報告しとくわな。あんまり強烈な治療して陛下の具合が悪なったら、首と胴がお別れすんで」
「それには及びません。今日、故郷に帰るよう言われたので。これ以上ご迷惑をおかけすることはないかと」
「そうか。気いつけて帰りな」
「最後に一つ質問なんですが」
「なんや?」
「ネズミの頸動脈の外径を縫える人ってこの神殿にはいらっしゃいますか?」
中央神殿上官トリオがサーッとドン引きしていったのが分かった。
周りの人を見返すと、その場の空気は思っていた以上に凍りついていた。
変な質問をしたつもりはないんだけど。
なぜ?




