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大公の愛人の娘  作者: 知香
第一部
9/23

9.私は大人になりたい

 翌朝、目が覚めると私の手には何も無く、エミルは寝室から居なくなっていた。秋の朝のひんやりとする乾燥した空気が室内に漂っていて、家の中に人が起きている気配がしなかった。寝室から出て居間を覗くと、エミルは小さくて使い古したボロボロのソファの上でスースー寝息を立てて眠っていた。何も寝具を掛けずに、代わりに着てきた外套を体に掛けていた。


 ソファの脇にしゃがんでエミルの寝顔を眺めた。寒いのか両腕を組んで丸まる様に眠り、規則正しい寝息に合わせて胸が上下していた。

 寝顔は綺麗だった。綺麗な中間色の瞳は閉じられて見れないけれど、鼻がすっと通っていて、まつ毛も長い。髪は金髪が少し混じった明るい茶髪。よく見れば小さな傷痕が幾つかあった。剣の稽古でついた傷だろうか。


「エミル……ありがとうね」


 里帰りをエミルと出来て良かった。エミルでなければ温かい夜を過ごせなかったし、こんなにもすっきりとした朝を迎えられなかっただろう。


「母とフリッツがこのソファでイチャついてたかもとは思わなかったのかな……」


 知ったら顔を青くしそうだから黙っていてあげる事にした。




 私達はエミルが起きた後に隣家から貰った朝ご飯を食べ、直ぐに家を出た。私の里帰りはこれで終わりだ。


 大公城に戻ると、フリッツに「話がある」と言って母の部屋のソファに案内され、横並びに座って話をしてくれた。

 ずっと一緒だったエミルも部屋の入り口に立っていた。


 昨日私の乗った馬が暴走した件についての話で、その暴走は故意に行われて起きた事だったそうだ。私が乗る馬に吹き矢を吹いて馬を驚かせ、練習場の出入り用の門を開け放して私が落馬なり怪我でもする様に仕向けたのだとか。それらを行った犯人は既に捕らえたが、その犯人に依頼をした者はまた別に依頼主がおり、計画をした黒幕まで辿り着くのは難しいそうだ。なので私に怪我をさせ田舎に帰る事を企んだのか、もしくは命すらも狙った事なのか、その詳しい目的までは分からないと言っていた。でも、おそらくヴィゲリヒ家の者ではないかと思っており、私に怪我を負わせる事で塔内で厳重に警備されている母が自ら城から去る様に仕向けたかったのではと。そしてそこまで追及出来ず力が及ばない事を謝られた。

 私はただの平民だ。平民の小娘に大公が謝るなんて、あり得ない事だ。


 私が里帰りしている間に犯人を捕まえてくれていた。きっと里帰りさせたのもこれがあったからなのかもしれない。フリッツがエミルに指示したのだろう。同行者としてエミルを選んだのも、私と親しいのを知っていたからだ。そして、エミルへの信頼もあったのだろうと思う。

 部屋の入り口に立つエミルをちらりと見た。エミルは私の視線に気がついて僅かに笑ってみせた。それで私の予想が当たっているのを確信した。


 でも、寝る時に手を繋いで貰った事は絶対に言わない様にしようと思った。


 さらに家庭教師についてもデボラ夫人をクビにしたそうだ。新しい家庭教師をつけると言った。

 デボラ夫人はヴィゲリヒ家の手の者では無かったが、平民の私に対して偏見があり、また自分より身分が下の平民が大公に特別扱いされ城で贅沢に暮らしているのが気に食わなかったとか。貴族が平民に対して下に見るのは何も珍しい事では無い。寧ろ平民の小娘にこんなにも優しいフリッツの方が変わっている。

 貴族と平民という身分がある限り上下関係が生まれ、それによりどうしても偏見も生まれてしまうし、躾だって必要な時があるだろうが、だからと言って体罰の度を越していたのでクビにしたそうだ。きっとフリッツはエミルから報告を受けていたのだろう。母には手の甲以外鞭の痕を見られた事は無いから。


 一緒に話を聞いていた母は、泣きながら私に謝った。「自身の事でいっぱいいっぱいになって、ランの事を気に掛けてあげられなかった」と、「ごめんなさい」と。

 結局、私に迷惑を掛けていると思っている母に迷惑を掛けない様にしていたのに、母に悲しい思いをさせてしまった。


 私は里帰りした昨夜、エミルに言われた事を思い出していた。


 “生まれてくる子を養って育てて独り立ち出来るまでの責任が持てるのか”


 私はまだ独り立ち出来ていない。つまり母が責任を持ってくれているのだ。ちゃんと責任を持っているからこそ、気に掛けてあげられなくて不甲斐ない母だったと自分を責めているのだ。

 母ですら完璧な親で居られないのだ。それなのに私に子を育てられる訳が無い。辛くて逃げたくて堪らなかった私は、結局里帰りと言いながら大公城から逃げた。私が母の立場だったら母の様に子に謝れただろうか。もしかしたら子を責めてしまったかもしれない。薄情だと思ったかもしれない。

 そんな私に、まだ子育てなんて到底無理だろう。


 私は母に愛されている。それがよく分かった。そしてフリッツにも大切にされている。


 大人になりたいと思った。二人への恩返しは、きっと大人になる事なんだと思う。大人になって、「もう責任は自分で取るよ」と言える様になる事なのではないだろうか。そしていつか、母の様な親になりたいと思う。



 それから私は真面目に教育を受ける様になった。新しい家庭教師は鞭で叩かないので叱られても心が折れずに居られたのも大きいだろう。物覚えが良い方では無いので少しずつではあったけれど、家庭教師に褒めて貰える事もあった。


 そしてその翌年、母が出産をした。父は違うけれど、私に年の離れた可愛い弟が出来たのだ。




以上で第一部は終わりです。

次からの第二部もお読みくださると嬉しいです。


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