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大公の愛人の娘  作者: 知香
第一部
7/23

7.二人旅の里帰り

 護衛に連れられて私は町の騎士団の詰所にやって来た。そこで城に連絡を入れる為に護衛は伝達係を城に向かわせた。私は詰所の隅のベンチに顔を伏せて座っていた。詰所に入るなり多くの騎士にジロジロと見られたからだ。何を言っているのかまでは分からないが、コソコソと私を見て話しているのを感じ取っていた。「あれが大公の愛人の連れ子だ」とでも言っているのかもしれない。


 私がやって来た町は領内で最も栄えている大きな城下町だ。私が生まれ育ったカストル村の近くの町なんかよりずっと大きく、往来を行く人々もずっと多くて活気があった。騎士団の詰所がある位だ。勿論田舎のカストル村の近くの町に騎士団の詰所なんて無い。

 町がどんな所なのか気になりはしたが、詰所の騎士の視線の方が気になってしまい、窓の外を見る気にもなれなかった。


 暫くした頃、「ラン!」と聞き覚えのある声で名を呼ばれた。顔を上げて見るとやはりエミルだった。駆け寄って来たエミルは急いで来てくれたのか息を弾ませていた。


「怪我はしなかったのか」

「大丈夫」


 エミルは私の体を見回して確認するとじっと顔を覗いてきた。


「顔色が良くないな」


 言われて視線を下げてしまった。

 馬が暴走して怖い思いをして、さらにこの騎士団の詰所で居心地の悪さを感じずっと俯いていたのだ。顔色も悪くなるだろう。でもそれを言葉には出来なかった。他の騎士達に聞かれるのが嫌だった。


「……ラン、帰るか」


 帰るという言葉に余計に気分が沈んだ。詰所は居心地が悪いが、私の帰る場所である大公城もたいして変わらない。エミルが迎えに来てくれた事は嬉しかったが、城に戻ればまた叱られるかもしれない。こんな騒ぎを起こしてしまって、デボラ夫人で無くとも乗馬の講師の方に叱られ、丁寧に教えてくれていたのが私に失望して態度が変わってしまうかもしれないと思うと怖かった。


「カストル村に帰ろうか」


 思ってもみなかった名前が出てきて直ぐに反応出来なかった。それだけ予想外の提案だったのだ。


「……カストル村?」

「ああ。この間帰りたいって言ってただろ?ずっとは無理だけど、ちょっと里帰りしてみるのはどうだ?大公様にも許可は取ってあるぞ」


 既に許可取りまでしてあった。


「いつ……?」

「これから」

「このまま?」

「このまま」


 そんな急に里帰りなんてして良いのか。フリッツの許可は取ってあると言っていたが、母に事前に言わずに勝手に良いのだろうかと不安になる。

 それでもこのまま城に戻るのは怖かった。また叱られるのかと思うと足がすくんでしまう。反対に里帰り出来ると思えば胸が期待でワクワクとしてくる。


「本当に良いの?」

「良いぞ。ちなみに俺との二人旅になるけどな。不安か?」

「ちょっと」

「正直者だな」

「嘘よ。エミルなら安心だわ」


 エミルは私の頭をグシャグシャと撫でてニッと笑い「じゃあ決まりだな」と言った。



 エミルにちょっと大きな外套を着せられると、騎士団の詰所を出てエミルが乗って来た馬に乗せられた。恐怖心が無い訳では無かったが、エミルが直ぐ後ろに跨がると不思議な安心感があった。

 町の中をゆっくりと進んでくれた。町の様子が眺められて嬉しかった。誰かに指をさされる事も無かった。馬に乗っている人が他にもいるし、あちこちに騎士がいるからエミルが浮く事も無かった。

 町を出ると街道が真っ直ぐのびていた。それに見覚えがあった。この道を通って私はカストル村から大公城に来た。この道を戻ればカストル村に着くのだ。


「エミル。スピードをあげても良いよ」

「怖くないのか」

「風が気持ち良いから走りたい気分なの」


 里帰り出来る期待からか、無性に走りたいと思った。


「怖くなったら言えよ」


 そう言って馬を走らせてくれた。走ると体が大きく揺れた。でも怖さは無かった。こんなにも気持ちの良い風を感じる事が出来る。歩いている人をあっという間に追い越して行く。

 川に架かるアーチ橋を渡る時は、駆け上りながらそのまま飛んでしまいそうな位の浮遊感と爽快感を感じた。大きな川を渡るのは遠くまで来たと、生まれ育った村の近くまで来たのだとも感じて嬉しくなった。水面の輝きが余計にキラキラとして見えた。


 走ったおかげで以前この道を通った時よりも早くカストル村近くの町までやって来た。いつも収穫した農作物を出していた市がある町だ。ほんの数カ月前なのにとても懐かしく感じる。

 しかし私が懐かしさを感じるのとは反対に、村の人々からやたらジロジロと見られた。


「フード被っておけ」


 エミルにグイッと外套のフードを被せられた。


「私達、見られてるの?」

「この町は田舎だからな。騎士団の制服も見慣れないし、女が上等な乗馬服を着ているのが珍しいんだろう」


 そうか、ここは城下町とは違うのだ。騎士団の詰所だって無い。この町に来る貴族だって少ない。頻繁にこの町に来ていたが、私は乗馬服を着た女性を見た事は無かった。


「変に金目当てで襲われても困るからもう町を出るぞ」


 エミルは馬を走らせた。あまり大きくない町を馬は通り過ぎた。懐かしさは一瞬だった。母と連れ立って訪れていた店も顔見知りの人がいる家も何も見られなかった。


 母と荷車を引いて歩いた道は、馬で走ると直ぐだった。


 久し振りに見た我が家は、変わっていない様で雰囲気が変わった様にも思えた。夏の間手入れをせずに放置された庭や畑には雑草が生い茂り、冬を目前に枯れ始めていた。寂れた雰囲気がどうしてもあったのだ。

 エミルに馬から降ろして貰うと足がガクガクとした。エミルが馬を木の幹に括り付けている間に、頑張って足を動かし雑草を踏みしめて家の前まで歩いた。


 家の裏手にはあの木が風に吹かれてザワザワと音を鳴らし、枯れた葉を地に落としていた。

 あれ?と思った。この木はこんな感じだっただろうか。大公城の塔のそばにある同じ木よりもずっと大きいと思っていた。けれど、同じ大きさに感じた。それと同時に家もとても小さく感じた。こんなにもこじんまりとしていただろうか。


「家に入らないのか?疲れてるだろ」


 呆けて立ち尽くしていた私を不思議に思ったのか、エミルがそばに来て言った。


「ああ、鍵か!入れないよな。悪い悪い」


 そう言って懐から鍵を取り出して、家の扉の錠を開けてくれた。鍵の事なんてすっかり忘れていたけれど、エミルはそれもちゃんと準備してくれていた。フリッツに許可を取ってくれていた事もそうだが、今日私を騎士団の詰所に迎えに来た時、既にここに連れて来る事を決めていた様だった。


 家に入ろうとした時、「ラン!」と名を呼ばれた。隣家の幼馴染が走ってやって来た。


「あなた、帰って来たの!」


 私の両腕を痛い位に掴んで驚いた顔をした。そして私の頭から爪先までをチェックする様に見て、最後に両頬を挟み顔をじっと見つめてきた。


「……大公様の所に行ったって噂は本当なの?」

「……まあ、そう」


 感心するようにはーっと言うと頬を撫でられた。


「綺麗になったものね」

「綺麗?私が?」

「日焼けが少し取れて肌が明るいもの。髪も伸びて大人びた感じ。着ている物も上等だわ」


 確かに今年の夏は畑仕事をしなかった。殆どを城の塔の中で過ごして日に当たっていない。ずっと短かった髪も貴族令嬢に倣って伸ばしていた。


「それで、この人は?」


 チラリとエミルを見上げて言った。聞きたい事が沢山あるのだろう。その後もあれこれと沢山聞かれたので、フリッツが大公である事、母がフリッツの愛人になった事、大公城で暮している事を話した。フリッツが大公である事を話した時は青い顔をしていた。なにせ、散々母との事で近所の皆とからかっていたのだ、大公様とは知らずに。「フリッツは咎を受けさせたりはしないよ」と代わりに言ってあげた。

 


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