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大公の愛人の娘  作者: 知香
第一部
5/23

5.騎士の戦いと女の戦い

 今日はエミルに誘われて騎士団の見学に来ていた。年に一度の剣闘大会が行われるのだそう。


 大公領の騎士団は他の領地に比べ規模が大きいらしい。訓練も厳しいし人数も多く給料も良いとか。広い領地を守る為に必然的に規模が大きくなるのだろうか。貴族の間では銀狼騎士団と呼ばれていると聞いた。銀色の揃いの鎧に圧倒的な強さを誇る事からそう呼ばれているそうだ。


 剣闘大会の開会式でフィンが宣誓をしていた。フィンは騎士団の団長だ。そしてフリッツとは乳兄弟だと言っていた。さらに奥様はフリッツの妹。大公令嬢であったフリッツの妹は、幼い頃から想いを寄せていたフィンに猛アタックをして、五年前に念願叶い結婚をしたそうだ。一女と生まれたばかりの一男を授かった。大公夫人の脅しに使われてしまったあの嫡男の事だ。

 フリッツの妹が他領に嫁ぐ事無く大公領を出なかった為、生まれた男児は大公の後継者となり得る。それはヴィゲリヒ家にとっては邪魔でしか無いだろう。フリッツの妹がフィンに想いを寄せていたのは昔から周知の事で、結婚前も縁談話を散々に持って来て他領に嫁ぐ様促していた。しかしフリッツの妹はそれに対抗してフィンとの子を身籠り、結婚をせざるを得なくしたのだ。


 女の戦いか。なかなか凄い事だ。

 フィンは平民の私にも丁寧に接してくれる紳士だ。高貴な令嬢の貞操を婚前に奪ってしまうなんて事とてもしそうに無いのに、意外とやる男だった。まあ、フリッツの妹が迫ったのだろうけど。なにせフリッツの妹なのだから。フリッツの妹の覚悟に応えたのだろう。そこには私には分からない愛があったのかもしれない。推測だけど。


 フィンの宣誓で盛大な拍手が起こる。これから剣闘大会が開幕する。観客の期待値が現れている様な拍手だった。


 私と母は城の一室のバルコニーに設けられた観覧席に座っていた。周囲には護衛がいる。彼等は大会には参戦しないらしい。参戦するのは若い騎士が多いのだとか。

 私達の観覧席から離れた部屋の高い所にある広いバルコニーにフリッツと大公夫人が座っている。その横には娘が居り、反対側にフリッツの妹が座っている。遠目だけれど大公城に来て大公夫人とフリッツの妹を初めて見た。私達は塔から出ないので顔を見るのは初めてだった。視力は良いがさすがに離れ過ぎていて表情等よくは見えない。フリッツの妹はフィンの宣誓に前のめりになって拍手をしているので、結婚をして数年経っても変わらずにフィンの事が好きで仲が良いのだなと思った。

 私と母の席を見ても明らかに待遇の違いを感じる。愛人、特に平民出身のという事でこの距離があるのだろう。これが貴族出身の愛人であれば違ったのではないだろうか。

 ちらりと母を見ても控えめに座っているだけだ。母からはフリッツの座っている席の隣に行きたい気持ちは感じ取れない。羨ましいとか、奪いたいとかも無い。自分の分をわきまえているのだろう。

 剣闘大会はヴァイエルン大公領のお祭りの一つらしく、平民も観覧が可能で、開催されている大公城の一画の出入りが自由となり、城を出て堀の周囲には屋台が多く出ている。田舎で暮らしていた私はこんなお祭りがあった事を全く知らなかったが、城の近くで暮している人には楽しみにしている行事の一つなのだろう。その平民達は決められた一区画への出入りが自由でも、私達の様に城の中へは立ち入れない。城の高い所に観覧席を設けて貰い優雅に観覧出来るのは、愛人だからだ。そう思えば身に余る待遇だと言えるだろう。


 剣闘大会が始まると歓声が凄く、大層盛り上がっていた。しかし大公であるフリッツが愛人を迎えたという話は平民にも広がっているのか、こちらを見上げてくる人が大勢いた。注目されるのは居心地が悪く、試合を見て欲しいなと思ってしまう。試合の邪魔をしてしまっている様で少し申し訳無くも思う。


 私達の護衛をしてくれる騎士は限られているので、知っている人は少ない。そんな中エミルが登場した時は嬉しくなって「次エミルよ!」なんて言って母の袖をクイッと引っ張ってしまった。

 エミルは試合開始からガンガンに攻めてあっという間に勝ってしまった。こんなに強かったのかと吃驚した位だ。エミルは勝った後、こちらの方を見上げて手を振ってくれた。つられて私は手を振り返した。そうしたら幾人かの視線がこちらに集まってしまった。その顔が目が向けられている事にビクッとして、慌てて手を引っ込めた。余計な事をしてしまったかもしれない。

 でも次に騎士団長であるフィンが登場してきて大きな歓声が上がったので、直ぐに皆の視線から開放された。それにホッとした。心の中でフィンありがとうと思った。


 剣闘大会は総じてとても盛り上がっていた。優勝したのは私の知らない人だった。フィンは決勝戦でその人に負けてしまった。団長だからと忖度は一切無いらしい。エミルは準々決勝で負けてしまった。騎士団には強い人が沢山いるのだとよく分かる大会だった。エミルは初戦の後以外、私に手を振る事は無かった。もしかしたら気を遣ってくれたのかもしれない。


 試合が終わっても私と母は暫く観覧席に座っていた。皆に見られるから席を立ちたかったが、フリッツや大公夫人が観覧席に留まり領民に手を振ったり試合に出た騎士達に慰労の拍手をしていたから、席を立つのが憚られた。

 する事も無く母と大人しく座っていると、エミルがやって来た。


「屋台飯食うか?」


 ついさっきまで試合をしていたとは思えない軽い感じで屋台で買って来ただろう肉串を差し出して来た。まあ、エミルは準々決勝で負けているけれど。


「食べて良いの?」

「平気だろ。貴族だって自由に買い食いしてる」


 そうなんだと、エミルから肉串を受け取って齧り付いた。


「美味しい」

「だろ?」


 ナイフやフォークを使わずにこんな風に食べられるなんて、実際の味以上に美味しく感じた。


「試合おつかれさま」

「まあ、途中で負けたけどな。決勝戦まで行きたかったな」

「でも凄かったわよ」

「どうも」


 エミルとそんな話をしている間に、フリッツや大公夫人の姿が見えなくなった。それに気がついた母が「私達も部屋に戻りましょうか」と言った。まだ肉串を握っていた私は「直ぐに食べ切るわ」と言って口に肉を詰め込んだ。エミルに「リスみたいだ」と笑われたが必死に顎を動かして飲み込んだ。


 私達の観覧席となっていたバルコニーがある部屋から出ようとした時、その部屋の前を大公夫人が通った。

 まさか通るとは思わなかった。何故通ったのか。私達がこの部屋のバルコニーで観覧していた事を知らなかったとでも言うのだろうか。たまたま偶然か。もし故意に通ったのだとしたら、私達を見る為だろうか。

 大公夫人は目を細めて流し目でちらりとこちらを見た。その目は鋭くて、一瞬で体が固まった。


「下賤ね。拾い食いしたのかしら」


 その声は淡々としていて冷たかった。

 大公夫人は高貴さを感じさせる堂々とした姿勢で目の前を歩いていった。その後ろを数人の女性がついて歩き、「頭を下げなさい」「マナーがなっていない」と言った。私と母は慌てて頭を下げた。大公夫人の登場に動揺してすっかり忘れてしまった。

 下げた頭の上で「どんな食べ方をしたの?」と言われ、クスクスと笑われた。

 大公夫人御一行様が去ってから頭を上げると、母が私を振り返った。


「ああ……肉串のタレがついているわね」


 どうやら私のせいで笑われてしまったらしい。母はハンカチを取り出して私の口周りを拭いてくれた。


「悪いな……俺のせいだな」


 エミルが私に謝った。でもその謝罪が余計に私を惨めにした。


 私のせいで下賤扱いされ母にまで恥をかかせてしまった。それに幼児でも無いのに母に口周りを拭いて貰うなんて。

 そしてエミルは私を喜ばせようとしてくれただけだったのに、謝らせてしまった。私が食べ方に気をつければ良かっただけなのに。食べた後に口周りを拭けば良かっただけなのに。

 どんなにマナーを家庭教師から教えられても、結局全然身になっていないのだ。私は綺麗な服を着たただの平民でしかない。



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