19.煙は立たないのよ
「そう言えば、事件後エミルとは話したか?」
大公に突然そう言われて、瞬きをした。
「ここ数日はエミルとは話していませんが、何かあるのですか?」
大公は頭を掻いて「あー」と少し言いづらそうにしていた。
「まあ、何だ。俺が原因で誤解させてしまった所もあるから、一応フォローしておいてやろうかと」
「フォローですか?」
「その死んだ使用人とエミルの事だけどな」
「密会する様な仲でしたよね。エミルは落ち込んで無いですか……?」
「うん、まあ、その事なんだけど」
大公は態とらしくゴホンと咳払いをした。
「密会は芝居だ」
「芝居、ですか?」
「この塔の使用人にヴィゲリヒ家の手の者が入り込む事もあり、比較的若くて平民の女からも人気で顔も良いエミルに、新しく配属となる者に探りを入れさせている。疑いがあれば継続的に監視する為に接触もさせていた。ランはたまたまその現場を見たと言う訳だ」
私が女誑しと勝手に呼んでいた行動には、こうした理由があったとは思いもしなかった。口説いているのだと思っていた。実際ハンナもそんな事を言っていたから。エミルは確認する為に声を掛け、疑いがある使用人には継続的にコンタクトを取ったから、死んだ使用人は何度も会話をした為に仲が良くなり親しげに見えたのだろうか。反対にハンナの様に声を掛けられた事が無いと言っていた使用人は疑わしさが無かったと言う事だろう。
それでエミルはあんなに必死に「誤解だ」と言っていたのだ。話していた内容は言えないと私に言っていた。それは大公からの指示だったからなのだろう。
「そうとは知らずにエミルが使用人を口説いて困っているとか、塔の秩序が等言ってすみませんでした」
「知らなかったのだから仕方ない。不安にさせると思い伝えていなかったからな。だが実際疑いのある使用人が事件を起こしたのだから、事前に伝えておくべきだったかもしれない。そうすれば用心する事も出来ただろう。勿論護衛には伝えてあるが、着替え等女性しか立ち入れない場所は警護も出来ないからな」
今思えば、私の試着にあの使用人がついてきたのは私に嫌がらせをする目的でだったのかもしれない。ドロテーアについてきた使用人が多かったのも、もしかしたらあの使用人の犯行を隠す為だったなんて事もあり得るのではないだろうか。ヴィゲリヒ家の使用人皆が共謀していて、ドロテーアだけ知らなかったとか。
しかし全て想像だ。何も証拠は無い。唯一真実に辿り着けそうだった容疑者の使用人は死んでしまった。
大公は私の膝の上でスヤスヤと寝ているフェルを抱き上げた。優しい顔をしている。息子が可愛いのだろう。
「まあ、そんな理由で特にエミルは落ち込んではいないから安心しろ。別の意味で気落ちはしているがな」
「気落ちはしているんですね」
「死んだ使用人に懸想していた訳じゃないぞ。まんまと容疑者を暗殺され使用人とヴィゲリヒ家との関係を暴けなかったからな。それはランの危険を取り除けられていないと言う事だから」
エミルが王子様に言っていた『今後のランの身の安全の為にございます』という言葉が頭に過った。
大公は使用人を呼んでフェルを引き渡した。もうこのまま寝かせるのだろう。
大公は私も娘の様に大切にしてくれている。実の娘のドロテーアが嫉妬する位に近しい存在として接してくれている。
だから私を守る為に大公の護衛のエミルを密偵の様に使っている。エミルが私の安全の為に動いているのは、それが仕事だから。命令を受けたから。
そう分かっているのに、私の心は落ち着かなかった。
数日後、大公がエミルを伴ってやって来た。エミルは大きな箱を持っていた。見覚えのある箱だった。王子様から頂いたドレスが入った箱だ。破られてしまったので直しに出しており、それが完了した様だ。
届いたドレスをハンナに着せて貰い、そのゴージャスさに恐縮しつつも本当に高貴なお貴族様にでもなった様な気分になった。良質な生地を全身に纏うのは試着でしたけれど、私の体にピタリと合わせられたこのドレスは紛れもなく私のドレスだ。光が当たっている所の光沢と影の所の陰影が何とも美しい。細かく丁寧な刺繍に、美しく見えるよう計算されたドレープ。この様なドレスを纏う日が来るなんて、平民の私には信じられない事だ。自然と背筋が伸びるようだった。
お披露目をした大公と母はとても褒めてくれた。フェルも「お姫様!」と言ってくれた。
でも大公は「お嫁にでも出す様な気分になるから少し複雑だ」なんて言って、ちょっと父親みたいだった。私が父親と思うのは烏滸がましい事だが、大切に思ってくれているのが嬉しく、擽ったくもある。
王子様が大公城に滞在している時に仕上がっていたら、こんな風に温かな空気の中でドレスのお披露目は出来なかっただろう。大公夫人の反応に怯えなくて済んだ。
パチッとエミルと目が合って、「どお?」なんて感想を求めた。
「……良いんじゃないか」
イマイチな反応。こんな皆が褒めてくれているのだから一緒になってもっと褒めてくれても良いのに。
ああ、と思い出す。
そう言えばエミルのセンスはイマイチだった。毎回ズレたタペストリーを買ってくる男だ。
そんな人に感想を求めた私が悪い。
「まあ、でも、こんな上等なドレスを着る機会なんて無いから、このまま仕舞われてしまいそうね」
「なら、もっと普段にでも着られる服を俺が贈ってやる」
思わず口が空いてしまった。その意味を教えてくれたのは紛れも無く、この男、エミルだ。
つまり、脱がせたいと……!?
「スケベ!!!」
「なんだよ、急に大声で!」
「軽率にプレゼントされるなって言ったのエミルじゃない!」
「俺以外からはな。俺のは受け取っておけ」
「なにそれ。エミルはそうやって女性を口説いていたの?」
「だからぁ!口説いてないって言っただろ!?」
「あら、本当かしら?使用人に対しての誤解は大公様が解いてくださったけれど、王都に行った時は貴族の女性を口説いているとも聞いたわよ」
「なんだよそれ!誰から聞いたんだよ!」
「情報源は秘密よ」
「何故根も葉もない話がランに伝わるんだ!?」
「火のない所に煙は立たないのよ」
「火なんか無いって!」
私とエミルが言い合いをしているのを大公と母が呆れた様に見ていた。こんな上等なドレスを着てこんな風に声を荒げるなんて淑女とは言えないかもしれないが、エミルの軽薄さに言わずにはいられなかった。
一生独身で良いと言えば「俺が貰ってやる」とか、ドレスのプレゼントは「俺のは受け取っておけ」とか。いつもいつも冗談なのか本気なのか分からない事を平然と言う。ただの天然なのか。タラシか。
そうだ、やっぱりエミルは女誑しなんだ。
だから落ち着かない心は、私が耳年増なだけで実際は男性からの思わせ振りな態度や言葉に対して免疫が無いから、そういった事をされると動悸がしてしまうだけだと思う事にして、その根にある感情に気づかない振りをした。
以上で第二部終わりです。
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次回更新は近日中の予定です。暫くお待ちください。




