17.疑念を抱かれた者
アードルフ第二王子がヴァイエルン大公領にやって来て二週間程が経ち、以前王子様に選んで貰ったドレスのお直しが終わったと連絡が来た。王子様に「着て見せろ」と言われたので、私は試着の時の様にドロテーアと一緒に別室に向かった。
試着の時は直しもあったので店の者が着せてくれたが、今回はそれぞれ使用人が着せてくれるらしい。
私にはハンナともう一人、以前エミルと密会してウフウフしていた使用人の二人が付いた。
一方ドロテーアは六人の使用人が付いていた。六人も何用で?と思ったけれど、きっと数が大事なのだろうと思う。私よりも多い数である必要があるのだろう。
店の者が持って来たドレスが入った箱を受け取り、まずドロテーアの箱が開けられた。使用人達からわぁっと声が上がり、「綺麗ですね」「きっとお似合いになりますね」とまだ着てないのに口々に褒め称えていた。
次にエミルと密会していた使用人が私の箱を開けた。ドレスを選んでいる時は大公夫人の顔色を窺って余計な事をしないでくれと願っていたが、実際に着るとなるとやっぱり楽しみな気持ちも生まれてきていた。私もそれなりにお洒落は楽しみたいのだ。
少しドキドキしながら箱の中身を見ようとしたら、使用人が「キャー!」と叫んだ。
「ド……ドレスが……!」
私も叫びそうになった。けれど驚きが大き過ぎたせいか、息を呑んだのみで声は出なかった。
私のドレスが破られていた。胸元をバッサリと。
店の者は「誰がこんな事を……!」と言い、その場にいる使用人達は皆が恐れる様に悲鳴を上げていた。ドロテーアは私と同じ様に驚きながらも声は出さず、息を呑んでいた様だった。
すぐに事の次第を王子様や大公に伝えられた。大公は騎士団に捜査をする様に指示を出した。
ただの私の服であればここまでの騒動にはならなかっただろう。しかし今回は王子様からの贈り物だ。王子様自身もかなりご立腹の様子。
ドレスを持参した店の者は見るからに震えながら立ち、顔は真っ青だ。破れたドレスを納品してしまったのだ。犯人でなくとも確認ミスや管理責任を追及されてもおかしくはない。
「大公女がやったのか?」
しかし王子様は店の者では無くドロテーアに容赦なく疑惑を向けた。それにビクッと体を震わせながらも、ドロテーアは「私ではこざいません」と言った。
「ランに対して嫉妬心があったのだろう?」
「私ではございません」
「殿下!娘がそのような事をする筈がございません!」
ドロテーアを庇う様に大公夫人が出て来た。そして私をキッと睨みつけた。その鋭さに今度は私がビクッと体を震わせた。
「其の者の方こそ疑うべきではありませんか!着る際に不注意で破ってしまったのを人のせいにしているかもしれません!」
「そ、その様な事はございません」
大公夫人の迫力に負けまいと必死に否定した。
「私が箱の中身を見た時にはもう破られておりました。一切袖を通してはおりません」
「ランは違うと言っているぞ」
「では自作自演の可能性もあります!殿下のお気を引こうと、さらにドロテーアに罪を着せる為に芝居をしているのかもしれません!」
そんな馬鹿な。殿下の気を引こうと殿下からの贈り物を傷つけるなんて真似、私には考えもつかない。
ピリピリとした空気の中、騎士が走って戻って来た。そして大公に布で包まれた物を渡し、何事かを報告した。
「室内のテーブルの引き出しに鋏があり、破られたドレスと同じ繊維が付いていたそうです」
大公は布を開き鋏を見せた。布を裁断する用の鋏の様だ。
「着替える部屋に鋏があった事から室内で裁断した可能性が高いでしょう。犯行後に持ち運ぶのが危険と判断して引き出しに隠したと考えられます」
室内までドレスが入った箱を運んだのは店の者で、その後使用人が箱を受け取り箱を開けると破られているのを発見した。
そう考えるといつドレスを裁断したのだろうか。
店の者が室内に運んだ後、誰かが裁断した?店の者や使用人が大勢いたのに?
室内に運ばれる前に実は裁断されており、撹乱する為、もしくは罪を免れる為に態と室内のテーブルの引き出しに隠した?
「大公女」
王子様が再びドロテーアに声を掛け、ドロテーアはビクッと体を震わせた。
「お前はランのドレスの箱に触れてはいないのか?」
「わ、私は一切触れてはございません」
「連れていた使用人に指示をしたんじゃないか?」
「その様な事はしておりません!」
「ふーん」
まさかの使用人に命令していたと疑っていたらしい。確かに六人も引き連れてはいたが、一人一人の行動を分からなくする為にあの人数だったとでもいうのだろうか。私に対する嫌がらせなら一番にドロテーアが疑われるのは分からなくもない。ドロテーアに嫌われているのは事実だ。
「殿下、あからさまにドロテーアに疑惑を向けるのはお控え頂きたい」
王子様に疑いの目を向けられたドロテーアの前に立ったのは、大公だった。
「いや、確認したかっただけだ。嘘をついてはいないだろう。大公女は無関係だろうな」
意外にも疑惑を向けていた態度からガラリと変わり、王子様はドロテーアを肯定した。
勘が鋭いというのは本当なのかもしれない。ドロテーアの発言に嘘や裏を感じなかったのではないだろうか。
「大公。あそこの女を調べてみよ」
そう言った王子様の指差す先に居たのは、私の着替えの為についてきた使用人だった。エミルと密会をしていた、あの使用人だ。
「あの女、ランが大公夫人にあれこれ言われていた時、ニヤついていた。まるで『ざまぁみろ』とでも言わんばかりにな」
王子様の視野の広さに驚いた。ドロテーアに疑いの目を向けながら反応を見て、大公夫人と言い合いしながらも使用人一人ひとりの表情を観察していたのだろうか。
疑われた使用人は「違います!」「私じゃありません!」と騒ぎ出したので、騎士団に取り押さえられた。
「ランのドレスの入った箱を開けたのはお前だったな。詳しく話を聞こう。牢に連れていけ」
「生温い。嘘をついているのが明白だ。この女は余の贈り物に手を付けたのだ。今ここで首をはねよ」
王子様の言葉を聞いて使用人はガタガタと震え出した。王子様は、もう今ここで首をはねさせると言った。ここにいる皆が緊張し出したのが分かった。
本当に、今、ここで?出来れば処刑現場なんて見たくない。
王子様は私には優しく、多少の事は大目に見てくれるし許してくれた。それも面白がられ気に入られているからで、そうでなければこんなにも冷酷になるらしい。弟の様だと思ったが、やはりこういう時は王族なのだなと感じた。
「お待ちください、殿下」
その緊張感の中、前に出て来たのはエミルだった。
「何だ」
「まだ自供されておらず事件の全容が不明のままです。追及する任を騎士団に、そして使用人の命も一旦我々にお預けください」
使用人の処刑を阻止する為だろうか。エミルはあの使用人と密会していた位だ。どこまで本気だったかは分からないが、情があるのは確かだろう。命だけでも助けたいのかもしれない。
でも王子様に一介の騎士が意見を述べるなんて、それこそ危険だ。自身の命を掛けても守りたいと思っているのだろうか。
「余の言う事が信じられないと?」
「そのような事はございません。アードルフ王子殿下の事は信じております。今後のランの身の安全の為にございます」
……私?
「殿下、どうか私からもお願い致します」
「……そうか。分かった」
「ありがとうございます」
大公からも頭を下げられた王子様はそれを了承し、使用人はエミルを初め、騎士団数名に連れて行かれた。
この場での処刑は免れた。血を見ずに済んで、ホッとした。




