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大公の愛人の娘  作者: 知香
第二部
16/23

16.今日はよく喋るな

 王子様は今日、ずっと不機嫌さを隠そうともしていなかった。


 大公夫人がピッタリとそばに付き、何かと王子様を称え、隙あらば公女であるドロテーアの話を出し、大公領を気に入って貰おうと紹介や自慢をしていた。大公ですら割り入れない程の巧みな話しぶりだった。その場の会話の主導権は完全に大公夫人であり、この人は本当に頭の回転の速い女性なのだなと思った。


 王子様はそれが気に入らない様子で、午後になり大公夫人や護衛と侍従以外のその他の人々を下がらせてしまった。なのに、私は引き続きそばに置いた。何故だ。


 護衛は王子様用の貴賓室の中に二人だけ、あとは部屋の外だ。そして王子様専属の侍従は室内で空気になっていた。私は王子様に侍らせられ、二人っきりに近い状態だった。

 絶対大公夫人に睨まれるやつじゃんと思いながら王子様とほぼ二人っきりという状態に気まずさを感じていたら、王子様に「ラン」と話し掛けられた。


「何か言いたそうだな」


 気怠げにゆったりとした態勢のままの王子様は、意外な事を言った。この大公領に来てから我が儘を通している様子しか見ていないので、内心を聞こうとする姿勢が意外だったのだ。


「私なんかが何を言えましょうか」

「顔を見れば分かる。何かあるんだろう?」

「私の首なんて簡単に飛んでしまう様な立場ですから言える筈ございません。お許しくださいませ」

「じゃあ、言わなければ首が飛ぶぞ」


 なんて卑怯な。ご自身の立場を利用した我が儘じゃないか。「何も無いとは言わないあたり言いたい気持ちがあるのだろう」とも、鼻で笑って言った。

 どうせ首が飛ぶなら観念して言った方が良いだろう。


「それでは失礼ながら、何故態とらしく美しくも無い私をそばに置いて大公夫人を逆撫でする様な事をされるのでしょうか」

「そんなの決まっているだろう。嫌いだからだ」


 分かりやすい程ハッキリした答えだ。


「昔から勘が鋭い方で、分かるんだ。口だけで敬意の欠片も無い人間かどうかが。ヴィゲリヒ家の人間はどいつもこいつも昔から苦手で嘘つき野郎ばかりだ」


 勘という割には確信していて、ヴィゲリヒ家嫌いは相当なものの様だ。


「それなのに大公領へ下見と大公女との顔合わせにいらっしゃったのですか?」

「せっかくの息苦しい王城から出られる機会だったからな。大公女との顔合わせなんぞどうでも良かったが、噂の大公の愛人に興味もあったし」

「王城は息苦しい所なのですか?」

「質問ばっかだな」


 そう言われてはっとし、慌てて「申し訳ございません」と謝った。ついつい王子様相手だということを忘れて聞いてしまった。この気怠げでカッチリしていない所とか、年下の男性という弟を感じさせる雰囲気だとかのせいかもしれない。


「いい。気にするな。ランなら許す」


 許された、私。王子様がご興味ある愛人の連れ子だからだろうか。


「兄である第一王子は昔から優秀で、同じ様に教育を受けてきたにも関わらず自分とは全く違った。第一王子という立場での意識の差とも言われていたが、弟の第三王子が大きくなるにつれ簡単に追い抜いていかれた。剣に関してはここ二年弟には勝てていない。おかげで落ちこぼれ、出来損ないと、散々に言われてきた。そんな中で優しく甘い言葉を吐く女性に甘えたら、今度は好色家だのなんだの言われるようになった」


 王子様が放蕩息子だの好色家だの言われる所以がこれの様だ。常に比べられる立場にも少し同情してしまう。


「何をしても好き勝手言われる王城は息苦しい。それに比べここは皆が頭を下げご機嫌取りをしてくる。叱る者も居ないしな。居心地が良いと思って当然だろ」


 それで良いのかと思ってしまうが、十二歳という年齢では仕方の無い事なのかもしれない。


「あちらにいらっしゃる侍従の方は、口だけの敬意の欠片も無い方では無いのですか?」

「そうだな。あいつだけはどうにかしようと動き回る変わった奴だ」

「殿下の為にですか?」

「嘘を感じないし裏も感じない。他人に尽くせる者はああいうのを言うんだろうな」

「見る目があるのでしょうね」

「あいつがか?」

「いえ、殿下です」


 私には胡散臭さを感じたとしても、完全に人の嘘や裏を見抜く事は出来ない。けれど、侍従の方が良い方なのはなんとなく分かる。私達の会話が聞こえ、殿下に認めて貰っているのが分かってか、涙ぐんでいる。顔には出さない様にしているのだろうけれど、顔に赤みがさし涙が出ないように口を強く固く閉じている。私の目にもあの侍従の方が常に王子様の味方でいる事は分かった。


「大した役にも立たないけどな」

「そうでしょうか。王子様方は大変優秀なのだとよく分かりました」

「兄と弟はな」

「いいえ。第一王子様は大変優秀であり、第三王子様は剣術が得意で、そしてアードルフ第二王子殿下は人を見る目がおありになる」

「そこ並べるか。無理やり褒めなくていいぞ」

「無理やりではございません。とても大切でとても貴重な才能だと思います」

「才能とまで言わんだろ」

「人を見る目は政治においてとても重要なのではございませんか?為政者はたった一人では事を成せません。成す為には人を動かさなければならず、その人を登用するのに名ばかりで実力が伴わない者や背信を身の内に隠している者をそばに置いては不可能でしょう」

「面白い事を言うな。確かにそうかもしれないが、残念ながら自身に対して裏を持った人間しか分からない」

「それでも十分でしょう。裏を持っていない人が分かれば、侍従の方の様に殿下の味方となってくださる事でしょうから、殿下が政に参加される際の力になるのではありませんか」

「今日はよく喋るな」


 ここに大公夫人が居ないから口が軽くなったとは言えないので「出しゃばり申し訳ございません」と頭を下げた。許された立場を利用して、そして勝手に弟を慰める様な気持ちのせいで言い過ぎたかもしれない。


「いや、いい。ランは面白いやつだな」


 王子様は顔の表情を崩して笑った。それは十二歳らしい少し幼い笑顔だった。可愛らしいなと思った。

 きっとまだイヤイヤばかり言っているフェルもこの位になったら周りが見えてきて悩んだりするのだろう。




 翌日、王子様は大公とヴァイエルン大公領の視察に出掛けた。おかげで私は王子様から開放され久しぶりに塔でのんびりと過ごした。けれど会う人は制限され、塔から出る事どころか私室から出るのも禁止されてしまった。なので母とフェルとマティが私の部屋に遊びに来てくれた。

 フェルは部屋に入ると走ってきて飛びついてきた。なんと可愛い弟か。母の腕の中でスヤスヤと眠るマティもこの上なく可愛い。


「幸せだわ」

「何言ってるの」

「可愛い弟達に囲まれて幸せを感じているの」

「何おばあちゃんみたいな事言ってるのよ。孫に囲まれて幸せ〜みたいな言い方ね」


 母は私と二人の時は昔の様に気安い言葉遣いで話す。大公の愛人となって、大公夫人とまではいかずともそこそこ綺麗に着飾って手入れもして、昔とは別人の様に綺麗になった。その綺麗な容姿から、時々びっくりする位に砕けた言葉を使う事もある。


「大変みたいね、王子様のお相手」

「大きな声では言えないけれど、本当に大変。だって王子様なのよ?信じられる?お話する機会なんて一生無いと思ってたのに」

「まあ、そんな事を言ったら私達がここに居て大公様の子を生んだ事も、昔の私達では考えられない事よね」


 違いない。本当に人生何があるか分からないものだ。


「こんなに大公夫人に睨まれる生活を送るとも思わなかったわ」

「そうね。誰かにこんなに嫌われたのも初めてよ」


 フェルが私と母がお喋りしているのでつまらなくなったのか、この部屋への立ち入りが許可されているハンナの手を引っ張って座らせ、手遊びをしだした。大人しく遊んでくれて助かる。


「大公夫人はドロテーアにもとても厳しいみたいですね」

「貴族とはそういうものなのかしら。実際ドロテーアは淑女として完璧なんでしょう?私は全然会った事無いけど」

「どうしてそうでなくてはならないのか、勉強していてもよく分からないわ。そうならなくてはと自覚はしても、そんなにも大事な事なのか……」

「認めて貰う為にそれを求められるからとしか言えないわね。ドロテーアの場合は高貴な身分の方との婚姻が求められ、その立場として見合う価値があると認めて貰わなければならない、とか」

「私は連れ子だから責任も義務も無いけれど、フェルやマティにはあるのよね」

「そうね……」

 

 先日、大公は私をそれなりの家に嫁がせると言った。それなりとはどの程度を言うのかは分からないが、おそらく暮らしに困らない程度に収入のある家にだと思う。それが貴族か平民かは分からない。でもドロテーアに求められる程の身分の人では無い筈だ。きっと私に無理の無いように、今の私に合う身分だろう。

 そう思うと私ばかり大公に大事にされている様にも感じてしまう。

 いや、高貴な身分の方に嫁ぐのも誉れなのでそれも大事に思われている事なのかもしれないけれど。ただ、プレッシャーが無いというだけ。


 何となく、隣に座る母の肩に頭を乗せた。


「どうしたの?」

「私、幸せ者だなって」

「それは良かった」


 マティを抱いている母は手が使えないからか、母も頭を傾けて私の頭とコツンと寄せ合った。



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