15.贈る意味を知っているか
翌日も王子様から呼び出され侍らせられた。しかも着ている服がみすぼらしいとまで言われてしまった。それは仕方ない。私は連れ子だ。平民生活に比べたらかなり良い服を着させて貰っているが、貴族の中に入れば地味ではあると思う。着飾る事で目立って大公夫人に睨まれる様な事にでもなれば、どんな仕打ちを受けるか分かったものではない。
困った事に王子様は容赦無く大公夫人を責める。「娘には豪華なドレスを着せてランには着させないのか?」とか、「愛人と連れ子には予算を与えていないのか?」とか……。
もう私、大公夫人の顔が見られない。絶対に私が王子様に告げ口して、私が王子様に言わせているとでも思っていそうな位に殺気を感じているからだ。
「私には身に余ります」
そんな事を言っても王子様はニヤッとするだけで理解してくれない。
「お前は美しいのだからもっと着飾って良い」
わざと言っている気がする。わざと大公夫人を怒らせ楽しんでいる様に感じる。
「そうだ!仕立て屋を呼ぼう。ランに相応しいドレスを贈ろう」
しまいにはコレだ。余計な事を言ってくれたものだ。
数日後に本当に仕立て屋を呼んだ。でもそこは大公がヴァイエルン大公領の視察と言える様に、大公領の伝統的な織物や大公領で獲った獣の毛皮等を並べて紹介していた。抜かりない。
でも王子様は大公が紹介したい物を興味なさそうに「ふーん」で済ませ、奥に待機していた華やかなドレス類に近寄った。
偉い人ってあまり動かずにどっしりと座っていて、商人が紹介する物を見て指示するイメージだったけれど、自ら動いて近付いたりしちゃうんだ、と思った。十二歳という若さ故か、この自由奔放な王子様だからか。
「ランにはどれが似合うかな。この赤色のドレスなんてどうだ?」
権力を表す様な目の覚める赤色のドレスを選んだ王子様。ちょっと待て!ちらりと大公夫人に視線をやると目が見開いていた。
大公夫人が怖いけど王子様が選んだ物を否定なんて出来ない立場の私はどうするのが正解か分からず、取り敢えず慎ましく見える様に驚きつつもにこりとした。
「この深い青のドレスも良いな。金糸の刺繍が美しいし、ドレープの重なりに華やかさがある」
今度は高貴さを表す青だ。距離が離れているのに大公夫人の持つ扇子からミシッと音が聞こえた、気がした。
私には華やか過ぎる。連れ子の私はダンスの練習はさせられたけれど、披露する場所に行った事は無いのだ。こんな舞踏会で着る様な華やかなドレスは当たり前だが持っていないし、持っていても着る機会が無い。
それにしてもドレスに対する見どころが十二歳の男の人とは思えない。普段侍らせている女性へこうやってドレスを贈っているのだろうか。
「どうだ、ラン。お前はどれが気に入った?」
正直、私に振らないで欲しいと思った。
「どのドレスも素晴らしくて、私には過分にございます」
「そんな事は無いぞ。大公夫人だって着ているではないか」
今日の大公夫人のお召し物はそれはそれは美しいが、第二王子を迎えている立場なので大公夫人として着飾るのは当然の事だ。嫌味なのだろう。
空気を読んで欲しいと思うのに王子様は私にニヤリと笑みを向ける。態とだ。態とやっている。大公夫人の事が嫌いなのだろうか。いや、ヴィゲリヒ家を良く思っていないのかもしれない。
大公夫人の睨みから逃げようとする私を許さないと言わんばかりに、勝手にドレスを決めて試着して来いと言った。ついでに採寸もして来いと、別室に行く様促された。
大公夫人も負けじとドレスの中から娘のドロテーアに似合いそうな物を選んで、私と共に別室に向かわせた。第二王子からドロテーアへ贈られた物との既成事実を作る為だろうか。だがどう見てもドロテーアにはサイズが大き過ぎるドレスで、ちょっと直してどうにかなるものなのだろうかと疑問に思った。
ドロテーアは十三歳。私がこの城に来たのが十四歳。試着の為に別室に向かう際、先を歩くドロテーアの後ろについて歩きながら、ドロテーアのピンと伸びた背筋から高貴さを感じた。幼い頃から厳しい教育を受けて来たのだろう。第二王子との結婚の話を大公夫人に進められ、第二王子との顔合わせでは年下の王子様から「子ども」だと言われ、当て付けの様に第二王子は私を贔屓し、それでもグッと堪えている。凄いなと思うし、申し訳ないなとも思う。
通された部屋に入り、「先ずはドロテーア様から試着なさいましょう」と言われ、私は部屋の隅に立って待つ事にした。でもドロテーアは試着には向かわず、何故か私の目の前に立った。彼女より少し背の高い私は彼女の顔を見下ろしてはっとした。
「どうして貴女ばっかり……!」
ドロテーアは私を睨みつけていた。
「お父様を奪うだけでなくて、私の結婚相手まで奪うの!?」
今にも泣いてしまいそうな顔をしていたので、私は何も言えなかった。
ドロテーアはそれだけ言ってくるりと向きを変えると試着に行ってしまった。
十三歳。十四歳の頃に城から逃げた私とは違って、背筋を伸ばして狼狽える様子も見せずに立っている。けれど、何も思わない訳ではないのだ。父親である大公を奪われたと思う所は、やっぱりまだ子どもなんだと感じさせた。
大公を奪った意識は無い。大公は大公夫人が娘達に会わせてくれないと話していたから、それを言うなら大公夫人が娘達から父親である大公を奪っているという印象だ。
第二王子には子どもだの、美しい方が良いだの好き勝手言われて。それにドロテーアが何か反論する事が許される筈無く、静かに受け入れるしかない。それでも恥をかかされたり傷ついたりし、消化しきれない怒りの感情を私にぶつける気持ちも分かってしまう。
ドロテーアの試着を待っている時間、溜め息ばかり出た。早くいつもの日常に戻って欲しいと思った。
ドレスの試着が終わり、お直し後のお届けはまた数日後となった。王子様は自分が滞在している間に必ず仕上げて着ている姿を見せろと命令を下していた。もはやただの我が儘じゃないかと思った。
何とか今日も一日を無事に終えて私は塔に戻った。今日もエミルが塔の私室まで送ってくれた。私室に入ったところでドロテーアに言われた事を伝えた。エミルは大公に伝えると言った。
「確かに大公女には同情するな」
「そうね。でも私の立場では何も出来ないわ」
「大公夫人からかなり厳しく教育されているそうだ。ランも昔鞭で打たれていたが、大公女は大公夫人から鞭で打たれる事があるらしい」
あの母親ならばあり得なくもない。もしかしたら大公夫人もそうやって躾を受けてきたのかもしれない。
「まあ、でも、ランが意図的に奪っている訳じゃ無いから逆恨みでしかないけどな」
エミルはポンッと私の頭に手を乗せた。そして「部屋は問題なさそうだな」と言った。今日は髪をグシャグシャにされずに済んだ。
エミルが部屋から出て行こうと背を向けたが、ピタリと足を止めた。
「ラン、女性にドレスを贈る意味を知っているか?」
「意味?」
残念ながらそれを家庭教師から教えて貰った事は無い。
「それを脱がせたいって意味がある」
「脱がっ……!」
全然知らなかったし見当もつかなかったので、驚いてしまった。
「それを受け取ったら応える事にもなる。だから軽率にプレゼントされんなよ」
エミルは背を向けたまま言い続けた。何故かちょっと怒られている様にも感じてしまう。
「大丈夫よ。ずっとこの塔に閉じ籠もっていてこれまで誰にもそんなプレゼントをされた事ないもの」
「しっかり意味を理解して警戒しろよって事」
そう言うと「じゃあな」と部屋を出て行った。結局最後振り返る事は無かった。
プレゼントされたのは今回の王子様が初めてだった。私には出会いなんて殆ど無い。護衛の人位だろうか。
エミルが何の心配をしていたのか、私にはよく分からなかった。王子様はまだ十二歳だ。その意味を知っていたとしても正直まだ子どもだ。私を侍らせていてもお触りされてはいないし甘えているだけの様にも見え、そして大公夫人を虐めて楽しんでいる様にしか見えない。
それに王子様からのプレゼントを私みたいな身分の人間が断れる筈が無い。命の危険があるのなら身を差し出す方がマシな気さえしてしまう。
突然ぶるっと寒気がした。あの無邪気に大公夫人を牽制する王子様が、一言「処刑」とでも言えば私の首なんて簡単にはねられてしまうだろう。
今の大公夫人に睨まれながら王子様に侍る事は実はとても危険な事なのだと思ったらちょっと怖くなった。また明日もこんな風に過ごさねばならないのだと考えると、今日も急に疲労を強く感じた。




