13.告げ口からの言い訳
「近頃変わった事や困っている事はないか?」
アードルフ第二王子殿下がやって来ると言う真面目な話の後、大公が私にそんな事を聞いてきた。
大公は定期的に私に気を配ってくれる。それはまるで私の事も忘れてないぞ、娘だと思っているぞと言われている様だ。相変わらず優しい方だ。
大公御一行が王都に行っている間、大公夫人が不在だった事もあり、私の身辺はかなり平和であった。母の出産も何かしらの妨害をされるかもと注意を払っていたが、特に何も無く無事に出産を終えた。もしかした出産を妨害する必要が無かったのではと思う。既にアードルフ第二王子殿下との婚姻話が進められていた為に意味をなさなかったのかもしれない。
なのでヴィゲリヒ家関連で困っている事は特に無い。あるとしたら、アレだ。
「一つ、困っている事がございます」
「何だ?」
大公は真剣な顔でズイッと身を乗り出してきた。
「エミルが女性使用人を口説いてばかりいます」
「え?」
「エミルに口説かれたい女性使用人が増え、口説かれたら仕事も放棄して喜んで。それによって使用人同士のいざこざに発展でもしたら塔内の秩序が乱れます」
「……」
大公は額を押さえて溜め息をついた。
「……注意しておこう」
若干余計な事を言ってしまったかもと思ったが、そう言って貰えたので「ありがとうございます」と返した。きっと大公もヴィゲリヒ家関連で確認したかったのだろうし、私の困っている事もそれだと思ったが、思い掛けない内容に言葉が思い付かなかったのだろう。
「本当にエミル卿が口説いていたの?」
母が不思議そうに聞いてくる。母はきっと見た事が無いのだ。私よりもこの塔から出ないから。
「私、見ましたから。最近配属されたばかりの女性使用人を壁に押しやって手を壁にドンと置いて顔を近付けてイチャついてました」
「あらぁ」
「他の使用人からも何人か口説かれたとの証言も貰っています」
「まぁ」
私が言い連ねる度に母は驚いた声を出した。反対に大公は呆れてなのか頭が痛そうに額を押さえていた。遠回しに「大公様の側近は女誑しですよ、管理してくださいよ」と言っている様なものだ。頭も痛くなるだろう。
大公にエミルの事を告げ口した私は少しだけスッキリとした。
別に他人の色恋沙汰に興味は無いけれど、私の周りで口説きまくっているのは気分が悪い。一人にだけアプローチするならまだしも、沢山声を掛けて遊びまくっているのは何だか腹が立つ。
翌日、乗馬の授業があった。私はすっかり馬に慣れ、普通に乗れる様になった。練習場を馬で駆けるのはとても気持ちが良い。普段は塔にこもりっきりになっているので、この時間は本当に貴重なのだ。広い空も、広い大地も、草も花も馬糞ですら心を楽しくしてくれる。
良い汗をかいて気分良く練習場から城に戻った。護衛が一人ずっとついてきてくれるが、最近はめっきり出番も無く、警戒せずに城門をくぐった。
塔は城内でも端の方にある。城門からかなり歩かなくてはならない。本城を歩くと大公夫人に出くわしてしまう可能性があるので、私はいつも城壁沿いをぐるりと歩く。おかげで本城の造りはさっぱり分からない。殆ど立ち入らないのだ。
今日も城壁沿いをぐるりと歩いていると、会いたくない人と出会ってしまった。
「ラン!」
待ち伏せしていたであろうその人物に名を呼ばれて眉をひそめてしまった。エミルだった。今一番会いたくない人だ。大公夫人と同レベル並みに会いたくない人だ。
エミルはもともと私達の護衛だったから、私が乗馬の後にこの城壁沿いを通るのを知っているのだ。だから待ち伏せをしていたのだろう。
「……何」
「誤解だ!」
第一声がコレって、何なの?
おそらく私が大公に告げ口した為に、大公がエミルを注意したのだろう。怒られたのかもしれない。それで私に言い訳しに来たのだろう。
「何が誤解よ。私、見たんだから」
「だから!それが誤解なんだって!確かに使用人と話はしたけど口説いてなんかいない」
口説いてないのなら何故女性使用人はあんな媚びる様な高い声でウフウフするのだ。口説いているからエミルだって手を壁にドンとしていたんじゃないのか。
エミルが何を言おうが気にせず私は塔に向かって歩き続けた。
「口説かれた使用人が沢山いるって聞いたけど?」
「違うって!皆話を聞いただけだって!」
「女誑しだって噂になっているそうよ」
「げぇ!まじかよ!」
歩く私に付き纏う様にエミルがついて来る。護衛をちらりと見ると気まずそうな顔をしていた。これがヴィゲリヒ家の者だったら間に入って守ってくれるのだろうが、大公の側近を務めるエミル相手では見守るしか出来ないのだろう。
はぁと溜め息が出た。
「誰彼構わず口説くのはやめて」
「そんな事してないって!」
「塔内の秩序が乱れます」
「誤解なんだって!」
もうすぐ塔に着くという所で、私の言う事に対して否定しかしないエミルにブチッとキレてしまった。
「何が誤解なのよ!じゃあ何の話をしていたとでもいうの!?」
「それは……話の内容までは言えない。けど、本当に誤解なんだって!」
話の内容が言えないならそれはもうクロじゃないか!
「エミルなんか信用出来ない!」
「ちょっ……!怒んなって、ラン!」
「ついて来ないで!」
ぐるりとエミルに向き合った。私はもう塔に入っていた。
「貴方はもうここの護衛じゃないからこの先には立ち入らないで!」
言いたい事だけ言ってぐるっとエミルに背を向けると塔の中へとズンズン入って行った。背中に「だから誤解なんだってー!」と叫ぶエミルの声が聞こえたが、無視して階段を上り続けた。
自室に入ると息が上がっていた。一気に階段を上ったし、怒り過ぎたからかもしれない。
扉の近くの騎士の絵のタペストリーが目に入って、余計に怒りが増して来た。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ー!」
今日はデコピンじゃなくて、乗馬用のグローブを騎士に投げつけてやった。タペストリーがその衝撃で波打って揺れた。




