12.色恋沙汰と貴族の結婚事情
人の色恋沙汰に首を突っ込む趣味は無い。
実際に母と大公が付き合う前は二人を見守っていただけで、特にお節介はしなかった。大公は当初身分を隠していたから謎の多い人ではあったが反対する事は無く、母が選んだのならと恋人になった時に心から祝福した。
根本的には二人の問題だからだ。私が介入して良いモノでは無い。
……が、見てはいけないモノを見てしまい、何故か怒りが湧いてきた。
塀に女性を留めおき、いかにも密会をしているエミルを見つけてしまったのだ。
思わず口を押さえて物陰に隠れてしまった。でも直ぐに私が隠れなきゃいけない事か?と疑問に思った。密会するならもっと人目につかない所でやれよと言いたい。
二人はボソボソと小声で話しているから何を言っているかまでは分からないが、所々で女性のフフフッと笑う声が混じる。それが如何にもいやらしく聞こえてしまう。
物陰からコソッと覗き見ると、エミルは塀に手をドンとつけ、逃さない様にしている。女性は満更でも無く、いや、寧ろ嬉しそうに声のトーン高めにウフウフしている。確かあの女性は最近この塔に配属された使用人だ。 見慣れない使用人を口説いているのだろうか。
エミルはこの塔の護衛では無い。なのにこんな所に居て使用人と密会している。
それが目的でこの塔に来ているのか?
それが目的で私の所に来ているのか?
その為にタペストリーを態々買っているのか?
だからタペストリーの絵がいつも適当でセンスの欠片も無いのか?
そう考えれば考える程怒りがふつふつと湧いてきた。エミルは私をだしに使っているのではないか。
怒りを抑えられずに自室に向かった。途中すれ違った使用人達が驚いて私を避けて壁になっていた。それだけ凄い顔をしていたのだろう。
部屋に入ると直ぐにあの騎士の絵のタペストリーが目に入った。
「馬鹿馬鹿馬鹿!」
馬鹿の回数分、絵の騎士にデコピンをしてやった。
今日もハンナに濡れた髪を乾かして貰いながら、忠告をしてあげた。
「エミルはやめておきなさい。女誑しよ」
人の色恋沙汰に首を突っ込むのも口を挟むのも好まないけれど、怒りからかエミルに騙される女性が減れば良いと思って忠告する事にした。
ハンナは私の言葉に驚いたのか、乾かす手を止めた。
「何を今更仰っしゃるのです?」
「え?」
「そんなの有名な話ですよ」
今度は私が驚く番だった。
「有名って、エミルが女誑しだと?」
「そうですよ。声を掛けられた女性使用人は沢山いますよ」
なんと。エミルは私の想像よりも上の女誑しだった。
「……それなのにエミルが良いの?」
「イケメンですもん。イケメン至上主義ですから」
内面度外視?
「この間紳士的で、とか言ってなかった?全然紳士的な行動とは思えないんだけど」
「女誑しですけど紳士的でもありますよ。そして仕事には真面目で。そのギャップがたまらないんです」
「……」
理解出来ない。女誑しの何が良いのだろう。
「まあ、でも、私はラン様のお世話をさせて貰う様になって四年になりますが、一度も口説かれた事は無いので脈は無さそうですが」
「ええっ!この間見掛けた使用人よりもハンナの方が可愛いし器量も良いのに!?」
「ご挨拶位はしますけどね。あと、ラン様の所在を聞かれたりとか。それ以外でお話しした事は無いです」
エミルの好みも理解出来ない。まだハンナを口説く方が納得出来るのに。
「エミル様は大公様の護衛で王都に行った際も貴族の子息と言う事もあって一緒に夜会等にも参加されるそうです。そこでも貴族のご令嬢を口説かれているらしいとの噂も聞きます」
「下衆野郎じゃん!」
「……ラン様、下品ですよ」
思わず平民時代の名残で下品な言葉を使ってしまった。その位エミルの女遊びに驚いてしまった。
四年もエミルの本性に気が付かなかった。私には全くそんな素振りは無かったから。私が大公に大切にされているからだろうか。それとも私がそういう対象じゃ無いから?
いや、別にそういう対象になりたい訳じゃないけど。
何だか理由の分からないモヤモヤや怒りが湧き上がってきて、今日もタペストリーの騎士にデコピンをしてやった。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」
やり過ぎてちょっと指が痛かった。
数日後、夕食の後に母の部屋で愛弟達と団欒をしていたら大公がやって来た。大事な話があるからと、私にも部屋に残って聞いて欲しいと言われた。
フェルは母に甘えてベッタリしているので、私が赤子をあやしていた。この子はマティアスと名付けられ、マティと呼んで可愛がっている。そのマティを抱きながら私は話を聞く為にソファに座った。
「実は、今度アードルフ第二王子殿下がこの城にやって来る」
予想だにしない凄い名前が出て来て絶句してしまった。それは母もだった様で、何も言わなかった。
「驚いたか?驚いたよな」
「……はい」
母が返事したのに合わせて私も頷いた。
「この間まで王都に居た際に義父が国王に謁見し、アードルフ第二王子殿下の婚約者に長女のドロテーアを推してきたんだ」
「勝手にですか!?」
「おそらくカサンドラとの共謀だろう」
ドロテーアとは大公とカサンドラ大公夫人との娘で、現在十三歳になる。私がこの城に来たのが十四歳だ。それより若い。でも貴族の子女であればこの歳で婚約者が決まっていてもおかしくは無い。
「アードルフ第二王子殿下は、確か十二歳ではありませんでしたか?」
「そうだ」
「婿養子、という事ですか?」
「そうだな。フェルディナントに大公の後継者の立場を奪わせない為に、アードルフ第二王子殿下を持ってきたんだろう」
王太子以外の王族に高位を与えるのはよくある事だ。しかも王族と繋がりを持つ事は誉れだ。断る事等有り得ないのでは無いだろうか。
「フェルディナントに大公位を継がせる事に執着は無いが、ヴィゲリヒ家に乗っ取られるのは避けなければならない。アードルフ第二王子殿下がそれを阻み後継に繋げてくださるのであれば問題無いが……」
大公がこう言い淀むのも仕方が無かった。アードルフ第二王子殿下はあまり良い噂を聞かない。この塔に引きこもっている私ですら知っている程だ。
「……王子様にこの様な事を言うのは何ですが、アードルフ第二王子殿下は放蕩者であると聞きました」
「ああ。第一王子や第三王子が優秀であると言われるのと反対に、アードルフ第二王子殿下は勉強嫌いで有名で、周りには美しい女性を選んで置く好色家とも言われている」
十二歳で好色家って……。王族の教育どうなってんの。
「おそらくだがヴィゲリヒ家の思惑としてアードルフ第二王子殿下を傀儡とし、実政権はヴィゲリヒ家が担う魂胆なのだろう。王家もアードルフ第二王子殿下には手を焼いているらしいからな、体の良い厄介払いだ。一生王城で我が儘放題で過ごされるより、我がヴァイエルン大公家に婿として入るのなら体裁も良いからな。双方の利害が一致した訳だ」
何だそれは。では大公家で我が儘放題をすると?美しい女性を集めて好き放題すると?妻になるドロテーアの立場は?大公夫人は何も思わないのだろうか。
「それでも大公家で我が儘放題したら、その噂は社交界にあっという間に広がるのではないでしょうか」
「その時は制御出来ない大公家の評判が下がる事になるな」
もの凄く迷惑な話では無いか。ヴィゲリヒ家はそれでも良いと思っているのだろうか。それともそれを制御出来る自信があるのだろうか。
「娘にこんな幸せが見られそうにない結婚をさせる気にはならないのだが……」
大公は大きく溜め息をついた。大公夫人と不仲で敵対する様相であっても、大公夫人との間に出来た娘とまで不仲では無い。大公夫人があまり娘と会わせようとしないそうだが、会えばそれなりに可愛がっているらしい。一番末の六歳の娘には若干怖がられているらしいが……。
「……カサンドラ大公夫人は結婚させられるドロテーア様が可哀相とは思わないのでしょうか」
「どうだろうな。カサンドラも父親の命でここに嫁がされたのだから、貴族令嬢はそんなものだと疑わないのかもしれないな」
つくづく貴族の婚姻には自由が無いのだと思った。平民だって親が結婚を決める事は珍しくは無いが、こうもドロドロとした私欲が入り交じり婚姻が道具として利用されている感じが、私には受け入れ難かった。
「まあそんな訳で、アードルフ第二王子殿下が大公領の下見とドロテーアとの顔合わせにやって来る。フェルディナントはどこかのタイミングでアードルフ第二王子殿下に拝謁させようと思うが、二人はその間この塔から出ない様にな」
大丈夫です。私もお会いしたくはないので引きこもりたいと思います、とは言わなかったが、大きく頷いた。




