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大公の愛人の娘  作者: 知香
第二部
11/23

11.変わったのに変わってない

 大公御一行が帰城した翌日の夕方、今日の学習の復習をしていた。午前中は家庭教師に座学を教わったり乗馬の授業があったりし、午後はフェルの相手、そして夕方はフェルが母に甘えるのが恒例となっている為、私はその時間に自習をするのが日課となっていた。母がフェルの相手が出来ない時はこの時間もフェルの相手をしなければならなかったが、愛弟の世話は彼が生まれた時から義務の様に思っており、またそれが案外楽しかったりして、辛い時もあるが辞めたいとは思わなかった。


 私って実は子育てに向いてるかも!?なんて自惚れている所があるんだと、ちょっと自覚している。まあ、他に使用人がいて手伝ってくれるからこそそう思えるのかもしれない。これがたった一人で育てなければならない状況であれば、そんな事思っている余裕は無いだろう。そう思うと、実父が亡くなってから女手一つで私を育ててくれた母はやっぱり凄いのだと思う。


 黙々と復習をしていると、窓の下からピュウと口笛の音がした。立ち上がって窓から外を見ると、エミルが立って手を振っていた。肩には何かを担いでいる。


「おかえり!すぐ下に行くわ!」

「おお!」


 窓から離れてから手で髪を簡単に整えて、服におかしな所が無いかざっと確認してから部屋を出た。


 エミルは大公に帯同して昨日まで王都に行っていた。三年前の剣闘大会で準決勝まで進んだ事で、私達の護衛から大公の側仕えへと昇格したのだ。その剣闘大会の準決勝はフィンと当たり結局は負けてしまったけれど、翌年の剣闘大会では優勝した。ここ数年はヴィゲリヒ家の騎士が優勝していたのをエミルが奪還した形となった。


 塔から外に出ると、もはや定位置となった場所の壁に凭れてエミルがしゃがんでいた。私を見て「よお!」なんて軽い感じで挨拶してきた。


「……なんかさ、また、大きくなってない?」


 エミルの隣にしゃがんで感じた圧迫感から、エミルの体がパンプアップされているのに気がついた。


「そうなんだよ。王都の大公邸に地獄の訓練場があってさ」

「そんなのがあるの?」

「ちょっと自由時間に出掛けて戻り時間に遅刻したら大公様から罰を与えられちゃって。地獄の壁登りを毎日十本」

「何それ」

「この塔くらいある石の壁をロープ一本だけで登るんだよ。名の通り地獄だ。諦めてロープを離しようものなら落ちてそのまま地獄なんだよ」

「えっ、危ない!」

「まあ、一応命綱あるけどな」

「じゃあ落ちないじゃない」

「ちょっと誇張した」

「誇張じゃなくて嘘じゃない」

「まあまあ。取り敢えずここからお前の部屋までなら簡単に登れる位には腕力が付いたな」

「私の部屋に来ても金目の物は何も無いわよ」

「盗賊じゃねぇよ。そもそも本当に行く訳無いだろ。喩えだよ。行ったら大公様に殺される。罰じゃ済まない」


 ふふっと笑ってしまった。相変わらず適当な事ばかり言う。そして私を笑わせてくれる。


 エミルはもう私達の護衛じゃないから、特別な事情が無い限りこの塔へは立ち入り出来ない。塔のこの壁までだ。入ったら規律違反になってしまう。


「大公様が厳しいのは知っているくせに何故遅刻なんかするのよ」

「これだよ、これ」


 そう言ってエミルは脇に置いていた包を差し出して来た。先程塔の上から眺めた時に肩に担いでいた物だ。

 それをエミルから受け取って膝の上に置き、包を開けて中身を見た。思っていた通りの物が入っていた。タペストリーだ。


 四年前に里帰りをした際、大公城の塔の壁が冷たいと言ったのをエミルが覚えていて、仕事で行った先や今回の様に王都に行った時にこうしてタペストリーを買って来てくれる様になったのだ。


 受け取ったタペストリーを目の前に広げて見た。


「……うん、ありがとう」

「いやいや、心こもってないって」


 それは仕方が無い。何しろエミルは残念な程にセンスが無い。


「私、花柄とか風景が良いって言わなかったっけ?」

「花も風景も入ってるだろ?」


 確かに入っているが、花はタペストリーの縁に模様として入っているだけで、風景も背景としてだ。誰がどう見てもメインは中央にドンと描かれた鎧姿の騎士だった。

 何とも厳つい。年頃の女性の私室に飾る物では無いだろう。


「ぜんぶ、花!もしくは風景!騎士要らない!鎧要らない!」

「何だよ。格好良いだろ。女の好み分かんねえな」


 私は男の好みが理解出来ないよ。こんな鎧姿の騎士に見つめられて寝られる訳が無い。夢に出そうだ。そしてうなされそうだ。




 エミルからのお土産のタペストリーは全く好みでは無いが、エミルの優しさから買って来てくれた物ではあるので、ちゃんと受け取って部屋に飾った。



「新しいタペストリーが増えてますね。またエミル様から頂いたのですか?」


 私の身の回りの手伝いをしてくれている使用人のハンナが、お風呂上がりの私の髪を乾かしながら聞いてきた。


「うん」

「ラン様は良いですね」

「……アレだけど?」

「……まあ、センスはイマイチですけど」


 今日貰ったタペストリーは入り口の扉近くの壁に飾った。一番気に入っている天使が描かれたタペストリーは寝台の壁に飾っている。いかにも良い夢が見られそうだから。その他は馬に乗った筋肉ムキムキの男性の絵とか、色っぽい女性が描かれた絵とかだった。神話とか宗教画なのだろうか。エミルもよく分からずに買ってくるから、私も何の絵か分からないのだ。

 統一感の無いタペストリーが部屋の壁を覆っていた。


「私はラン様のお世話をさせて貰っているからエミル様と顔を合わせる機会が比較的多くて、他の使用人から羨ましがられるんです」

「そうなんだ」

「この塔の使用人になりたい人は多いんですよ」

「エミル目当てで?」

「そうです。勿論本城でもエミル様をお見掛けしますけど、大公様のお側にいる時は厳しいお顔なので。でもこの塔の周辺でお会いした時は休憩中だからかお声掛けすると笑顔でお返事してくださるんです」


 何だ、この違和感。

 笑顔でお返事?

 私には雑で適当で、笑顔なんて滅多に見ないけどな……。


「……モテるのね」

「そりゃあ格好良いし強いし、男爵家の三男だから貴族の子息と言っても私達平民にも手が届くお立場で、今や大公様の側近としての地位があって、何よりとっても紳士的で。ブルーグレーの瞳も素敵ですよね」


 紳士的?あのエミルが、紳士的だって?

 人を寝台に放り投げる様な奴だぞ。

 何なの。私以外の前では猫でも被っているのだろうか。


 ハンナはすっかりエミルに夢中な様だ。


 ハンナは平民だ。大公夫人の侍女は貴族の者が多いと聞いたが、私の世話をする使用人を貴族から選ぶと家庭教師だったデボラ夫人の様にまた差別をするかもしれないと、大公が平民の中から選んでくれた。ハンナとは年齢も近くて友人の様にお喋りをする。


「髪、かなり乾いたからもう良いわよ」

「分かりました。ではまた明日」


 ハンナを下がらせて部屋に一人になる。何となく今日貰ったタペストリーを見た。


 ホントに何でこの絵なんだ。天使の絵をくれた時に「こういうのが良い」とちゃんと伝えたのに、次に買って来たのは色っぽい女性が描かれた物だった。「コレ、貴方の趣味じゃない……」と怒り、「花や風景が良い」って言ったのに結局買って来たのはこの騎士の絵だ。

 じっと見ているとだんだんこの騎士がエミルに見えてきて、不愉快からこの騎士にデコピンをしてやった。


「馬鹿」


 暴言を吐いたら少しスッキリして、その後ぐっすりと眠った。



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