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大公の愛人の娘  作者: 知香
第二部
10/23

10.新しいみどりご

暫く空いていましたが、更新再開です。

よろしくお願いします。

四年後──



 その日は塔の中が慌ただしく、私もそわそわとしていた。それを感じ取ってか三歳になる愛弟が不機嫌だった。一緒にいるのに自分が軽んじられている様に感じて嫌だったのだろう。子どもとはなんと敏感な生き物だろうか。


 午後になりイヤイヤ全盛期で不機嫌極まりない愛弟の昼寝をどうにかこうにかさせて、私も疲れ果てて一緒にウトウトしていた時、使用人がバタバタと騒がしく駆けてきた。


「お生まれになりました!」


 その言葉ではっと目が覚めて体がビクリと動いた。私の膝枕で寝ていた愛弟がその拍子にごろっと転げ落ちたが、意外にもスヤスヤと寝続けていた。どれだけ疲れ果てていたのか。それだけ遊びに付き合わされた記憶は勿論あるけれど。


「お母様は?子どもは?」


 少しだけ小声で聞いた。今愛弟が目を覚ますときっとぐずるに違いない。出来ればもう少し寝ていて欲しい。


「母子ともに無事です。男の子でしたよ」


 それを聞いてホッとした。出産予定日よりも早くに産気づいたので不安だったのだ。


 それにしてもまた男児だった。大公と大公夫人との間には女児しか生まれなかったというのに、母との間には男児が二人生まれた。とてもおめでたい事だがそれを知った大公夫人が怒りに震えるのではないかと思うと恐ろしくもある。

 出生を一番喜びそうな大公は現在王都へ行っている。大公夫人と共に大公夫妻としてこの国の貴族の役割である社交を全うしている。予定日までには領地に戻って来る筈だったが、予定日よりも早くに生まれてしまった。

 でも良かったかもしれないとも思う。鬼の居ぬ間だから無事に出産出来たのかもしれない。



 愛弟のフェルディナントが起きてから一緒に新しく生まれた弟を見に行った。それはそれは……まだ猿だった。可愛いけど。フェルは興味津々に眠る赤子を覗き見ていた。


「僕の、弟?」

「そうですよ。フェルの弟よ」

「ちっちゃい……」

「そうですね。フェルが守ってあげてね」

「うん、守る」

「頼もしいです」

「いつになったら一緒に遊べる?」

「……二年後位かな」


 二年経っても遊べるようになるかは不明だ。私が三歳のフェルと遊ぶのも一苦労なのだ。二年後二歳になった弟がフェルの望むような遊び相手として務まるかは分からない。


「お母様。お疲れ様です」

「ええ、疲れたわ。無事に生まれてくれて良かった」


 母は寝台の上から動けない様子だ。首だけ動かしている。


「予定日より早かった割に大きな赤子ですね」

「早くに生まれてくれて助かったかもしれないわ。予定日通りだったのなら大き過ぎて大変だったかも。三人目だからかもしれないけれど、分娩時間も短かったから良かったわ」


 母の出産経験値が益々上がったようだ。

 それでも瞼はとろんとしており、疲労からか眠たそうだ。


「今はゆっくり休んでください。騒がしいフェルは連れていきますね」

「ありがとう、ラン」

「おめでとうございます。大公様も喜ばれますね」

「そうね」


 部屋を出て一緒に遊ぼうとフェルに言うと、喜んで弟から離れた。あんなに興味津々に見ていたのに、飽きるのが早い。遊びという誘惑には負けるらしい。




 母の出産から半月程が経ち、大公御一行が王都から戻って来た。大公城は一気に慌ただしくなった。母の出産時の塔の慌ただしさの比では無かった。御一行の総人数が多ければ迎え入れる方も総力戦だろう。


「たぶん、走って来そうですね」


 そう言う私に、母はふふっと笑って返した。


 母は愛人で私は連れ子。基本的に私達は塔から出られず、大公が塔に会いに来るのを待つしかない。だから帰城する大公を出迎える事は無い。きっとそんな事をしたら共に帰って来る大公夫人に「目障り」とか言われ、射抜かれそうな鋭い視線を送られそう。

 だから私達は母の部屋で大公が来るのを待ち構えた。


 そして私の予想は的中し、部屋の外からバタバタ、ガシャガシャ騒々しい音が近づいて来て、大公が勢い良く部屋に入って来た。


「ヘラ!生まれたって!」


 大公は走って来ただけで無く、旅装も解かずそのまま来たようだ。


「おかえりなさいませ」


 そこからの大公は大忙しで、母に抱きついて労をねぎらって、泣く赤子を「元気が良い!」なんて言いながら抱き上げて、フェルの頭を豪快に撫でた。そして追いついて来た従者に「旅装も解かずに汚れた身で赤子に触れないでください!」と叱られていた。

 叱られて若干しょんぼりした大公と目が合って、私は頭を下げた。


「ランもご苦労だったな。留守中ヘラとフェルを見てくれて助かった」

「ありがとうございます。大公様こそお疲れでしょう。おかえりなさいませ」

「ありがとう。ハグしたいところだが叱られたばかりなので着替えてからにしよう」


 名残惜しそうにしながらも大公は部屋を出て行った。

 いの一番に母の所にやって来てくれた所からも、母や生まれてきた子達を大事に想っている事が分かる。そして私も実子が生まれても変わらずに大事にしてくれている。


 私は四年前の里帰りの後から教育に真面目に取り組む様になった。その時からフリッツの事を“大公様”と呼ぶ様になった。大公は「フリッツと呼んでくれ」と言ったが、「令嬢であればそうは呼ばないでしょう?」と言って断った。私なりに線引はすべきだと思ったからだ。いつまでも平民だからと自身を甘やかす事に繋がりそうで、言い訳を作りたくなかった。私は連れ子で大公の子では無い。

 そしてフェルは紛れもなく大公の子だ。私の弟ではあるが私とは身分が違う。今はただの遊び相手の様ではあるが、教育係の様な立ち位置だ。現在も家庭教師に教わっているものの、学んだ事をフェルに教える立場になれるなんて光栄な事だった。しかし男の子だからもう少ししたら私の手を離れ、剣術や領主教育等を習い出すだろう。


 大公はフェルにヴァイエルン大公を継がせるつもりでいる。そしてそれを大公夫人が阻止しようとしているのだろうと、大公家側は動向を注視しているのだそう。



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