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大公の愛人の娘  作者: 知香
プロローグ
1/23

1.なんでもない田舎の村で

 カストル村のラン。それが私の名前だ。私は平民で教育も受けていない。自身がどんな国の国民なのかよく分からないが、国内でも一番大きな大公領のなんでもない田舎の村で、母と娘二人で毎日を慎ましくも精一杯生きている。


 父は私が幼い頃に亡くなった。その年は天候不順のせいで農作物が不作になり、お金を得る為に戦に参加して呆気なく命を落とした。父の死の報せと共にお金も渡された。幼すぎて悲しみもよく理解出来なかったが、そのお金で私達は飢える事無くその年を凌ぐ事が出来た。


 幼いながらも母の畑仕事を日々手伝い、気がつけば私も十二歳になった頃、母に良い人が出来た。


 その人は本当に良い人で、夏の暑いある日の朝、市に作物を出しに行く道中に重い荷車を引いていた時に、女二人を憐れに思ったのか道行くある男が荷車を押すのを手伝ってくれたのだ。大きな体に太い腕は吃驚する位押す力が強くて、母と二人転がりそうになってしまった。道中の会話の中でその男はフリッツと名乗り、旅の者だと言っていた。

 フリッツは市でも手伝ってくれて意地悪な客を追い払ってくれた。母も毎度の事なので強く立ち向かい言い負ける事は無いのだが、女という事で舐めてかかってくる者や意地悪い者もいる為、ガタイの良いフリッツはとても良い用心棒になった。


 結局帰りも付き合ってくれ家まで荷車を引いてくれた。

 フリッツは「宿が無いから納屋で寝かせてくれ」と言った。とても良い人ではあったがさすがに泊めるのはどうかと警戒する気持ちも当然あったが、「納屋に鍵を掛けたら良い」と提案してきたので、今日の礼にと泊めるのを了承してパンとスープをあげて、言われた通りに納屋に鍵を掛けた。


 何事も無く朝を迎えて納屋の鍵を開けてあげると、フリッツは突如納屋から飛び出して来て「用を足してくる!」と家の裏の林に消えた。一晩中我慢していたのかもしれない。母と二人で笑ってしまった。


 そしてこの日も農作物の収穫から運搬、用心棒と、丸一日手伝ってくれた。そしてまた納屋に泊まった。そんな日を数日繰り返すと、「また来る」と言って家から去って行った。


 え?また来るの?


 宣言通り数カ月後の秋の日にまた来た。今度は肉を担いで。そして手伝いをして納屋に泊まってを繰り返してまた去って行く。そして翌月に再び肉を担いでやって来て手伝いをして納屋に泊まった。おかげでご近所も顔見知りとなって、持って来てくれた肉を皆に振る舞った。そんな宴はなかなかに楽しかった。


 また一カ月程が経って雪がちらつく冬の日にやって来た。今回は肉だけではなく、小さな箱も手にしていた。フリッツは母に箱の中身を見せながら「好きだ。恋人になって欲しい」と言った。箱の中身はキラッキラに輝く宝石だった。いくらするのか全然分からない程大きな宝石だった。居ない間に出稼ぎ仕事でもしていたのだろうか。

 母は当惑して「こんな高価な物貰えません!」と後退りした。

 気持ちは分かる。毎日の暮らしに精一杯の平民なんかがお目にかかれる物では無い。こんな物を持っていたら誰かが盗みに来るかもしれない。ただでさえ女二人暮らしで危ないのに、余計に危険ではないか。


 しかし私ももう十二歳。耳年増なお年頃。宝石はどうであれ、男女の事に首を突っ込むべきでは無いと「ちゃんと二人で話し合って。私は隣家に行ってくるわ。結論が出たら呼びに来て」と言って家を出た。

 フリッツが母に気があるだろう事は近所でも有名だった。隣家に言って「とうとうフリッツが告白した」なんて報告したら「ウチに来たのは懸命な判断」と褒められた。

 かなりの時間が経ってもう夜になろうという頃、母とフリッツが隣家にやって来た。二人の寄り添う様子を見て皆で冷やかし、その日はそのままフリッツの持って来た肉で宴になった。二人が長い時間家で何してたのかって詮索しなくたっても分かる。だって私は耳年増だから。


 母と恋人同士になってもフリッツは我が家で一緒に暮らす事は無かった。数日滞在してまた去ると、一カ月もしくは数カ月経って突然やって来る。その間に何をしているのかはよく知らない。「旅をしている」とは聞いた事があるが、それ以上何処に行ったとか詳しい事ははぐらかされた。

 でも必ず我が家に帰って来た。そして農作業の空き時間に教育を受けていない私に読み書きを教えてくれた。地面に木の枝で文字を書いては消してを繰り返して、読める文字が増えていき、賢くなった様で嬉しかった。本当に良い人だ。


 そんな暮らしが二年程続いた。春の穏やかなこの日も何の前触れも無く突然フリッツがやって来た。母は農作業をする手を止めて嬉しそうにフリッツの所に駆けて行って抱き着き、フリッツもちゃんと受け止めて抱き締め返す。相変わらず仲良しのカップルだ。今夜も隣家に泊まりに行かなければ。私も相変わらず耳年増なのだ。

 フリッツを家に招き入れて私達も休憩する事に。今日も大きな肉を持って来ていてまた皆で宴だなんて話をしていると、家の扉を叩く音がした。

 母は何の疑いも無く「どなた?」と言いながら扉を開けようとした。しかしフリッツがそれを止めた。いつも優しくニコニコとしているフリッツが何時になく真剣な表情で「下がっていなさい」と言った。何故かその低い声に私は体が動かなくなった。その位人を圧する力のある声だった。

 フリッツが扉に近付いてゆっくりと扉を開けた。扉の向こうには銀色の重そうな鎧を着た人が立っていた。


「大公。お迎えにあがりました」


 え、今なんと……?





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