7.手術/茶泉に忍ぶ影/英雄宇一
7.手術/茶泉に忍ぶ影/英雄宇一
茶泉学院大学附属病院の第一手術室に「手術中」のランプが点灯した。
茶泉一王が執刀している。
淳としおり、二人同時だ。
「いつもながら速い……」
助手の石田医師が呟いた。
「集中しろ」
*
手術室の前の鮎川忠がランプを見つめていた。
弟の平悟郎はまだ宇一の上着を持ったまま泣いている。
「もう泣くな」
「…………」
声にならない。
「静かにしろ」
忠が平悟郎をパンフレットで叩いた。
軽くやったつもりだったが、そのまま床に倒れてしまった。
「事故だ。そうでなければ良くない夢だ」
よけい腹が立って蹴る。
(子守一つできないのか……。いや、そんなことを怒っているんじゃあない。辛気くさいからだ)
パンフレットで、もう一つ叩く。
*
茶泉一王の書斎に入る影。
書架には、医療関係以外の本も整然と並べられていた。
哲学を始め、論理学・文学・東洋史・西洋史、法学・政治学・経済学、数学・物理学・科学……。英国文学や中国文学は原書が揃えられていた。
その上に無造作に置かれた黄色の表紙はレクラム文庫だろう。戦前のものらしく色褪せていた。黒い滲は血液だろう。紙で指を切ったか。
招かざる訪問者は鍵を開ける道具を机に置き、リダイアル番号を確かめ電話した。
「はい……はい分かりました」
電話を切る。
机の引き出しの鍵を開けた。
ダーツの矢は十二のままだった。
*
針が皮膚を貫く。
宇一が緊急救命室(ER)で右腕の皮膚を縫ってもらっていた。麻酔が効きにくい体質らしく、かなり痛そうだ。
廊下に出た宇一は上半身傷だらけだった。
「坊ちゃん……」
待っていた運転手が歩みよる。
「動くから大丈夫。皮膚が裂けただけだもの」
「傷は残るでしょうか?」
担当医に聞く運転手だった。
「多少は残るでしょうね。かなり深いですから」
運がイイらしい。腱に触れず傷つかなかった。
「お大事に。ラッキーボーイ」
「彼女は?」
「大丈夫ですよ。チャアさんですから」
他の傷を消毒する看護師が答えた。
「良かった。……チャアさんとは?」
「茶泉一王先生。天才よ。ここの外科主任で茶泉財閥の御曹司。――彼女は心配いらないわ英雄」
(心配? ……まだ何かある……)
何か心に残っている宇一だった。