6.宇一の救助/高施の活躍
6.宇一の救助/高施の活躍
ベントレーが会場の裏口に着いた。
宇一が飛び出す。運転手が後を追った。
機材が置いてあった場所に、白い車が刺さっている。
「大丈夫か?」
警備班長が袖を捲り、血だらけになりながら手を伸ばしている。
機材と車のちょうど間に淳としおりが挟まってしまい、下手に車を動かせない状態だった。
班長は機材のフックを外そうとしていた。一本は外れたのだが後の二本に手が届かない。
遠くから救急車の音が近づいてきた。
平悟郎が座りこみ、すすり泣いている。
班長が声を漏らす。
「もう少し……もう少しなんだ……あーっ」
色々な工具を試したのだろう。
「僕がするよ」
散乱している工具を避けながら宇一が近づいた。
(そのために来たんだ)
「危ない!」
「宇一坊っちゃん!」
「何を言ってるんだ!」
「いや頼もう」
下から頭を出して班長が言った。
「子供の手がちょうど良い」
「なんて事を絶対……」
運転手が反対する。
「子供なんかに……」
「僕がする!」
高らかに宣言する宇一だった。上着を運転手に渡し、下に滑りこむ。
「坊っちゃん私が……」
「あんたはこっち」
若い警備員が制して顎で案内した。
(僕じゃなきゃあできないから呼ばれたんだ)
宇一は決心していた。
「フックが見えるか?」
班長と二人、下から見ている。一本のフックが赤く光っている。倒れた手足も。
「見える」
「あと二本外す。それだけだ。手が届くか?」
「なんとか触れる」
「順番は外した隣ではなく、一つ飛ばしてその隣……そうそれ!」
「これで良いの? こっちから見えないよ?(あっ!)」
しおりの胸に触ってしまった。思わず引っこめる。
「大丈夫か?」
「何でもない……です」
しおりの胸の上にあるフックに手をやった。指先がかかるぐらいだ。
「よし。いち、にーの、さん、で引く分かったか?」
「もう少しで……」
「牽引の用意は?」
「OーKーです」
運転手を制した若い警備員が答えた。
「チーフの合図で車を退かせる。分かったな?」
そこにいた全員で事故車を引く用意だ。運転手も準備している。
座り込んだままの平悟郎が渡された少年の上着で涙を拭き鼻をかんだ。
救急車が到着する。
「患者は?」
「下がってな」
若い警備員が前に立った。
「何て事を……」
「下がってな」
再度言うが近づこうとする救急隊員。
「チーフ!」
「黙らせろ!」
「OK」
言うが早いが救急隊員を殴った。軽く飛ぶ。躊躇ない。
「準備OーKーです」
救急隊員はすぐには起き上がれないようだ。瞬きを繰り返した。信じられない顔をしている。
「名前は?」
班長が宇一に聞いた。
「宇一。宇宙の宇に数字の一」
「宇宙一か。縁起が良いな」
「うん……掴めた!」
しおりの弱い胸の鼓動を感じる。
(待っててね。もうすぐ助けてあげるから)
しっかりフックを握り直す。
「滑らないか? 大丈夫か?」
「行くぞ~」
「OーKー」
「いち、にーの、さん!」
抜く宇一。フックが弧を描いた。
白い車が下がった。しおりに月の光が注ぐ。朱色に染まった青白い人形だ。
両端が外れ、撓んだところをつかさず抜く班長。
車が徐々に下がっていく。
最初に班長が外したフックが、反動で宇一の腕に食い込んだ。
「ウッ!」
「ストップ!」
宇一の細い腕が突き刺さって車に引かれている。
「高施!」
「はい!」
若い警備員の高施が確かめる。
「これがこうなって……」
機材とピアノ線が絡まっている。
「いま外せば機材が倒れます!」
「う……動かして!」
宇一が言った。
「坊っちゃん!」
手を放しかけ、車が下がってしまいそうになる。
(おっと)
「坊主。もう少しがんばれるか?」
高施が宇一に言った。
頷く宇一。
「宇一君だ」
班長が英雄の名前を訂正した。
「早く退けたらどうなんだ!」
救急隊員だ。頭を抱えている。
「よしイエカズがんばれよ」
高施が車に指示した。
「ゆっくり下がってくれ」
徐々に倒れている四人に光が射す。
「行け!」
救急隊員に指示を出す高施。
隊員がしおりを抱き上げる。もう一人も淳を助けた。
高施は先ほどから同じ態勢で動けない班長の足を引っ張りだした。
上着からナイフを出した高施は、宇一のフックのピアノ線にナイフを当てた。
「よくがんばったな。イエカズ」
抱きかかえ切った。
機材が倒れていく。反動で車を支えていた人たちも引き戻されそうになる。
「放してOKです」
一斉に放す。
埃煙が消える。
「チーフ! また減給っすかね?」
高施が宇一を抱いて立っていた。