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1.静蓮が流れ星に願う/ワンパク三人組/恵蓮の夢

『インノセント=ウェルス――聖女の祈り――』

〝Innocent Wealth〟




1.静蓮が流れ星に願う/ワンパク三人組/恵蓮の夢


 きらめく黒天幕。数多あまたの星々に流れ星が一つはためく。


 紙の箱庭の白い家のベランダで髪の長い少女がひとり一所懸命に祈っている。


「あっ! お願いしますお願い……」


 最後まで言えない。


「あーあ」


「もうお休みなさい。静蓮せいれん


 後ろからお母さんが優しく声をかけた。


「お星さまがとってもきれいなの」


 つぶらな瞳を輝かせ少女が答えた。


「まあほんとねえ」


 お母さんも見上げ感動した。


「でももう寒いわ。お休みなさい」


「はい」


 素直に頷く少女にもう一つ流れ星。


「あっお星さま」


 指差すがお母さんにはもう見えない。


 仕方なくベッドに入る少女。もう眠い。小さなあくびをした。


「お祈りした?」


 かたわらに腰かけながら毛布を重ね、お母さんはいとおしく娘の髪をでた。


「ううん。途中でいなくなちゃった」


 きれいな瞳の少女はかなしそうに続けた。


「いっつもすぐにいなくなっちゃうの」


 小さなあくびを繰り返す。


「いつも大切に考えていなければすぐにお祈りできないわ。それに、本当に大切なことはたった一つなのよ」


 お母さんが夜を閉めた。


 あわい電球の光がらぎながら少女の頬をめた。


「それはなあに……」


 目が重い。もう寝かかっている。


静蓮せいれんも大人になったらわかるわ」


 寝ている。


 お母さんは少女にキスをして部屋を閉じた。


 温かな電球の光が静かに微笑んでいた。


   *


 隣の箱庭で紙の教会の窓から蝋燭ろうそくが幻想的にらいでいる。


 白い十字に守られた白磁せいじのマリアさまがろうの光で静かに微笑ほほえんでいた。


 右の奥壁の白いステンドグラスはピエタ。眠るイエスさまを聖母マリアさまが膝に抱き静かにあやしている。


 アヴェ・マリアの歌声が礼拝堂を白くした。


 小さな白い教会の庭を走り回るワンパク三人組。


 吐息が白い。南京かぼちゃうねが続く。


 幼い赤い髪の少年が上の少年に命じられて若い白衣のシスターのスカートをめくった。


「こら!」


 やったあのポーズの少年の奥で、眼を丸くする少年。


 流れ星がウインクした。


   *


 隣の白い建物でシスターが幼子をあやしている。首筋に十字の淡い金色こんじきのアザがある。


 燭台しょくだいろうが静かに揺らめきながら幾重いくえにも白く流れ積もっている。


「マリアさまはどんな人にも優しく見守っておられるのよ」


 シスターが語りかけた。


「どんな人にも?」


 緑髪の少女が聞いた。


「あたしにも? お兄ちゃんにも?」


「ええあなたにも。あなたは幸福しあわせよ。兄妹がいるし……」


 一息。ワンパク少年らしい。


「住む家も眠るベッドもあるわ」


「でもあたしの家じゃあないわ」


 不服そうだ。シーツはきれいに洗われていたがいたんでいた。フランス語で〔慈悲じひの家〕と手で刺繍ししゅうされていた。贈呈者の名は「……沼製薬株……」とほどけている。


「家も家族も……明日食べるものもない人もいるのよ。今日何も食べていない人もね」


「あたしはかぼちゃを食べたわ」


 頬をふくらませた。


「恵まれているのよ」


「かぼちゃばかりで? かぼちゃのスープ、かぼちゃの天ぷら、かぼちゃのいためもの、かぼちゃのもの……かぼちゃシャーベット」


 シャーベットは美味しかったようだ。


「明日も……(きっと)かぼちゃだわ」


 ジャック・オー・ランタンがハロウィンよろしく頭の中で微笑んだ。


(きゃっ!)


 シスターが微笑みながら答えた。


「食べられるだけがたいのよ」


 少女は聞いていない。


「大人になったら家を建てるの。みんなが住めるぐらいのあったかいおっきな家を」


 白い吐息で真剣に話す少女だった。


「大きなお部屋でおなかいっぱい毎日フルコースを食べるの……」


 もう眠い。


「シスターはお料理が上手だからいっしょに住んでいいのよ」


 シスターのあたたかい視線に気づいた。


「ありがとう」


 シスターが微笑む。


「私は今で十分よ。ここが好きなの」


 ベッドの蝋燭ろうそくを消した。


「えっそんな」


 シスターが満足しているとはとても思えない少女が驚いて言った。


「お部屋もあるんだから一緒に住んで……」


 泣き顔になる。


「お願いだから……」


「そうね、そんな大金持ちになったら御招待させてもらうわね、小蓮シャオレン


「きっとよ……」


 気持ちが落ち着いて眠たくなった少女がつぶやいた。


「きっと……」


 窓のりガラスの透明な十字の部分に星がまたたく。


 シスターが優しく語りかけた。


「……ええどんな人にも微笑ほほえんでくれるの。恵まれていない人には特別に優しく微笑んでくれるのよ」


 静かに戸を閉めた。


 廊下の磨りガラスの十字に流れ星が止まった。



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