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後編

     *


「パンドリカの準備は出来ている」プラスチックのローマ兵が言った。


 彼らオートンの軍団に取り押さえられたドクターは、なす術もないまま、彼らの手により、パンドリカの前へと引き摺り出されていた。


 開かれたとびらの向こうには、この宇宙でも最強の化け物が閉じ込められているはずである。であるが――、


『なんだ? なにもいないじゃないか』不思議に想うドクター。


 するとそこに、先ほど撤退したはずの異星人たち――ドクターと敵対するあらゆる種族のエイリアンたち――がテレポーターで現われ始めた。


「オ前ノ能力ト限界ハ、スベテ確認済ミダ」ある種族の異星人が、そうドクターに言った。そうして、「お前を閉じ込める」と、また別の種族の異星人が、それに続けた。


 そう。今回の事件の黒幕は、この場に集ったすべてのエイリアンであり、ここに置かれたパンドリカは、ドクターを封じ込めるために彼らが作った、究極の罠だったのである。


     *


 パスッ


 ちいさな銃声が、少女アメリアをおそった。


 “ネスティーン意識体”に操られたウィリアムズ少年が、その手の中の銃で、彼女の身体を撃ったのである。「ウソだろ、アメリア、ウソだろ」


 “ネスティーン意識体”に操られている間も、彼に、ローリー・A・ウィリアムズとしての意識はあった。愛すべき少女と再会し、彼女の笑顔を取り戻したいと願う少年の意識はあった。


 しかし、にも関わらず、彼の身体は、その手の銃で、彼女のほそい身体に、プラスチックの弾丸を、撃ち込んでしまったのである。「お願いだ、アメリア、お願いだ、死なないでくれ」


 少年は願ったが、その願いもむなしく、彼を愛したその少女は、彼の腕のなかで、しろく、つめたくなって行くのであった。


     *


 陽がかたむき、“ほんとうの暗闇”が宙をおおうすこし前、「ごはんができたよ」とさけぶご婦人方の声に合わせるように、我々 《東石神井トーチウッダーズ》は、その日の帰り支度をはじめた。――レフトスタンドに向かうリーダーの背中が見えた。


 彼は、さきほどのわたしがそうであったように、フェンス越しの彼女に声をかけていた。


 彼女は、さきほどの彼女がそうであったように、一・二度かぶりを振ったあと、ゆっくりと立ち上がると、かるいお辞儀をして見せてから、その場を立ち去って行った。


 リーダーは、フェンスのこちら側で、すこしためらっている様子ではあったが、それでも結局、彼女の後を追うことは、なかった。


     *


「宇宙全体に、“裂け目”が出来た」


「現実が、おびやかされている」


「宇宙ノ存在ガ、消エテシマウ」


 異星人たちの説明は続いていた。


 彼らによれば、“時空の裂け目”はターディスの爆発によって生じ、それを操縦出来る唯一の人物、つまりはドクターが、すべてのことの元凶なのだと言う。「“裂け目”は、ドクターが原因だと断定された」


 パンドリカはそのために作られた、彼を封じ込めるための牢獄なのだと。「ドクター、お前を閉じ込める」


「たのむ! 聞いてくれ!」ドクターは叫ぶ。


 彼がどうにかしなければ、乗っ取られ暴走を続けるターディスは、このまま爆発してしまうだろう。そうして、その爆発は、歴史上のすべてのものごとが崩壊させ――、


「宇宙の存在そのものが! なくなってしまうぞ!!」


「ぱんどりかヲ、閉ジロ!」


「ダメだ! 話を聞いてくれ!!」


 しかし、それを聞いてくれるものは、誰ひとりとしていない。


「ターディスが爆発する! 止められるのは、僕だけだ!!」


 そうして――、


     *


「ごめんなさい、あなた」


 これと同じころ、ソング博士は、暴走するターディスからどうにか逃げ出そうとしていた。彼女がターディスの外に出さえすれば、暴走は自動的に止まるはずである。


 ブレーキをかけ、ロック状態の出口にコードを巻き付ける。無理やりにでも扉を開けば、そとに出られるはずだ。爆発が迫る。ドアのロックが解除された。


 しかし――、


 開かれた扉のむこうには、どこにも進むことの出来ない、漆黒の壁が、置かれていたのである。


 そうして――、


     *


 ぴぃいっ。


 と、鳥の鳴くこえが聞こえ、なにかを想い出したかのようにリーダーは振り返ると、白くひかるラインの向こう側へと歩いて行った。線の向こうに、どこかの誰かが忘れて行った、ファウルボールが、落ちていたからである。


 そうして、それからまたしばらくがして、ホームプレートまでもどって来たリーダーは、我々のボールバケツに、そのファウルボールを加えてやると――我々のボールは、いつも、彼の車のトランクにしまうことになっていたのだが――無言のまま、東の宙を見詰めた。


 つぎの休みに、彼女は来るだろうか?


 わたしは彼に、そう訊こうとしたが、くちびるを強くかみ締めたリーダーの横顔に、その言葉を飲み込んだ。


 ここに至ってわたしはやっと、我々 《東石神井トーチウッダーズ》は、強力なる5番バッターを、永久に失ったのだ、という事実を、ようやく、理解したのであった。


 そうして――


     *


「信じてくれーー!!」


 ドクターは叫んだが、パンドリカは閉じられ、ターディスは爆発し、すべての歴史は、闇へと、“本物の暗闇”へと、消え去って行ったのであった。


 すべての光が、宙から奪われてしまったのである。


     *


 闇に気づき始めた街灯たちが今夜の仕事をはじめ、ボールやミットや金属バットがそのひしめき合う音を止めると、その静寂に合わせるように、我々トーチウッダーたちも、グラウンドはずれの灯かりの下へと集まって行く。


 そう。それでも我々は、やっと、『11番目のドクター』の時間が来たのだ、そう、期待していたのである。


 が、しかしこの日、肝心の語り部である我らがリーダーは、ボールバケツを車のほうへとはこんで行ったまま、いまだ帰って来てはいなかった。


「おそいね」最年少のトーチウッダー、カタ・カツトシは言った。


「おれ、ちょっと見て来ましょうか?」わたしの横にすわる、クハ・ヒカルが言った。


 わたしは、カタやヒカルに、今日のお話はないのかも知れない。そう言おうとしてみた。


 が、しかし、と同時に、その理由をうまく説明できない自分に気付き、そのまま、開きかけていた口を閉じ、地面を見つめ、すっ。と押し黙ってしまった。


「どうしたんスか、兄貴?」ヒカルが、女のような顔でわたしの顔をのぞき込み、「やっぱ、おれ、呼んで来ますよ」と、立ち上がりかけたその時、


「あ、もどって来たよ」うれしそうな声で、カタ・カツトシが言った。


 リーダーは、レフトスタンドの入り口からグラウンドへはいると、まっすぐと、しかしためらうような足どりで、我々のいるひかりの舞台のほうへと、あゆみを進めていた。


 南からの、つよい風が吹いていた。


 彼は、茶色のジャケットのえりを立て、地面を見つめ、整えていたはずの髪も、いまではボサボサになっている。「なんだかきょうは、さむいしね」と言った、キクチ・カナ嬢のことばが、想い出された。


「それで?」ひかりの舞台に立ちながら、リーダーは訊いた。「どこまで話したんだっけ?」


「前回はなしたところまで!」いつもの調子で、ハナタレたちは声をあげた。


 わたしは過去の、あるいは未来の、ドクターが着けていたという、虹色のマフラーのことを想い出していた。


「灰に沈んだ街のはなし?」いままで出て来たこともない場所が示され、


「ちがう!」いつもの調子で、ナマイキどもはどなり返す。


 いまのリーダーにこそ、あの虹色のマフラーが必要だ、わたしは想った。


「鏡のむこう側にまよい込んだ男の話はしたんだっけ?」いままで出て来たこともない人物があげられ、


「それもちがう!」また、いつもの調子で、不良少年たちはさけび声を上げる。


 するとリーダーは、「ああ、ごめんごめん」ワザとらしく頭を掻くと、「パンドリカは閉じられ、ターディスは爆発し、すべての歴史は、闇へと――」と言ったところで、とつぜん、しゃべるのを止めた。


 それからまた彼は、「ごめん。ごめん」そう言って笑いながら、ジャケットからいちまいのタオルハンカチを取り出すと、


 ケホ、ケホ。


 と二つ三つ咳こんでから、「すべての歴史は、闇へと、“本物の暗闇”へと消え去り、ドクターも――」そう続けた。「ドクターも、この世界から、いなくなったんだったな」


 ケホ、ケホ。


 また、咳ばらいが聞こえた。


 それからリーダーは、こんどはすこし真剣な顔になって、また、それからすこし笑って、そうしてそのまま、言葉を詰まらせると、まるで、砂ぼこりが目にはいったかのような表情を、いっしゅん見せた後、「そうして、すべての光が、宙から奪われて――」手にしたタオルハンカチを、両方の目に当てた。「そうして、すべてのひかりが、宙から奪われてしまったんだったな――それで、おしまいだよ」


 トクン。


 沈黙が、訪れた。


 皆がみな、リーダーの最後のことばの意味を、測りかねていた。


 おしまいとは、どういう意味だろうか?


 今日のおはなしはない、そういう意味だろうか?


 それとも二度と、ドクターの物語が語られることはない、そういう意味だろうか?


 ひかりの舞台に立ったまま、リーダーも、言葉をなくしていた。


 ながい、沈黙が、訪れた。


 宙を、“ほんとうの暗闇”がおおい尽くそうとしていた。


 これが、物語の終わり?


 宙のひかりは奪われたまま、だれも救われていないのに?


 アメリアは? ウィリアムズ少年は? ソング博士は? ぼくらの、11番目のドクターは?


 ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい、ながい。


 沈黙が、訪れた。


 突然、わたしのななめ前にすわる、カタ・カツトシが、泣き声をあげた。


 わたしたちは、誰もそれを止めることが出来なかった。


 ヒカルが、わたしの手をにぎった。


 わたしは、自分のひざがふるえていたのをおぼえている。


 ゴオォッ。


 ひときわおおきな南風が、グラウンドをおそった。そうして、


「そうして、大いなる静寂サイレンスが訪れ、物語は滅び去っ――」リーダーがつぶやこうとした、そのとき、


「それでも、」誰かが、静寂に抗うように言った。「それでも、ドクターなら、宇宙を救えるんでしょう?」


 ひかりの舞台からいちばん離れた場所に立つ、シラタニ・タクマであった。


     *


 西暦1996年、英国レドワース。


 我々と同じ地球に住む7才の少女、アメリア・ポンドは、精神科医によるカウンセリングを受けていた。


「なにが見える? アメリア」夜空を見上げながら、精神科医は訊ねた。


「月」アメリアは答える。


「ほかには?」


「あとはまっくら」


「星は、ないわね」


 それと言うのも、彼女の描く夜空には、無数の星々が、現われていたからである。


「いい、アメリア?」諭すように精神科医は続ける。「お星さまは、お話の中だけのものなの。現実にはないって、分かってるわよね?」


 アメリア唯一の肉親である彼女の叔母は、彼女が、精神を病んでいるのではと、心配していたのである。


     *


「よく見てみろよ、タクマ」地面にしゃがみ込み、下を向いたまま、リーダーは言った。「これが、現実だよ」彼のうえにも、“本物の暗闇”は、迫ろうとしていた。「この宇宙に、ひかりなんてものは存在しないんだよ。我々はずっと、このひろい宇宙で、ずっと、ひとりきり。たった、ひとりきり。いまも、これまでも、これからさきも、ずっと――」


     *


「アメリアー、どこなのー? アメリアー?」


 アメリアの叔母シャロンは、ロンドンのとある美術館で彼女を探していた。


 と言うのも、この美術館に来たいと言い出したのは当のアメリア本人だったのだが、その彼女が突然、お目当ての箱の展示室に向かう途中で、消えていなくなったからである。


『アメリア・ポンドちゃん、叔母さまがお待ちです。受付に来てください。アメリア・ポンドちゃん――』


 警備のひとを呼び、館内放送まで流してもらったが、いっこうにアメリアは現れなかった。


 が、それもそのはず、彼女は、誰にも見付からないよう、美術館のなかに隠れていたからである。


     *


「それでも、」ひかりの舞台へと上りながら、シラタニ・タクマはこたえた。「それでも、だれも助けに来てくれなくても、それでも、」リーダーのまえに、ひざをついた。「ドクターなら、リーダーなら、それでも、それでもきっと、ぼくらの前に――」そんな彼のようすは、まるで、7才の子どもにもどったかのようであった。


     *


 西暦105年、英国南部ストーンヘンジ。


 我々とおなじ地球にプラスチックのローマ兵としてよみがえったアーサー・A・ウィリアムズは、その腕のなかでしろく冷たくなっていくアメリアを抱き締めながら、星の消えた宙を見上げていた。


「君は知らないけど、宇宙は終わった。西暦102年にね。つまり僕らは、生まれても来ないことになる」存在そのものを、消されて終わることになる。「僕は二回目」自嘲気味なわらいが漏れた。「いまの、ウケるだろ?」が、そのくだらないジョークに少女がこたえることはなかった。少年は、彼女のほおを撫でた。「笑ってよ」


 少年は、あの男のことを、想い出していた。「宇宙は広くて、不条理で、あり得ないことが起きるって、ドクターは言ってた」彼ならきっと、なんとかしてくれるはずだったのに。「いまこそあり得ない奇跡が必要なのに」彼はいま、地下の牢獄に閉じ込められて――、


 ブシュンッ。


 と、とつぜん奇妙なおとがして、前を見上げた。


「ローリー! 彼女は死なないぞ!!」まっ赤なトルコ帽をかぶったドクターが、そこに立っていた。「どーした? 世界の終わりみたいな顔だな。ま、宇宙が終わるのはたしかだけど、彼女は無事だ」


     *


「トルコ帽?」いまだなみだ声のカタ・カツトシが訊いた。「トルコ帽ってなに?」


 さすがにこの質問には、紅組 《レッド・フェズ》のメンバーたちから非難の目が向けられたのだが、いまはそんなことにかかずらっている場合ではない。シラタニ・タクマの言葉に、願いに、動かされるように、リーダーが口をひらいたのである。「たしかに世界は終わった。が、君たちはまだ生きている」そうして、「大丈夫、まだなんとかなる」


     *


 トルコ帽をかぶったドクターからパンドリカに閉じ込められているドクターを助け出すよう言われたウィリアムズ少年は、トルコ帽をかぶったドクターから渡された彼のソニックドライバー (これまで説明するのをすっかり忘れていたが、要は、なんでも出来るドクターの秘密道具のようなものだ)を使って、パンドリカに閉じ込められている方のドクターを助け出す。すると当然の如く、パンドリカに閉じ込められていた方のドクターは、


「どうやって開けた?」


 と、おどろいた顔で彼に訊いてくるのだが、その質問に対してウィリアムズ少年は、トルコ帽をかぶった方のドクターから受け取った彼のソニックドライバーを、ついさっきまでパンドリカに閉じ込められていたけれど、いまは外に出て来たドクターに――って、ああ! メンドクサイ!!


「なるほど。未来のぼくが君に渡したんだな」と、わたしの代わりに説明をしてくれるドクター。「未来があるとはうれしいね」


 それから彼は、「歴史は崩壊した」と、わたしの代わりに、要約すらはじめてくれた。「すべては失われ、宇宙は存在しなくなった」


「じゃあ、どうして僕らは無事なんだ?」とウィリアムズ少年。


「台風の目のような場所にいるから、まだ消えていないだけだ」いまここにある地球は、台風の目、崩壊の中心、最後のひとつの蜃気楼のようなもので、トルコ帽のドクターは、そこの未来からウィリアムズ少年の前に現れ、どうにかして宇宙を救おうとしているのだと言う。「よし。アメリアを下に運ぶぞ、ローリー」


     *


「おい! おいおい、なにしてるんだ!!」ウィリアムズ少年はさけんだ。ドクターが、意識のないアメリアをパンドリカのなかに入れ、その扉を閉め始めたからである。であるが、これは、アメリアのことを考えた、ドクターの策であった。


「パンドリカは究極の監獄なんだ。死ぬことも、脱獄と見做され、この中では許されない」と、ドクター。アメリアは死にかけているだけで、この中にいれば、仮死状態が維持される。「あとは、彼女のDNAをスキャンして、再生されるのを待てばいい」


「いつ再生される?」


「うーん?」左手の腕時計を確認するドクター。「二千年後かな?」


     *


「わかった!」にぎっていたわたしの手を離し、立ち上がらんばかりのいきおいでヒカルが言った。「アメリアを美術館に呼んだのは、ドクターだ!!」


「そのとおり!」とこちらは、ひかりの舞台のまん中で、立ち直ったばかりのリーダー。「ふたたびパンドリカを開くためには、外側から彼女のDNAを認識させる必要があったんだ」


 そのためドクターは、1996年のアメリアの家に、“ここに来て”と書いた、美術館のパンフレットを投げ込んだのだと言う。


「じゃあ、未来のアメリアは?」続けてヒカルは訊いた。


「パンドリカのなかで傷もふさがり、元気ピンピン生き返るのさ」


「で、でも、二千年もひとり切りで大丈夫だったんですか?」


「それはもちろん、何者も外側から箱を開けることは出来ないから――」そうリーダーが続けようとした瞬間、


「それはちがうよ、ヒカル」シラタニ・タクマが、彼のことばをさえぎった。「彼女はぜったい、ひとり切りにはならない」


     *


「お姉さん、だいじょうぶ?」おさないアメリア・ポンドは訊いた。「なんだか泣いているみたい」彼女のまえに立つ女性のせなかが、なぜだか震えていたからである。


『歴史のなかで、流転をつづけたパンドリカ。その護衛に当たった、伝説の兵士がいたと言われています――』


 美術館の、無機質な機械音声が語っていたのは、彼女のはいる青く大きなボックスと、それをまもり続けた――二千年ものあいだ孤独にまもり続けた――ひとりの勇敢な、ローマ兵の物語であった。


     *


「やった!」うしろの方でだれかが叫んだ。「やっぱりローリーだ!!」貧乏くじの多い彼にも、しっかりとファンは付いていたのである。「そしたら、すぐに感動の再会ですね?!」が、しかし、


「いや、ここで、ドクター最大の敵が復活する」とリーダー。「歴史が消えて石化していたはずのダーレクが、とつぜん動き出したんだ」


     *


※作者注

 そう言えば、この“ダーレク”なる最凶最悪のエイリアンについての説明もすっかり抜け落ちていたので…………って、あー、いいや、書いてるとまた長くなるし。気になるひとは、ググるなりヤホーで調べるなり勝手にやってくれ。肝心なのは、ふたりのアメリアのピンチに現われた、ふたりの男の子たちであって、ひとりはもちろん、次元転移装置で現われたドクターであり、そうしてもうひとりは――、


     *


「ローリー!」


 ピンチのアメリアたちを助けたのは、美術館の警備員に扮していたウィリアムズ少年であった。彼は手に仕込んだ銃でダーレクの視覚装置――あ、ダーレクってのは、ひとつ目玉なのね――を破壊すると、彼らをつれてその場を逃げ出――あれ? そう言えばドクターは?


「光だ。パンドリカからこぼれた光が、ダーレクに当たったのか――」とドクター、なにやらダーレク復活の理由に想い当たったらしいのだが――あ、もちろんこれは伏線です――、二千年ぶりの再会にあっついキッスを交わすアメリアとローリーに――って、そう言えば、これもすっかり書き忘れていましたけど、ドクターが色々とタイムトラベルしている間に、彼らもすっかり大人になって、あっついキッスぐらいは普通にするようになっております。はい――、と、そんな彼らに、「おい! 逃げろ! いそげ!!」と声をかけ邪魔をするドクター。「はやく手を打たないと、すべてが消滅するぞ」と、先をいそぎ、美術館の屋上へ出るよう彼らをうながした。――おさないアメリア・ポンドのすがたが、すでに消えていたからである。


     *


「待って待って、リーダー!」手をあげながら、ババ・ダイスケ7番セカンドは訊いた。「博士は? ソング博士はどうなったの?!」年上好きの彼にとって、彼女は理想の女性なのだ。「まさか、ターディスといっしょに爆発しておわりじゃないよね?!」


「まさか!」わらいながら、リーダーは応えた。「そんなこと、誰も望んじゃいないさ」


「ほんとう?」


「だって、おかしいとは想わないかい? すべての星が消え去ったっていうのに、なぜ、ぼくらのあの太陽だけ、あそこにああして、輝いているんだい?」


     *


 それは、爆発を続けるターディスであった。


 そう。爆発を続けるターディスの光と熱は、そのまま地球へと降りそそぎ、この大地を、崩壊を続ける宇宙のなかで唯一、生命が生き長らえることの出来る場所にしてくれていたのである。そうして――、


     *


「ごめんなさい、あなた/ごめんなさい、あなた/ごめんなさい、あなた/ごめんなさい、あなた/ごめんなさい、あなた/ごめんなさい、あなた/ごめんなさい、あなた/ごめんなさ――」


 ターディス内部のソング博士も、ターディスそのものの意志により、タイムループのなかへと閉じられ、生き長らえていたのである。


     *


「“やあ、ハニー、帰ったよ”」と、ドクターの真似をしてみせるリーダーだが、


 どっ。


 と、よほど似合っていなかったのだろうか、一同のわらいを誘う。


「と、とにかく」照れくさそうに手をパタパタさせるリーダー。「こうしてみごと、博士を救け出したドクターは、宇宙の再起動を試みることになるんだ」


「宇宙の再起動?!」皆が、いっせいにおどろき訊き返した。


「そう。言ってみれば、“ビッグバン2”だな」


     *


「どうしてダーレクが存在すると想う?」われわれ全員に向け、ドクターは訊いた――あ、これが伏線の回収ってやつです。「消されたのに、復活出来たのは何故だ?」


 さっきも少し書いたパンドリカからの光――正確には復元エネルギーだけど――、アメリアを再生させたあの光が、ダーレクすらも復活させたということらしい。


     *


「ドクターの作戦はこうだ」リーダーは続ける。「ターディスの爆発で、すべての事象と時間は崩壊した。宇宙に存在する原子もすべて消滅したけれど、一か所だけ、閉じられ続けたパンドリカの中だけは、崩壊の影響を受けていない数十億の原子が、理想的な状態で残されている。かつての宇宙の名残りであるそれらの原子に復元エネルギーを当てることが出来れば……、全宇宙を復元することが出来る――たぶんね」


「でも――」シラタニ・タクマが訊ねた。「どうやって?」


     *


「爆発を起こして、宇宙を再起動する」と、これはドクター。「さあ、行こう」


 そうして、そのためには――パンドリカにある復元エネルギーを、時空にあるすべての粒子に当てるためには――無限のエネルギーを、パンドリカに与えればよいのである。


 が、このドクターの考えに対して、


「そうね」と、ソング博士は反論する。「そう出来たら素敵でしょうけど、無理よ、絶対に不可能だから」しかし――、


「いや、君も分かってるんだろ?」と、彼女を愛しく見つめながらのドクター。可能性は限りなくゼロにちかいけれど、ゼロではない。「大爆発さえあればいい」


「どういう意味よ? ドクター」


     *


「そこには、歴史のなかで、爆発を続けるターディスがあった」と、舞台のまん中で一回転するリーダー。こちらを向きなおると、そのまま、くび元の蝶ネクタイをなおす。「その炎のなかにパンドリカごと飛び込めば、そこからすべての時間と空間に復元エネルギーが到達、歴史のすべての瞬間に作用し、宇宙は修復される」


 おー!!


 と、歓声をあげるトーチウッダーたちだが、もちろん、彼らのほとんどは、この説明の半分も理解出来てはいないし、かく言うわたしも、似たようなものだが、それでも、ただわたしは、この作戦の、たいへん重要な部分には、気が付くことが出来た。


 だれが、パンドリカをターディスにぶつけるのだろうか?


「それは、」右手のひと差し指でわたしの顔を指しながら、リーダーは言った。「僕が――ドクターがやる」


「でも、」わたしは応えに詰まっていた。「そしたらドクターは?」


「宇宙は修復され、時空の裂け目は閉じられる……。そうだな、」わたしの顔を見つめながらリーダーは続け、「その中心にいる彼は……、うん。きっとそのまま、時空のすき間に落ち込んで……、たぶん、歴史から消え去ってしまうんだろう」そう言ってわらった。「ごめんな、マコト。こればっかりは、僕にも、どうしようもなさそうだ」


     *


「きみは、ひとりで苦しんでいた」死地へと向かうドクターが、アメリアに声をかけた。「つらかっただろうな、よく耐えられたものだ」


 彼女は、レドワースのあの家で、ずっと叔母さんとふたり暮らしであったが、両親はどうしたのか? と。


「よく、おぼえてないの」アメリアは返す。


 彼女は、壁の裂け目のあるあの部屋で、ずうっと、かれらの記憶を、うばわれ続けていたのである。


「家族のことを想い出すんだ、アメリア」崩壊を続ける宇宙のなか、彼女の顔を見つめながらドクターは続けた。「ローリーだって取り戻せた。想い出せば、家族ももどる。きみなら出来るよ――アメリア・ポンド」


「でも、」アメリアも、応えに詰まっていた。「そしたらあなたは?」


「家族がいれば、」ドクターは答え、「空想の友だちなんか、必要ないだろ?」そう言ってわらった。


     *


 駅前のロータリーに沿って歩きながら、菊池加奈は、ふと立ち止まると、たぶん涙でこまったことになっているであろう顔の化粧を、駅構内の化粧室でなおすべきか、それとも、先ほど見かけた、コンビニエンスストアの化粧室を借りるべきかで、悩み始めた。


 が、しかし、それと同時に彼女は、いったい自分が、なぜこれほどまでにかなしさを胸にかかえているのか、その理由が分からないでもいた。


 さき程までのつよい南風はやみ、そらには、うす赤色の満月と、たくさんのお星さまが、またたきを始めていた。


「ごめんなさい、とおるわよ」彼女のよこを、ひとりの女性がとおり過ぎて行った。


「あ、すみません」加奈はこたえ、女性は、改札のむこうから、こちらを向いてほほ笑んだ。


 どこかで会っただろうか?


 加奈はそう想ったが、そう想ったつぎの瞬間、女性は消え、いなくなっていた。


     *


 そのつぎの瞬間、逆流をつづける時空のなかに、ドクターはいた。


 “ビッグバン2”は、成功したのである。


 彼を乗せたパンドリカは、爆発をつづけるターディスへとぶつかり、そこにあった原子たちは、復元エネルギーとともに、あらゆる時間の、あらゆる空間へと広がっていき――、そうして、宇宙は復活を遂げたのである。


 そうして、その代償として、ドクターは時間をさかのぼり、自身の過去を、誰にも想い出せないよう、そっとしずかに、消して行くのであった。


     *


 時間を逆行するドクターに、我々不良少年たちは、言葉をなくしていた。


 信じていただけるかどうかの自信はないが、リーダーの語る、この『11番目のドクターと少女アメリアの旅の物語』は、我々トーチウッダーにとって、大変うってつけのお話であり、そうしてまた――すくなくとも、西暦2010年の我々にとっては――おとぎ話でも、夢物語でも、ましてや、つくり話でも、なかった。


 宙をゆくクジラに、闇にひそむ天使。


 冷たくひかる太陽に、やさしい杉の、森のうた。


 しがない男の恋路を助けたかと想えば、地の果てまでをも覗ける、高いたかい丘のうえにいる。


 出来得ることならば、その物語を、その物語の隅々を、もういちど、この目に見たい、この耳に聴きたい。


 そう、皆がみな、無意識に、また無分別に、そう、想っていたのである。


 なのに、そのすべてが消えてしまう? ドクターといっしょに?


「それでもだいじょうぶさ」カタ・カツトシのなみだをふいてやりながら、リーダーは言った。「君たちなら、きっと彼を、想い出してくれるだろ?」


     *


「考えたんだ――」


 西暦1996年、英国レドワース。


 ドクターのたびは、ここで終わっていた。


「きみに声がとどけば、消えずにすむかもって――」


 そこには、いまだ7才のアメリア・ポンドが、いつか来てくれるであろう彼を待ちながら、待ち続けながら、家の庭先で眠っていた。


「バカだよな――未練がましいドクターだ」


 彼は、最後のさいご、ちいさなままのアメリア・ポンドを、やさしくしずかに、そっと抱えあげると、ねむったままの彼女を、二階の寝室まで連れてあがり、彼女のベッドに――あたたかな、夢見るそのベッドに――彼女を寝かし、そうして、すこしながめの、未練がましい、別れのあいさつをした。


 が、ここにいちいち、その、とても素敵な、ちょっとながめのあいさつを、書きのこしておくような無粋なまねは、やめておくことにしよう。


「それじゃあ、そろそろ行かなくちゃ――」ドクターは言うと、「元気で。――さよなら、ぼくのかわいいアメリア・ポンド」


 そうしてそのまま、すべての宇宙の、すべての時間と空間から、永遠に、消えてしまったのであった。


     *


「ようし! 今日はここまで!!」と、とつぜんリーダーがさけび、


「えー!!」と、当然のごとく我々もさけんだ。


「ほらほら時間だ! 帰った帰った!!」と、皆に立つよう指示が出され、


「なんで? なんで?」と、5才9ヶ月のハナタレと、6才1ヶ月のナマイキ小僧が、同時に彼に突撃して行った。「ドクターとアメリアは? どうなっちゃったの?」


「あー、それはだなーー」左手首のスポーツウォッチをたしかめながら、リーダーは応えた。「このあとちゃんと、確認しておくよ」


 東京とロンドンの時差はちょうど9時間。そろそろあちらの結論も、出ているころだろう。


     *


 さて。


 ここから先の、『11番目のドクターと少女アメリアの旅の物語』について、このままここで、このさき何十時間にも何千ページにもわたって、ご披露申し上げることは、やってやれないことはないものの、そこはそれ、やはり読者の皆さまへのご迷惑とご厄介を考え、ご遠慮申し上げるのが、ちゃんとした大人の態度であると想いたいし、それにそろそろ、《エイコクビービーシー》なる悪の巨大組織の検閲の目も、気にしなければならぬ頃合いでもあろう。


 が、幕を降ろすまえに、もうひと言だけ。


 この、西暦2010年6月下旬に起きた悲しい結末にも関わらず、我らが 《東石神井トーチウッダーズ》初代リーダー・河島恵太は、彼と彼女と彼女の伴侶の旅の物語を、根気強く、賢明かつ懸命に、くじけず最後まで、謳い上げてくれたという事実は、どうしても、ここに書き残しておくべきことである。


 と、わたしは想う。


 なぜなら、前にも書いたとおり、われわれ東石神井のロクデナシ、不良少年どもは、どいつもこいつも――5才5ヶ月のハナタレから、13才3ヶ月のナマイキ小僧に至るまで――ひとり残らず、この初代リーダーを、こころの底から愛していたし、尊敬もしていたし、そうしてなにより、いまもこうして、しっかりと、想い出すことが出来るのであるから。



(おしまい)

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