心の傷を乗り越える
「かなでのペースでいいんだよ、俺にはたくさん頼って」
車椅子に乗る私の目線の高さに合わせて、いつもの優しい笑顔で私に話しかけてくる。
私はこの優しさが怖くて怖くてたまらない。いつも誰かに認められるためだけに生きてきて、今まで積み上げてきた功績は跡形もなく、ただただ歩けない邪魔な人間が1人いる。なんで私には何もないのに返せないのに優しくしてくれるんだろうか?
なんでこんなにも愛してくれるんだろうか?
先日に一緒にいたいと翼に言ったものの、頭の中ではずっと「こんな役立たずと一緒にいたいわけがない」だった。突然、翼の日常に「歩けない・食べれない・精神が病んでる」の3つも揃っていて、一番生活を乱すやつが居候してるのに、いつもいつも優しいのだ。そして、食が細くなって残しても嫌な顔1つしない。
この前も原因が不明だが傷口が開いて入院した。その時にもたくさんの私の過去を背負わせてしまった。話すつもりもなかったのに、ずっと一人で抱えて一人で苦しんでればいいと思ってたのに。お陰で翼にも無理をさせて1週間会わないようにした。それなのに彼は私幼馴染に会うし、私を支えようと過去を知ろうと必死で駆け回っていた。嬉しい気持ちより、私はなんでここまでしてくれるのかが分からず怖かった。見返りを返えせないのに、返さなきゃいけないのに。私が彼を好きでいたらきっと迷惑なのに……別れないで一緒いたい私もいる。
「かなで?」
考え事をずっとしていたせいで、翼を心配させてしまった。
「ごめん、ちょっと考え事」
目線の高さにいる翼を抱き締める。温かい。父上からいらないと言われてから、つい翼に触れたくなって簡単にスキンシップを取ってしまう。触れてないとどこか行ってしまいそうと思いつつ、私のことなんて放ってどこか逃げてほしいと思ったりと情緒が忙しい。精神科の先生曰く、幼少期の私が強く出ていて小さい頃できなかったことを取り戻しているそうだ。私が小さい頃に一番できなかったことは泣くことと甘えることだった、ずっとそれを翼に対してしている。そして幼少期の自分と今の自分が混在しているから、こんなに泣いたら・甘えたら迷惑なのにと思いながら翼にくっついてしまう。
抱き締めると翼も優しく私を包んでくれる。この瞬間が本当に好きで好きでたまらない。翼の匂いや体温が全て伝わってくる、つい嬉しくて笑ってしまう。
「かなでが嬉しそうで俺も嬉しいよ」
いつもの優しい声色で私の耳元で囁く。その言葉と一緒に背中もさすってくれる。
ハグを終えて、いつものソファでゆっくりする。私はこのソファに移り座ると遠慮なく翼に甘えてしまう。私は彼の胸板に顔を埋めるのが好きだ、今もその体制で抱きつく。この体制になると翼は頭を撫でてくれる、大きい手で優しくて騎士特有の剣の稽古でできたタコの感触も伝わってきてすごく安心する。翼に迷惑を掛けてしまってると思ってるが、幼少期の自分が強い今はこれも大好きだった。でも、身勝手に翼にくっついてるだけで、やはり邪魔になっているだろうと暗い自分も出てくる。離れようとすると翼に今度はギュッとされる。
「もう少しこうしてたい。ダメかな?」
甘えた顔で私の瞳を見ている。翼は表情で感情がすごく分かる。可愛らしい表情だった、私ももう少ししてたい。
「かなでが俺の胸のところにいるの安心するんだ、まだ一緒にくっついていよ?」
私は顔を頷かせて翼に腕を回す。彼の厚い胸板が分かる、翼が伝わってくる。
「やった!ありがとう、かなで」
ギュッとしていた腕に力を込めてお互いがゼロ距離でくっつく。とてもとても安心する、私を必要でいてくれる、いてもいいのかなと思える場所だった。
私は知らぬ間に寝ていたらしい、ベッドに運ばれ私の隣には翼が私を優しく抱きながら寝ていた。翼の話によると胸の中だと私は悪夢を見ないで寝ているらしい。それからというもの私はこうして翼に抱かれて寝ていることが多い。近くにある翼の胸の顔をつける、翼のいい匂いがしてつい笑みが出てしまう。寝息を立てている翼を起こさないように優しく輪郭を撫でる。
翼、愛してる。
愛おしくてたまらない、でも今の私は翼にとって邪魔な存在他ならないだろう。こんな私に愛されてもきっと迷惑だろう、いっそ別れてくていいのに、いつ歩けるか、もしかしたら歩けないかも知れない私を捨ててくれてもいいのに。急に負の感情が溢れて涙が出てくる。いらない私なのになんでいつも優しくて温かくて、ワガママ聞いてくれて、こんな迷惑な存在なのに見返りが出来てないのに愛してくれるの?翼?
涙が止まらない。翼を起こさないように嗚咽をなんとか抑える。こんな弱ってる私のどこがいいの?父上のように捨ててよ。暗い考えが止まらない、その度に私は強く泣いてしまっていた。嗚咽は抑えてたのに、私を抱いていた翼の手が私の背中を優しくトントン叩く。
「怖い夢をみた?大丈夫、俺が隣にいるから」
回されていた腕に優しく力を入れて私を抱き締める。
「大丈夫、大丈夫」
いつもの優しい声。そんな声を聞いて我慢していた嗚咽が漏れてしまう。私がしっかりしなきゃいけないのに、私は迷惑しか掛けていない。今の自分が大嫌い、こんな私なんて捨ててよ。暗い気持ちが強い私は翼に心無い言葉をかけてしまった。
「なんでいつも優しいの?私なんて邪魔なのに」
「邪魔だなんて思ったこと一度もない。俺はかなでと一緒にいたい」
「私何も出来ないし、迷惑しか翼にかけてない。今だってそう。子供みたいに泣きじゃくったり甘えたりして、翼の時間を奪ってる」
泣きながら怒った口調で翼に当たりつける。それなのに翼は優しく私を撫でる。
「かなでが迷惑だと思ってることは、俺にとってはかなでの役に立ててることだ。嬉しいんだ、だからたくさん迷惑かけて」
そんな優しい言葉をかけられてまた私は泣いてしまう。私が当たり散らして翼を傷つけてるのに全然この人は怒らない。怒るどころか、私に優しくしてくれる、なんでなの……何も出来ないのに優しくしてくれるの?
「私はいらないのに」
ぼそっと口に出して言ってしまった。精神科の薬で収まっていたはずの感情だった。密かにまだ思っている感情、騎士でない私に価値はない。そして、翼に見合う見返りをできてない私はいらないんだ。いっそいなくなったほうが翼にとっていい。
翼の抱き締める力が強くなる。
「俺は生きてて嬉しかった、かなでにいてほしい。何度だって言うよ、俺はかなでを愛してる」
「あなたの優しさが怖いの!!何も見返りできてないのに、私を愛してくれて。何もないただ邪魔になる私をなんで好きでいてくれるの?わかんないよ!!」
とうとう怒鳴ってしまった。ヒステリックに泣き叫びながら、翼に酷い言葉を投げている。なんで言ってしまったんだろう、今度こそいらないと言われてしまう。そう思っているのに衝動が収まらない。
「うまく伝えられるかわかんないけど、見返りはたくさん貰ってる。俺と付き合ってくれたこと、俺と一緒にいたいって言ってくれたこと、それだけで十分。ただこうしていてくれるだけで俺は嬉しい。かなでは俺のこと嫌い?」
怒鳴りながら泣いている情緒の安定しない私の顔を見ている。いつもの優しい顔に悲しい感情を宿している、やっぱり傷つけた………私なんて………また涙が溢れる。傷つけることと邪魔になることしかできない私はあなたに相応しくない。
「かなでが自分のことをいらないっていうの俺は悲しいよ。俺はこんなにいてほしいのに」
翼の顔が悲しい感情に埋め尽くされていく。ごめんなさい、酷いことまた言った……傷つけた………
「かなでが自分を大事にしてよ、じゃないと悲しい」
私が傷つけることを言ったから悲しい表情なのかと思っていた。よく聞くと私がいらないと言ってることに泣きそうになっていた。なんで?私は驚いてしまう。
「かなでの本心じゃないでしょ?いらないって言うのはいつも俺のためだ。ワガママたくさん言ってよ、甘えてよ」
本音を言うなら私だって翼と一緒にいたい。だけどこんな身体じゃ、ただただ迷惑でしかない。私は翼に必要ない。
「今、翼に私は必要ないって思った?必要あるよ、おおあり。俺もかなでに甘えたいんだ。だから、かなでも甘えて?」
心を読まれた。びっくりして翼の顔を見ると優しい顔で微笑んでる。これじゃあまるで私のほうが歳下みたいじゃないか……私がしっかりしなきゃいけないのに。
「私のほうが歳下みたいで嫌になる」
恥ずかしくて顔が赤くなってるのを隠すために翼の胸に顔を埋める。私の情緒は落ち着きがない、本当に不調だ。
「いいじゃん歳下みたいでも。俺、好きだよ」
胸に顔を埋めた状態のまま頭を撫でられる。これじゃあ本当に子供だ、あやされてる。でも、でも、甘えていいならこうしててもいいんだろうか。
翼の胸から顔をあげて翼と目を合わせる。
「翼、酷いこと言ってごめんなさい」
「いいよ、気にしてない」
「私も翼のこと好きだよ、愛してる」
「ありがとう、俺も愛してる」
「本当にたくさん甘えていい?」
「もちろん」
いつもの優しい笑顔と声色で胸から見上げる私と話す。知らない間に私のほうがあなたをぞっこんしてる。歳上なのに弱りきって頼りないし、でもそんな私も受け入れてくれる。そんな彼にワガママをぶつける。
「翼、キスしてほしい」
「いいよ、顔の近くに来て」
彼の胸につけていた顔を翼の顔に近づける。
「かなで綺麗だよ」
私の顔の輪郭を撫でながら甘い声でいう。彼のこの声は恥ずかしくて、未だに顔に熱を持ってしまう。何度やられてもきっとこの声に慣れない気がする。それくらいに私のために言ってくれていると伝わってくる。
「愛してる」
私の唇に翼の唇が重なる。柔らかい、温かい、もっと体温を感じたくて翼に腕を回す。身体全体から翼を感じる。腕を回したことに気づいて、翼を私を抱き寄せる。このまま唇を重ねていたい。
しばらく、お互いを感じてゆっくり翼が離れていく。
「翼愛してる」
「ありがとう、俺も愛してる」
いつもの優しい笑顔、さっきの悲しい顔がどこかに行った。私は鼻を擦り合わせて甘える、くすぐったいのか少し笑いながらもやってくれる。
また、たくさん酷い言葉をかけてしまうかもしれない、邪魔にや迷惑になるかもしれない。でも、一緒にいていいなら一緒にいたい。
しばらく翼に背中をトントン優しく叩かれ、私は再び夢の中に入っていった。