7.白銀の国、ブランシュール
道中にある町での休憩も交えながら、約半日かけて、ブランシュール王国の王都にやってきた。
ブランシュール王国には、まだ雪が残っており、陽の光が反射し、街全体が輝いていた。
「お嬢様…、ブランシュールは綺麗な国ですね。私は初めて来ましたので、とても新鮮です」
ソフィアもブランシュールの輝きを初めて見た時は、とてもワクワクしたのを覚えている。エマの感想にとても共感できた。
アドルフは、この日、街の様子を散策する予定であった。明日からの交渉に役立てる為である。ソフィアも久しぶりのブランシュールの城下町に興味津々のため、同行することとした。
この国も寒い環境のため、工芸品産業が盛んである。ブランシュールはガラス製品に特化しており、ガラス細工やステンドグラスが有名だ。
(綺麗!街自体も雪でキラキラしているのに、商業品もキラキラなのね)
ソフィアは目を輝かせて、あちこち見回している。その姿をアドルフは微笑ましく眺めていた。
「ソフィー、どれか気に入ったものはあるかい?私からプレゼントしたい」
『良いのですか?どれも素敵で迷ってしまいます!』
「良いぞ。どれでも気に入ったものを。長いこと離れていたのだ。父親らしいこともしたい」
アドルフからは時々アクセサリーを贈ってはいた。オルヴェンヌの工芸品である銀細工のものだ。ドレスや宝飾品は皇太子に遠慮して贈ることは無かったが、実は皇太子からソフィアには何も贈られることがなかったため、パーティー用のドレスや宝飾品はソフィア自ら用意していたことが後に発覚し、アドルフは悔やんでいた。
『それでは、こちらのステンドグラスでできたペアのブローチを』
雪の結晶をモチーフにした、大小2つで売られているブローチだった。
「では、こちらをいただこう」
商品を受け取ると、ソフィアは早速、大きいブローチをポンチョコートの胸元に着けた。
「おお!このコートはオルヴェンヌオリジナルの新作柄だな。うむ、このコートに合わせると、さらに良いな。ソフィーによく似合っておるぞ」
ソフィアは、はにかみ笑顔を向けた。
その場に居合わせたものは、ソフィアのあまりの可愛さに悶絶した。
そして、ソフィアは、小さい方のブローチをエマのコートの胸元に着けた。
「え!お嬢様!?何を…!?」
ソフィアは筆談し、父の侍従のフレデリックに見せた。
「ふふ、かしこまりました。エマ、ソフィア様はあなたとお揃いのものを身に付けたいのだそうですよ。プレゼントしたいそうです」
さすがに父に通訳してもらうのは躊躇いがあり、侍従のフレデリックにお願いした。
「そんな、私なんかがいただけません…」
ソフィアはまた筆談し、フレデリックにお願いした。
「そう言うと思ったから、全く同じではなく、大きさの違う同じデザインの物にしたそうですよ」
「でも…、本当によろしいのでしょうか…」
そのやり取りをみていたアドルフは、マドレーヌからの報告を思い出し、口を挟んだ。
「エマ、そうだな。今は、ソフィアの友人として受け取ったらいい」
さすがに、アドルフの言葉をもらって、エマもプレゼントを受け取ることにした。
「…ありがとうございます、旦那様!お嬢様!大切に大切にします!」
エマは泣き笑いしていた。
こうして4人は、街の中を散策していたが、行き交う人の視線をチラチラと感じることに気がついた。
「アドルフ様。いつもよりご婦人の視線が多いように感じますが…」
「ん?ご婦人はいつも通りお前を見てるのだろ?フレデリック」
アドルフの侍従フレデリックは、背が高く、きちんと整えたグレーの髪に、優しく垂れた目が穏やかな印象を与える紳士だ。フレデリックが成人した時からアドルフの侍従を続けて15年ほどになる。
「いえいえ、私ではなく、おそらく、ソフィア様ではないかと。あと、ご婦人と同じくらい男性の視線も感じますが…」
ほうほう。とアドルフは特別驚くこともなく、ソフィアを見た。
「うん、ソフィアを同行させて正解だったな、フレデリック。それに、ソフィアがコートを新調していたのは予想外であったが、吉とでた」
「ああ、なるほど、そういうことでしたか。では、手応えがあったということですね」
「ああ。今回の交渉はしっかり行おう。オルヴェンヌのさらなる発展となるであろう」
ソフィアは2人のやり取りを聞き、なんとなく自分の存在が役に立っているということに、喜びを感じた。
案の定このあと、数人のご婦人に話しかけられた。「そちらのコートはどこの商会で手に入りますの?」と。
宿泊先にて、夕食を摂っていると、ソフィアはアドルフに今回の訪問の目的を尋ねた。
『お父様、今回の訪問の目的は何ですか?私の婚約破棄からは2週間ほど、お父様が領地に戻られてからは3日ほどでこちらに来ております。以前からこの日にブランシュールに来ることが決まっていたのではないですか?』
「うむ。その通りだ。ディヴォア帝国の建国記念日を境に良くも悪くも政治状況が動くと考えた。それは、皇太子が婚約を正式に発表すると、時がくればいつか皇帝になることの決定を意味するからだ。そうなると、あの皇太子のことだ。帝国が衰退していくのは時間の問題となるだろう。オルヴェンヌは今、帝国に依存することなく運営できている。今後はさらに隣国ブランシュールとの繋がりを強固なものとし、帝国から独立できるくらいの力をつけたいと考えている」
『あの…、私がそんな皇太子の元婚約者なのですが?』
「ふむ、君が婚約をした頃はまだ皇太子も幼かったからな。しかしそれ以降の怠惰ときたら…。立場上こちらからは婚約破棄を申し出ることは出来ぬからな。一人娘を差し出してる身としては辛かったよ。こうなったからには、娘が皇太子に嫁いだからオルヴェンヌが栄えたのではなく、オルヴェンヌが栄えているから選ばれたのだと思われるよう、努めてきた。結果、ソフィアも戻ってきたし、オルヴェンヌも力をつけている。素晴らしいことだ」
『たしかに、戻ってきたオルヴェンヌは、以前よりも遥かに豊かになってました。しばらく首都にいましたので防寒着がなかったため、調達しに町へ行ったのです。こんなに素敵なポンチョコートを見つけました。今日のご婦人たちも目を付けてらっしゃいましたね』
「うむ、君のおかげで、オルヴェンヌの産業に需要があることを裏付けてもらえた。感謝する。明日はこの国の商工会議所を案内してもらう予定だ。まぁ、この辺の経済的な話はそのうち改めてしよう。特に君が辺境伯を継ぐことを考えてくれているならば、絶対に」
『うふふ。はい、考えておきます。それと、帝国からの独立とは?』
「そもそも、帝国は辺境すぎる我が領地に興味がない。ソフィアが見初められた日も、領地経営について報告しようと行ったんだが、相手にはされなかったんだ。こちらからの税収も帝国の予算に見込んでないし、こちらにも支援や支給はない。いい意味で干渉されてないのだ。どんどん発展してる我が領地のことを知ってるのか知らぬのか。こうなると、目をつけられる前に力をつけて、独立も悪くないと思ってな。そこで、建国記念日後にブランシュールに訪問する予定を立てたのだが、まさかの婚約破棄となったからな、それを利用してやったぞ!実は、婚約破棄の取り決めの部分に、今後帝国側はソフィアには関与しない、ソフィアのいるオルヴェンヌ辺境伯領には一切関与しない旨も加えておいたのだ!」
アドルフは、拳を突き上げ、凱歌をあげた。
(なんてことでしょう!皇帝皇后両陛下は、お父様も言っていたように、良識人ではあるのよ。とても良い人たちなの。でも、統治は不得意ということね。首都や近郊しか見えてない。まぁ、帝国が大きすぎるのもあるかもしれないけれど。これはアルフレッド皇子が継ごうが継がなかろうが、帝国は傾いているのかもしれない)
『先日、アルフレッド皇子にはオルヴェンヌ領地に入らないと約束した話でしたけれど、帝国本体も関わるなとしたわけですね?では、実質、オルヴェンヌ領は帝国の管理下にはないのでは?』
「結論としてはそうなったな」
アドルフはしたり顔をした。
ソフィアには、まさか、自分の婚約と婚約破棄が、オルヴェンヌに繁栄をもたらしているとは、思いもよらなかった。それは、アドルフの策略と努力によるものも大きいといったところだが。
『ということは、私がもし、辺境伯となった場合には、独立がかなり優位に運ぶということになりませんか?』
「結果としてそうなるだろうな」
またまたアドルフはしたり顔をした。
どこまでが筋書き通りなのだろうか。
ソフィアは、父の能力の高さに感心した。
ソフィアは深入りし過ぎたかなと思いつつも、オルヴェンヌの事情を知れたことは良かったし、同行して良かったと思った。そして、今回の旅は、オルヴェンヌにとって大事なものであることがわかった。
(私は、オルヴェンヌ辺境伯令嬢として、振る舞いには気を付けないといけないわね。楽しい旅だけではないわ。油断しないようにしなければ)
こうして、長い夕食は終わりを迎えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。